65:それぞれのデビュー戦 ナルVSトモエ-前編
本日は三話更新になっています。
こちらは一話目です。
『それでは本日の最終決闘に参りましょう!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
司会を務める生徒の声が大ホール中に響き渡ると共に、一部の観客が歓声を上げて場を盛り立てる。
『まず東より現れますは……トモエ!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
顔を隠すようにフードとデバイスを身に着けた護国巴が姿を現す。
その足取りには恐れも不慣れも無ければ、油断や侮りも無い。
新人であるのに、まるでベテランのような風格を漂わせながら、護国は舞台の上まで歩いていく。
『対して西より参りますは……ナルキッソス!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
護国と同じようにフードとデバイスを身に着けたナルが姿を現す。
その足取りに乱れはなく、淀みも無く、自信に満ち溢れている。
こちらもまた見るものに新人であるとは思わせない、堂々とした歩みで以って、舞台の上へと移動する。
『さあ時間となりました! 決闘開始のカウントダウンを始めさせていただきます! 3……2……1……』
舞台を囲うように結界が展開される。
護国もナルもカウントダウン開始と同時に、自分のデバイスへと右手を当てる。
しかし、護国が少しだけ腰を落として即応体制を見せているのに対して、ナルは直立の状態でだ。
『0! 決闘開始!!』
「マスカレイド発動! 来なさい……トモエ!」
「マスカレイド発動! 魅せろ、ナルキッソス!」
決闘開始の合図とともに二人はマスカレイドを発動する。
護国のデバイスから炎が迸る。
炎の大半は護国の体を周囲の目から隠すように撒き散らされ、カーテンのようになった。
そして、一部の炎は護国の肌の上を這い回り、這い回った場所には炎のように真っ赤な色合いの甲冑が出現していく。
やがて現れるは、全身に真っ赤な甲冑……当世具足とも呼ばれるそれを身に着け、顔もしっかりとした面で隠した女武者。
その手に握られているのは派手な装飾こそないものの、しっかりとした造りである事が見て取れる薙刀。
兜の隙間から出されて空気の動きになびくのは、不純物が無いように焼き清められた炭のように黒くて長い髪。
次代のエース、護国家が生み出したサラブレッド、見目華やかにして佇まいだけでも実力が確かである事が窺える、見事な決闘者の姿がそこにあった。
対するナルはデバイスからだけでなく、全身から光を放つ。
初めは光の球体と化し、それから間もなく光は人の形を作る。
けれどそれは男の形ではなく女の形であり、シルエットだけでも魅力的であると断じられる姿になっていく。
やがて光が収まっていくと共に、指先から現れていく姿は、観衆の想像だにしないもの……決闘学園の女子制服を身に着けた姿だった。
勿論、厳密に言えば、決闘学園の制服とは同一ではない。
履いているのは武骨な黒のブーツで、背中には強化プラスチック製であり部分的に透明な大型盾がある。
だが逆に言えばそれだけだ。
その美貌を隠すような面は何処にもなく、通常の仮面体とはあまりにも違うその姿は、まるでマスカレイドを発動していないかのようであり、銀色の髪をなびかせるその姿に観客から漏れたのは歓声ではなく溜息にも似た驚嘆の声だった。
突然変異、放送事故、異端者、余人には実力を計り知る事すら叶わない、美しき決闘者が姿を現した。
「さて、勝っても負けても恨みっこなしだ」
「ええそうですね。悔いを残さないように、お互いに全力を費やしましょう」
マスカレイドを発動し終えたナルとトモエはゆっくりと距離を詰めていく。
当然ながら、既にナルは右手で持った盾を構えているし、トモエも薙刀を好きなように振るうべく両手で持って構えている。
「ただ……そうですね。これだけは言わせていただきます」
