6:事情聴取
「まずは名前、年齢、誕生日、性別な。何を訊いているんだと思うかもしれないが、初マスカレイドの影響が何処に出ているか分からないからな。基本的な部分から確認するぞ」
「分かりました。名前は翠川鳴輝。年齢は15で、誕生日は1月3日。性別は男です」
俺は風紀委員長の言葉にしっかりと答えていく。
風紀委員長の言葉を疑う必要はないだろう。
マスカレイドの影響で思考などがおかしくなっていたのは、俺自身も感じているからな。
「身長は? 自分でだいたい把握している程度でいいぞ」
「185センチメートル……くらいだったかな」
「髪と目の色は?」
「髪は黒。目の色は……そんなに気にしたことが無かったから確かではないけれど、確か茶色だったと思います」
「出身地及び家族構成は?」
「出身地は……」
と言うわけで、訊かれたとおりに、俺は答え続けていく。
どれもこれも俺が俺であるなら知っていて当然の情報であるのだけれど……それをわざわざ訊くという事は、マスカレイドの影響次第では、この辺りの認識がおかしくなる事もあるという事だろうか。
だとしたら、少し怖くもあるな。
「よし、こちらの資料と大きな違いはないな。きちんとマスカレイドは解除されているし、妙な影響も残っていないようだ」
「ほっ」
ただ、今回の俺は何事も無かったようだ。
無事で何より、と言う奴だろう。
「翠川。言っておくが、此処からが取り調べの本番だぞ」
「えっ……」
が、どうやら本番は此処からであったらしい。
なんだか風紀委員長の目つきが先ほどよりも険しくなっている気がする。
「翠川。お前はマスカレイドをした時に何を考えた? 何を思った? 普通は訊くものじゃないんだが、今回に限っては訊かざるを得ない。お前の仮面体は色々とおかしかったからな」
「と、言われましても……うーん……」
俺はデバイスを起動した際に、妙な空間に飛ばされた上に、太陽のような女性に会って、その女性の指示に従う形で進めて行ったら、あのような事になったと言う話をする。
「深層心理? 太陽のような女性? となると、行われたのはデバイスへの干渉か? いやだが、そうなると……まさか、そんな事があり得るのか? けれど、一番当てはまりそうなのは……」
「えーと?」
そうして素直に話した結果。
風紀委員長は椅子の上で体育座りをするような姿勢になった上で、何かを早口で呟く。
どうにも、思い当たる節自体はあるようだが、それが起きたのが信じられないと言った感じの雰囲気だ。
「翠川」
「はい」
「悪いが、この件は私の手には余る。だから今さっきのは私は聞かなかったことにする」
「そうですか……」
聞かなかったことにされてしまった。
うんまあ、でも納得ではあるのかもしれない。
今思い返してみれば、あの太陽のような女性は、明らかに人間ではなかったわけだし。
風紀委員長の反応も併せれば……まあ、俺でも察しは付く。
「それと、正直なところ、事後で言うのは卑怯な話ではあるんだが。初めてマスカレイドをした時に何を考え、思ったのかと言う話は、その人のマスカレイドの弱点にも通じかねない重要な話であり、本来なら家族や友人にすら話すものじゃない。今後は話すにしても、樽井先生のような専門家だけにしておけ。お前の場合は特に問題になりそうだしな」
「え、あ、はい。分かりました」
なので、専門家以外には話すなと言う忠告も素直に聞き入れておく。
この場合だと……スズも当然ながら含まれることになるだろうな。
スズ相手に隠し事……出来るのか?
なんだか黙っていても、その内、勝手にバレていそうな気配がするんだが。
「さて次は今回の事故の処理についてだな」
「はい」
「と言っても、今回のは初マスカレイドであるが故の事故である事は誰の目にも明らかだ。よって、お咎めはなし。反省文すら必要はないだろう。むしろ、何か言われるとしたら、周囲の方だろうな。くくっ、ざまーみろだ」
「……」
風紀委員長がなんだかあくどい笑みを浮かべている。
今回の俺の件で不利益を被る人の中に、誰か気に入らない人でも居るのだろうか?
