57:護国家の使者と提案
本日は三話更新となります。
こちらは三話目です。
「翠川鳴輝様、水園涼美様。本日はお時間を割いていただき、誠にありがとうございます。私、護国家で渉外を担当しています近衛と申します」
護国家の動きは早かった。
なにせ、護国さんと話し合った数時間後には、翌日の昼に面会をしたいと言う申し出があって、それが実現。
近衛と言う名字の初老の男性に会う事になったのだから。
本来ならば。
俺と護国さんはデビュー戦で戦う関係性であり、しかも今はデビュー戦の直前。
こんなタイミングで、俺に護国家が接触してくると言うのは、周囲から色々と勘繰られても文句が言えない事である。
それなのに無理やり通してしまったのだから、護国家の実力と本気具合が窺えると言うものだ。
「では、挨拶はこの程度といたしまして。こちらが翠川鳴輝様と巴お嬢様のご婚約についての書類となります。ご確認のほど、お願いいたします」
「分かりました」
「ナル君。私も確認するね」
「頼む」
ただ、流石に状況が状況であり、今回の護国家の行動が横紙破りと言われても仕方が無いものであるという事で、護国家の方は近衛さんの他は護衛の人が一人居るだけだが、こちらは俺以外にもスズに加えて学園の教師が複数名同席している状態である。
俺の味方だと断言できるほどに付き合いがある先生方ではないが……少なくとも何があったのかは公平に外へと伝えてくれることだろう。
「……」
さて、肝心の書類だが……。
今度のデビュー戦に合わせて、護国さんと俺を代理人とした護国家の間で決闘が行われることになった。
俺が勝てば、俺と護国さんは婚約を結び、俺には褒賞として護国家の後ろ盾をはじめとした各種利益が与えられることになる。
護国さんが勝てば、今回の話は無かったことになった上に、護国家は護国さんの今後の婚姻活動を邪魔する事が出来なくなる。
そして、この決闘は既に国から承認が得られており、決闘そのものは俺の意思とは無関係に成立している事も明記されている。
なお、護国家はスズたちとの関係を認めるし、なんならスズたちとの間に出来た子供の養育費を払ってもいいとも書かれてあるし、スズたちに対するその他便宜を図るつもりもある。
もっと言えば、片手の指で数えられる程度ならば、追加で増やしても構わないとも書いてある。
ああうん、なるほどな。
なんで護国さんがあれほどまでにハーレムを嫌うのか、その理由の一端が見えた気がする。
これだけ強引で、あからさまで、将来の為なら個人を幾ら蔑ろにしても構わないと言う思想は……はっきり言って気に入らないな。
「なるほど。護国家はその名に反して国を護る気が無い、と言う事ですね」
「どういう意味ですかな?」
「そのままの意味です。この書類を見れば、国を護ると嘯いて、自分たちの利益を追求したいようにしか見えない」
「言うではありませんか……」
あまりにも気に入らないから……本気で嫌悪する顔を浮かべた上で、はっきりと物を言った。
学園側の教師たちは……言葉でやり合う限りは止める気はないようだ。
スズはニコニコ笑顔で何を考えているのか分からないが、少なくとも止める気はなし、と。
じゃあ、このまま進めていいな。
「ではお聞きしますが、何故護国さんと俺を反目させるような提案をしているのですか? こんな方法で婚姻を結ばせるなど、後で家を荒れさせるのが目的としか思えない。護国家の役目を考えれば、それはそのまま国の守りを脆くする行いであり、護国の名に反するとしか言いようがない」
「何を言いますか。翠川様と巴お嬢様のご婚約さえなれば、国が安泰する事は間違いありません。最初は反目しあっているかもしれませんが、夫婦として時が経てば自然と……」
「このやり方で夫婦としての時が得られると思っているのなら、今すぐ医者に掛かってこい。耄碌」
「!?」
俺の言葉に近衛さん……いや、耄碌ジジイは顔を真っ赤にした上で、何も言えずに口を開け閉めするばかりになっている。
「最初の一歩すら成立しないって言ってんだよ。こっちは。国の為? 家の為? ふざけるな。本気でそれらを守るなら、まずは身内を守って協力するのが大前提。なのに、そこへ最初からヒビが入っているどころか、堂々とした侵入口まで作るような振る舞いをして、何が護国だ」
体から魔力が漏れているのを感じている。
それを自覚した上で、俺は感情のままに言葉を続ける。
「他の提案もそうだ。俺への褒賞とは名ばかり。実際には飼い殺しにするための首輪と餌。しかもその対象はスズたちどころか、まだ影も形も無い未来にまで及んでいる。これで国を護るために働けだと? 国を滅ぼすために働けと言われているようにしか思えないな」
「……ッ」
耄碌ジジイが何かを言い返そうとする。
が、言い返させる気はこちらにはない。
