59:仮面体の名前の付け方
「さて、仮面体の名前の付けることになったわけだが……どうやって名付ければいいんだ?」
今日の授業は無事に終わって、今は放課後。
俺は戌亥寮の食堂で適当な席に座ると、自分の仮面体の名前を入力して樽井先生へと送信するフォームをスマホの画面に映し、どうしたものかと頭を捻っていた。
「色々、としか言いようがないかなぁ。よくあるところだと、外国語辞典や古語辞典、人名辞典と言ったところから、仮面体の外見と合わせてピンと来たものを持ってくることになるね」
「自分のご先祖様に有名な方が居たので、その名前にちなんだ名前を付けたと言う人もいます。後はこれまでの思い出で特に惹かれたものをモチーフにして、と言うのもありますね」
「マンガやアニメのキャラから名前を持ってくると言う奴も案外多いですよネ。何年か経ったリ、その後の調整で合わなくなって改名と言うのモ、良くある話ですガ」
当然のことながら。
俺の周りにはスズ、イチ、マリーの三人も居る。
ちなみに三人は既に自分の仮面体の名前を決めて送信済みであるらしい。
予め決めていたそうだ。
「ピンと来るもの、ご先祖、何かのキャラなぁ……うーん……」
「まあ難しいよね。一生ものになる場合が大半の話だし」
なお、名前被りは気にしなくてもいいらしい。
全くの同名であっても、実況は何とかして見せるし、各種広報も何とかして見せるそうだ。
それでも出来れば被らないように努力して欲しいのが、運営の望みでもあるようだが。
「ああでもナル君。自分の名前だと認識できないようなものは止めておいた方がいいよ。名前を呼ばれた時に分からないと恥ずかしいことになるから」
「長すぎる名前も止めておいた方がいいですね。書類などに記す際に長すぎる名前はどうしても嫌われますので」
「あー、20年くらい前だったでしょうカ。居ましたネ。ヨーロッパの方ニ。ピカソに憧れテ、その本名をそのまま仮面体の名前にした方ガ……」
「ピカソ……うわ長い……。意味はあるのだろうし、本人の憧れも分かるが……うん、自分自身にこう言う名前は付けられないな」
自分の名前だと自分自身でも分からないもの。
長すぎる名前。
これらは避けた方がいいらしい。
とは言え、長すぎる名前については、事前に愛称や短縮名称を決めておき、申請する事も出来るようだ。
まあ、それはそれで、書類などに記される正式名称と舞台上で呼ばれる名前の繋がりが薄くなるので、分かりづらい愛称だったりすると、色々なところから良く思われないようだが。
うーん、本当に難しい。
「それで結局どうするの? ナル君」
「うーん。ナルと呼んでもらえるような名前……何か神話とかにあるか?」
「……」
「神話となるト、一番らしいのハ……ナルキッソス、ですネ」
「らし過ぎて、オススメするのを躊躇うくらいですけどね」
「ナルキッソス。ああなるほど、これは確かに俺っぽいな」
正直に言って分からない。
分からないので、俺はスズたちに聞いてみる事にしてしまう。
それでマリーから出て来たのは、ナルキッソスと言うギリシャ神話に出てくる人物だ。
確かにらしいなぁ、これは。
と同時に、スズとイチが思いついても言い淀んだのも納得した。
戦いに関する逸話はないようだし、それどころか色々と問題のあるエピソードばかりがある。
最後に至っては事故死……事故死?。
まあ、何とも言えない終わりを迎えている。
これを自分の名前として付けるのは、決闘者としては躊躇うところだろう。
「うん、じゃあナルキッソスで決定しよう」
「ナル君!?」
「俺らしいだろ? ナルキッソスは自分の事が好きで好きで堪らないんだ。俺だって、俺の外見が好きで好きで堪らないんだ。俺にはこの名前がピッタリだよ」
だが俺にはとても合っている。
俺は自分の外見を美しいと思っていて、それはマスカレイドを使う前も使った後も変わらない。
俺の仮面体を変える事が出来るのは俺だけであると言う点も、マッチしているように思える。
「……。それだけ?」
「被る事が無さそう。長すぎず短すぎず。俺の名前と言うか普段の呼ばれ方と一致する部分もあるから楽。と言った思いがある事も否定しない」
「そうだね。確かにナル君とナルキッソスで被ってはいるね」
「6文字は確かに妥当な部分ではありますね」
「他の決闘者と被る事ハ……確かに考えなくても良さそうですネ」
と言うわけで、俺はナルキッソスと言う名前で申請した。
なお、愛称としてナルを用いることも一緒に許可しておく。
で、そうして名前を申請したのは良いのだが……。
「なんか、『二つ名』を選べますが、どうしますかって来ているんだが。何で既に俺に『二つ名』が出来ているんだ? いや、なんとなく察している部分もあるけどさ」
「「「……」」」
決闘の際に『二つ名』を呼ぶかどうかも問われた。
味鳥先生曰く、『二つ名』は自分ではなく周囲が決めるものであり、決闘及び普段の活動から自然と付くものとの事。
なので、俺に対して『二つ名』が付くならば、お披露目会か縁紅との決闘辺りで俺の事を見た同級生及び先輩たちが付けたものになる。
となれば……どういう方向性になるかも自然と予想が付くと言うものである。
そして、その予想は正しかった。
「『放送事故』かぁ……」
「ナル君。分かっていると思うけど」
「ああうん、流石に名乗らないって。どう考えてもお披露目会の一件から付けられたもので、どちらかと言えば不名誉なものだろうしな」
現状俺に付けられている『二つ名』には『放送事故』と言うものがあるらしい。
うん、これはちょっと名乗れない。
いやまあ、俺に依頼をしてきた護国家を辱める意味ではありかもしれないが、諸刃の剣過ぎるし、流石にやり過ぎだからな、無い。
「とりあえずの俺個人の目標はもっとマシな『二つ名』を得る事かもな」
「が、頑張ってね、ナル君……」
「噂を流すくらいは出来ますので、頑張ってみます」
「そうですネ。内々で広めテ、少しずつ広げていきましょウ」
とは言え、マシな『二つ名』を得るためには、そう言う姿を見せないといけないのだろうし、そう簡単な事でもないだろう。
先々で何とかなればいい程度に考えていおくべきだな。
「さて、明日からの調整とやらについても考えておこうか」
「そうだね。ナル君」
「はい」
「ですネ」
俺たちは明日以降についての話し合いも始めた。
有名な画家パブロ・ピカソの本名は、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ と言うそうです。(Wikipediaより)
なお、1881年生まれ、1973年没、との事なので、本作の世界にも確実に存在しています。