まあ、だとしても俺が知った事ではないな。
気にしないでおこう。
「ただ、問題がないわけじゃない。お前の仮面体ははっきり言って痴女だ。下着一枚身に着けていない裸の女だった。しかも、パーツもきちんと付いていた」
「あ、はい」
「当たり前だが、その恰好は公共の良俗に反するものであり、特別な場で無ければ人様に見せられるようなものじゃない。二度目となれば故意であるのは明らかだし、次に同じような事があれば、間違いなく逮捕されることになる」
「デスヨネー」
「しかし、マスカレイドとは基本的に人前で使うもの。つまり、このままでは、翠川、お前はマスカレイドを使えない事になってしまう。つまり、何かしらの対策が必要になるわけだな」
全面的に風紀委員長の言葉が正しいので、俺としては頷くほかない。
「えーと、普通に服を着ればいいのでは?」
「出来なくはない。が、マスカレイドを使う環境では、普通の布どころか鉄板で作られた全身鎧だって、ボロ布と大差ない。それでは日常生活までが限度だ」
「そうですか」
「心配するな。お前のような世間にお出しできない仮面体のマスカレイドと言うのは、少なからず例がある。だから、通常のカリキュラムとは異なる順番で授業を進めることになるが、そっちの方法で専門家が教えてくれることになるはずだ」
「なるほど」
どうやら俺がマスカレイドを使えるようになるためには、特別なカリキュラムとやらを受ける必要があるらしい。
ああもしかして、そこで樽井先生のような専門家にだけ話すように、と言う話になるのか。
「そんなわけだから、風紀委員長である私から、この先について言える事はただ一つ。『専門家が許可しない限りはマスカレイドを使用しないように』これだけだ」
「分かりました。指示があるまでは使わないようにします」
と言う事で、無事に取り調べは終わり……になるはずだった。
「ああそうだ。折角だから、私の学園内限定SNSの連絡先を教えておく。いや、そもそも名前も名乗ってなかったな。私は麻留田祭と言う。今後付き合いがないことが望ましいのだろうが、困った時は頼れ。翠川鳴輝」
「ご丁寧にありがとうございます。麻留田風紀委員長」
俺は麻留田風紀委員長から、名刺のようなもの……いや、名刺そのものを受け取る。
そこには何かのアドレスと電話番号らしきものが記載されていた。
学園内限定SNSとは何ぞやと思うが、このアドレスに連絡すれば、麻留田風紀委員長と連絡が取れるのだろう。
そうして、名刺を制服のポケットにしまった瞬間だった。
「ん?」
取調室の扉がノックされ、それに麻留田風紀委員長が反応しようとし……。
「ナル君!」
「……」
その前にスズが取調室の中へ突っ込んできたのは。
「ナル君大丈夫だった!? 怪我とかしてない!? 乱暴とかされていない!? あ、仮面体についてはものすごく綺麗だったよ! 私の髪の毛と目の色にどことなく近かったけど、アレは私の事を意識してくれたからなのかな? でも、顔と体はナル君で、男も女も関係なしに魅了する感じだったの! あんなに奇麗だとナル君に対して良からぬことを考える人とか出て来そうで正直私は怖くなっちゃったんだけど、そんな事がどうでもよくなるくらいにナル君の決めポーズは決まっていて、あ、そもそもとしてあの姿のナル君はナル君じゃなくてナルちゃんと呼んだ方が適切なのかな。ナル君はどう思う? それはそれとして……」
突っ込んできたスズは俺に抱き着くと、すぐさまに捲し立ててくる。
ああうん、久しぶりに見たな、この状態。
言いたいことを一通り言ったら落ち着くはずだから、それまでは放置するしかないな。
「翠川」
「はい」
「コイツは?」
「水園涼美と言いまして、俺の幼馴染です。たぶん、俺のことを心配してここまで来たのかと」
「そうか。どうやら今年の要注意生徒は甲判定組だけじゃないらしいな……」
「その、何と言うか、すみません」
「まだ何も起きていないし、お前は悪くないから謝らなくていい」
そして麻留田風紀委員長すみません。
スズはこういう奴なので、はい。
俺は麻留田風紀委員長が自らの手帳に何かをそっと書き加えたのを、見なかったことにした。
「あ、ナル君。私のマスカレイドは別の場所でやるらしいから、一緒に行こう。マリーちゃんと天石ちゃんも同じ場所らしいから、ちょうどいいよね」
「えーと?」
「訊くべき事は聞けたから、もう行っても構わないぞ」
「すみません。それでは失礼します」
「あ、では私も。失礼しました。麻留田風紀委員長さん」
こうして俺は取調室から解放されて、マリーと天石……恐らくは入学式で一緒になった二人の下へと、スズによって連れていかれることになったのだった。