66:それぞれのデビュー戦 ナルVSトモエ-中編
本日は三話更新になっています。
こちらは二話目です。
スキル『エンチャントフレイム』。
武器に自分以外のものだけを焼く炎を纏わせることによって、武器に熱を帯びさせると共に、追加の魔力装填によって破壊力を増強すると言う、火力増強スキルの一種。
消費する魔力、持続する時間、得られる効果のバランスは良いものの、炎に似た魔力であるが故の欠点も併せ持つため、使いどころを選ぶスキルでもある。
スキル『バーティカルダウン』。
直訳するならば、垂直振り下ろし。
その名前の通りに、武器を垂直に振り下ろすだけのスキルであるが、このスキルは使用者の動作を完全に固定する事によって誰でも適切かつ最大威力で武器を振り下ろせるようにした上で、動作中は武器も含めて使用者の全身を魔力で追加強化する。
結果、同じ動作の攻撃であっても、スキルなしのそれとは比較にならないほどの破壊力を得る事が出来る。
動作固定であるが故の致命的な隙を有するため、こちらもまた使いどころを選ぶスキルである。
では、この二つのスキルを組み合わせたら?
それも魔力量判定で甲判定を得るような少女が使ったなら?
その結果が、観衆の目に今晒される。
「せいやあっ!」
スキルによって炎と魔力を纏ったトモエの薙刀が勢いよく振り下ろされて、ナルの盾に触れる。
薙刀が纏った炎の熱によって、魔力で作られた上に強化されているとは言え強化プラスチックをモチーフにした盾の表面が変性し、柔らかくなる。
そうして柔らかくなった盾では薙刀の硬さと鋭さには抗い切れず……切り裂かれた。
「っう!?」
盾を食い破った薙刀の刃はそのまま振り下ろされていき、その進路にあったものを切り裂いていく。
ナルの手を、服を、腕を、骨を切り裂かれ焼かれる。
そして、舞台の床を叩き、その刃先を幾らか床下にまで進めたところで薙刀の刃は止まった。
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
「「……」」
絶対的と思われたナルの盾による防御が破られたことによって、会場が歓声に包まれる。
防御を破ったトモエと防御を破られたナルの表情も対照的なものだ。
しかしそれは、観衆が思う方向とは逆であった。
「くっ……仕留めきれませんでしたか……」
トモエは口から悔しそうな声を漏らすと共に、炎を纏ったままの薙刀を持って、その場から飛び退く。
「流石に……痛いな。けれど、想定の範囲内だ」
直後、トモエが居た場所に盾の縁が叩きつけられて、舞台の床が割れる。
攻撃をしたのはもちろんナルだが、その表情に浮かぶのは守りを破られた事に対する焦りや屈辱ではなく、笑み。
それも満面の笑みだ。
「さて、追撃を仕掛けなくてよかったのか? そっちが動かなかったからこそ、俺は反撃に移ったわけだが」
「それで私が追撃をしたのなら、“両手”で反撃をしてきたでしょう?」
「それは当然だな」
「「「ーーーーー……!?」」」
二人の会話、そしてナルの体の変化に会場がざわめき始める。
ナルの右手は間違いなくトモエの薙刀によって切り裂かれていた。
大量に出血をしていたことも誰もが目にしている。
だがしかし、既にナルの右手は傷一つない状態になっていた。
それどころか、制服まで既に修復が終わっているし、そもそも破壊された盾も復活していた。
まるで、最初から攻撃など受けていなかったかのように、ナルが受けた傷は消えていた。
「スキル二つ分の強化に物理法則による補助、加えて貴方が真正面から受けてくれたと言う幸運があってなお、貴方が後ろに一度退くことが出来る程度には強度がある盾、ですか。もはや厄介と言う次元ではありませんね」