「なんだ?」
やがて距離が詰まっていくと、トモエは摺り足で細かく位置と距離を調整し始める。
対するナルは足を止めて、自身とトモエの間にきちんと盾が来るように、体の向きをゆっくりと動かす。
そして、数秒程度のにらみ合いが起き……。
「間違っても、一撃でくたばるような不甲斐ない姿は見せないでください……ねっ!」
トモエが動く。
一足飛びに距離を詰め、その勢いも乗せた薙刀をナルに向かって振り下ろす。
「言われなくても!」
それにナルは素早く反応した。
盾を持ち上げ、突き出し、トモエの薙刀を真正面から受け止める。
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
「「……」」
観客の歓声の中。
トモエの薙刀の刃は、ナルの盾の表面にひび割れを作り、その内側へと刃を進めた。
だが、それ以上に刃が進むことは無く、トモエが柄に力を込めて押し込めようとしてもビクともしない。
「なら……」
「来るか……」
ならばとトモエは競り合いから自ら刃を引き、更に二歩ほど後ろへ退く。
ナルはそれを追わず、盾を構え続ける。
「せいやあっ!!」
「……」
そして放たれたのは、助走の勢いも利用した連続の突き。
二度三度と放たれた突きはナルの盾へと突き刺さり、その表面を削り取り、曇らせる。
しかし……。
「これも駄目ですか」
「そりゃあな」
そこまでだ。
ナルの盾を破るどころか、衝撃によって一歩退かせることも叶っていない。
ナル本人には、ダメージは一切入っていなかった。
「俺の盾はリボルバーの弾丸だって真正面から受け止められる。そう簡単には割れない」
「同じ場所で私の攻撃を受けないようにも工夫しているようですしね」
再びトモエから距離を取る。
そして、言葉を交わしている僅かな時間の間にも、ナルから魔力を注がれた盾は修復が進んで傷が消えると共に、トモエの攻撃に対して適切な対処が出来るように強度を増していく。
「諦めるか?」
「御冗談を!」
それを理解した上でトモエは三度ナルに向かって駆け出す。
「はああああっ!」
駆けた勢いを乗せた横薙ぎの一閃。
そこから流れるように派生する蹴り技、柄による攻撃、再度の横薙ぎに振り上げ、斬り下ろし。
怒涛の連続攻撃によって、ナルの体勢と盾による守りをトモエは崩さんとする。
そして、ナルの体が僅かに揺らいだところで、それまでの攻撃を目くらましのようにして、トモエはナルの側面……盾を持たない左手の方へと素早く移動すると、刃を返した薙刀を振り下ろす。
「ふぅ……これくらいならまだ、って感じだな」
「これでも通りませんか!」
が、ナルは盾はどちらの手で持っていても変わらないと言わんばかりに、右手から左手へと持ち替えつつ、その陰で素早く横へと動き、トモエの薙刀を正面から受け止める。
盾は……もちろん、壊れてはいない。
それどころか既に修復が始まってすらいる。
「おう……らっ!」
「っ!?」
ナルが盾を突き出す。
トモエは壁のように迫ってきたそれを足場のように素早く蹴ると、一気に距離を取る。
「さてどうする? そっちも知っての通り、魔力量と燃費の都合上、先に息が切れるのは必ずそっちの側だ。俺の守りを崩す手段がないのなら、後はもう勝敗の決まった追いかけっこにしかならないぞ」
そう言いつつもナルは構えを崩さない。
油断もしていない。
トモエの一挙手一投足も見逃す気はないと言わんばかりに、視線を向け続ける。
「ご安心を。仮面体の素の身体能力だけでは押し通せなかった場合の対策はきちんと考えて来ましたので」
トモエが構える。
最初の時と同じように、薙刀を振り下ろして攻撃する事が誰の目にも明らかな構えを取る。
そしてトモエが駆け出して……。
「『エンチャントフレイム』」
トモエの言葉と共に薙刀の刃に炎が宿り。
「『バーティカルダウン』」
「!?」
その次の言葉と共に、まるで誰かに操られたかのようにトモエの体が動いて薙刀が振り下ろされた。