だから、全力で睨みつけて、黙らせる。
「スズ。護国家が渡そうとしている褒賞モドキの汚物はほぼ全部突っ返す。それでいいか?」
「ナル君が決めたなら私は従うよ」
「よし。じゃあ、俺が勝っても、護国さんへの護国家による干渉は今後控えてもらう。許すのは最低でも護国さんの側が望んだらだ」
「はいはいっと」
「続けて、今回のこれはあくまでも婚姻の約束でしかない。だから事情が変われば、何時だって破棄は可能にさせてもらう。ただ、俺側から破棄する場合には護国巴個人が気に入らなかったのではなく、その後ろに居る護国家が信用するに値しないからであるのは、もうここで明言させてもらうぞ」
「うん、いいよ」
「今回は国からの依頼でもあるから、真面目に決闘はするし、妙な事を言われないためにもお金だけは受け取る。だがそれ以外での俺たちへの直接干渉を許す気は今後一切ない。これは、この程度の事で説得を諦めて、決闘へと安易に流れた護国家は信頼なんて出来ないからだ」
「なっ、これでは……!?」
「知るか耄碌。人のデビュー戦、神聖な決闘に余計な注文を付けやがったんだ。これくらいで済ませたのだから、むしろ感謝しろ」
スズが書類を書き換えた上で突き返す。
学園の教師たちは此処まで言ってもなにも干渉してこない辺り、護国家のやり方に対していい感情を持っていなかったようだ。
「最後に改めて言っておく。俺は決闘を真面目に戦う。だがそれだけだ。俺が勝とうが、護国巴が勝とうが、今後護国家が俺たちに干渉する事を許す気はない。分かったな」
そして俺は席を立ち、部屋を後にした。
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「はぁ……。アレは無理ですな。制御しようなどと考えたら、火傷を通り越して焼死体になってしまいますわ。まったく、旦那様もどうしてこんな馬鹿な提案をしたのやら。巴お嬢様にも翠川様にも嫌われてしまったではありませんか」
ナルが立ち去った後の部屋で近衛がため息混じりに言葉を漏らす。
「その提案をしたのが誰なのかは調べるべきでしょう。それでもし、護国家当主その人自身の判断なら、今後はこのような事が無いように、セーフティを挟めるような態勢へと見直すべきですな。今回の提案はそれほどに良くなかった。まるで焦りが形になったかのようだ」
ナルが居る間は一言も発しなかった教師の一人が口を開く。
「焦る気持ち自体は分かりますけどね。実のところ、護国家の子供と名乗れるのは護国さんただ一人なわけですし、護国家が居ないと諸外国から吹っ掛けられる理不尽な要求の決闘の対処も面倒ですから。それでも今回はやり過ぎなので、私はナル君を支持しますけど」
盗聴器付きの胸元のボタンを弄り終わったスズが、ナルの支持を改めて口にする。
「でも今回の件で分かってもらえたと思いますけど、ナル君は無理に制御しなくても大丈夫です。むしろ自由にさせた方がそちらにとっても都合がいいと思います。そもそも、ナル君の仮面体を見てもらえば分かりますけど、根本的にナル君は守る側の人間なんですよね。だから、余計な真似をしなければ、無理でない程度に助けて、勝手に人を惹きつけてくれるんですから」
「そのようですな。それに翠川様は巴お嬢様自身は嫌っていない御様子でした。巴お嬢様も心底嫌っているわけではないでしょう。それならば、外野は何も言わずに見守って、ただ待つのが一番勝算も高い事でしょう。それが分かっただけでも、耄碌呼ばわりされた甲斐があったと言うものです」
スズは笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
近衛は何処かスッキリとした表情で口を開く。
そこには先ほどまでの張り詰めた雰囲気は欠片も無かった。
「ただ一番の安心要素は翠川様より水園様の存在かもしれませんな。そのお年でいったいどこまで把握されているのやら」
「ふふふ。ありがとうございます」
「ただ、だからこそお伺いしたい。何故貴方はそれほどまでに翠川様に尽くすのですか?」
近衛の言葉にスズは笑みを消し、微かに魔力を漏らす。
「愛しているから、ただそれだけの話です。では、失礼させていただきますね」
それ以上の詮索をするのは、ただの無粋である、そう言外に告げつつスズは部屋を後にする。
「はぁ……。一先ず、他の有力な家や企業にも警告は飛ばしましょうかの。翠川様は御せるような存在ではない、利用しようなどと考えるな、と言う風に」
「はぁ……。そうですな。学園側としてもそれがいいと言わせていただきましょう。周囲含めて、あまりにも万全で、付け入ろうとすればタダでは済まない」
そうして、この部屋には安寧がようやく訪れた。
なお盗聴器の通信先はイチ、マリー、巴の三人である。