「まあ、これが俺に出来る戦い方だからな。相手が湿気た決闘者だと観客含めてどうかと思うような状態になってしまうが、トモエのように積極的に仕掛けてくれる優秀な決闘者なら、見栄えだって十分。なんで、勘弁して挑戦してくれ」
「っ……」
トモエは炎を纏った状態の薙刀でナルに向かって切りかかる。
ナルはそれを盾で真正面から受け止めていく。
炎を纏った薙刀による攻撃はナルの盾にとっては苦手な攻撃であるらしく、何もない状態での攻撃よりも深く刃は食い込んでいき、盾は破壊されていく。
だが、ナル自身には届かない。
二度三度四度と攻撃を重ねて盾を破壊する事に成功しても、トモエの追撃が間に合ない程度に距離を取られ、直ぐに新しい盾が出て来てしまう。
「おまけに本体まで攻撃を届かせても、腕の一本くらいなら平然とくっつける事が出来てしまう。スキル名称の発音が無かったことからして、パッシブスキルですか?」
「いいや、傷の治療は自前だ。俺が使えるパッシブスキルの中には確かにそう言うものがあったが、どうにも燃費が良くなかったし、遅かった。それなら自分でやった方が早いし安いし、何より質もいい。本当はそう言うスキルがあればよかったんだが、俺と学園指定デバイスの組み合わせじゃ普通のスキルは出なくてな……」
トモエが攻撃を仕掛け、ナルがそれを防ぐ。
一見して一方的な攻撃を受け続けているのはナルの側だが、その実、焦り、驚き、恐れと言った感情を抱えているのはトモエの側である。
理由は単純。
今ここに至るまで、ナルはパッシブスキルすら使っていないと言う事実が明らかになったからだ。
仮面体の損傷の治療は、そう簡単なものでは無いし、需要があるものでもない。
マスカレイドを再発動してしまえば、傷のない元通りの仮面体が現れるから需要が無いと言うのもある。
魔力と言うものには個人差があって、他人の魔力による回復には時間と訓練が必要であり、決闘の最中にやっている暇がないと言うのもある。
傷を治そうにも、内部構造も含めて自分の体を正確に把握している人間などそうは居なくて、スキルによる型通りの回復で無ければ難しいと言うのもある。
そして何よりも、傷を治すと言う使い方に回せるほどに魔力量に余裕がないと言うのが、一般的な決闘者である。
だから回復系スキルは貴重で、自分に限定したパッシブでもなお貴重。
では、それを完全な自力でやっているとしたら?
「ユニークスキル……!?」
それはもはや、特異な魔力の発揮方法であるスキルを自力で再現していると言っても過言ではない。
「この程度でユニークなら、俺はユニークの塊だな」
「!? ……。いえ、事実そうだと思いますが?」
だがそこまで思ってトモエは気づく。
本人が言った通り、この程度でユニークスキルなら、ナルはユニークスキルの塊であると言う事実に。
と言うか実際、ユニークスキルだらけだ。
こうしている今も、トモエの攻撃で傷ついた盾は再生されているし、よく見れば薙刀から発せられる火の粉によって炙られた制服や髪も元通りになっている。
いやあるいは……自分がそうであると決めた形へと常に整え続ける、ある種の完全性、それこそがナルのユニークスキルなのかもしれない。
口には出さないが、トモエはそう判断した。
「さて、炎も消えたな」
ここで『エンチャントフレイム』の効果時間が終わり、トモエの薙刀から炎が消え去る。
その為、トモエは一度後方へ跳んで、距離を取る。
「そっちのスキルは『エンチャントフレイム』と『バーティカルダウン』。あの場面で使わなかったなら、仮面体に特殊な機能も無いのだろう」
「……」
トモエは構えを取る。
ただし、攻撃の為の構えではなく、迎撃の為の構えだ。
何故か。
「だったら、今度はこっちから攻める場面だ!」
「ならば、迎え撃たせてもらいます!」
トモエの手札が明らかになった事で、ナルの側から攻め入る事が可能になったからである。
そしてナルはトモエに向かって駆け出した。




