55:揉める事が決まっている話し合い
本日は三話更新となります。
こちらは一話目です。
「こんにちは、翠川さん、水園さん、天石さん、ゴールドケインさん」
ショッピングモールから戌亥寮へと帰る道すがら。
遭遇したのは護国さんだった。
それはまあいい、寮は違うが同級生ではあるので、時々道ですれ違うくらいはこれまでにもあったのだし。
だが、今日の護国さんはどうやら、何かしらの目的があって、俺たちの事を待っていたらしい。
その証拠に俺たちの名前を呼んできた。
「こんにちは、護国さん。俺たちに何か用事でも?」
おまけに普段と違って、空気がなんだかピリ付いているように感じる。
なので俺はスズたちの前に出て、返事をし、何かあった時もまずは俺へと被害が向かうようにする。
さて、何があったのだろうか?
「用事があるのは翠川さんに対してです。ただ、水園さんたちも無関係ではない話ですので、出来れば一緒に聞いていただければと思います」
「なるほど。スズ」
「うん、私たちは大丈夫だよ、ナル君」
「そうか。じゃあ護国さん、戌亥寮の食堂にでも行こうか。落ち着いて話せる場所の中では、あそこが一番近い」
「分かりました。お邪魔いたしますね」
とりあえず理性的な話し合いは出来そうだ。
俺たちは戌亥寮の食堂に向かっていく。
なお、スズ、イチ、マリーの三人は既に何の話なのかを察しているようで、俺にも聞こえない声量と言うか、スマホの通話機能を利用して、何かを話し合っているようだ。
そして、こう言う事をスズたちがしている事と、これまでの態度からしてハーレムの類を好んでいなさそうな護国さんがわざわざ話しかけてくるあたり……たぶん、そう言う話なんだろうなぁ、これ。
まあそれでも俺たちは戌亥寮の食堂に着き、とりあえず人数分のお冷を並べて、それぞれの席に着く。
周囲の人は……既に空気の違いを察したか、遠巻きに眺めるモードに入ってるな。
まあいい、話し合いを始めよう。
「では単刀直入に申し上げます。護国家が私と翠川さんを結婚させようと動いています。しかも、今度のデビュー戦を利用して、貴方が勝てば私の意思を無視して強制的に嫁がせるつもりです」
「……」
開口一番にとんでもない爆弾をぶち込まれた気がする。
いや、と言うか、ツッコミどころが多々あるんだが?
「え、俺の意思は無視か? しかもスズたちの存在も無視か? おまけに護国さんが勝てばではなくて、俺が結婚なのか? 色々とおかしくないか?」
「御尤もな疑問ですね。ただ、今の言葉で分かりました。まだ我が家からの話は翠川さん自身にまでは届いていないのですね」
「それはまあ、そうだろ。もし俺の方にまで届いていたら、既に抗議してる。それとスズ。一応確認だけど、スズの手元にそう言う話は?」
「届いてないよ。たぶんだけど、明日辺りにでも護国家のそれなりに地位のある方が直接話を届けに来るんじゃないかな。話が話なだけに、それぐらいの誠意を持って動かないと話にもならないだろうし」
スズの言葉に護国さんが頷く。
なるほど、学園の警備は厚く、外部の人間が直接訪れるには相応の手続きが必要。
だから、護国家の人が来るのは早くても明日。
そしてその前に、この話を成立させないための根回しとして動いているのが、今の護国さんと。
「既に察していると思いますが、私自身は翠川さんとの結婚には反対しています。また、私と護国家の問題に翠川さんを巻き込みたくないとも思っています。ですので、私から言える事は単純です。護国家からの誘いを断ってください。それだけしてくれれば、この問題は解決します」
「断れ、か。それは言われずともなんだが……一応一緒に聞いておく。デビュー戦は忖度なしでいいんだよな?」
「当然です。決闘とは神聖なもの。勝敗を事前に決めておくような不正など、私は絶対に許す気はありません。そもそも貴方に負ける気もありませんが」
「それはこっちの台詞だ」
とりあえず決闘そのものについては何もなし、と。
負ける気が無いのに話を持ってきたのは、それほどまでにこの話が嫌なのか、万が一の可能性を考えての事なのか……。
いずれにせよ、俺がやるべき事は護国家からの依頼は断って、護国さんとの決闘には真剣に臨む、これだな。
うん、単純な話じゃないか。
「護国さん」
「なんでしょうか、水園さん」
と、ここでスズが口を挟む。
それとイチとマリーが俺の事を座る椅子ごと引いて、話す相手を自然と交代させてくる。
どうやら此処からはスズのターンであるらしい。
「本当にナル君が護国家からの依頼を断り切れると思ってる?」
「……。正直なところ分かりません」
「え、俺は断る気満々なんだけど……もがっ」
「ナルは少し黙っているですヨ」
なんか突然に俺が断り切れないとスズに判断されたんだが!?
しかも、護国さんは護国さんでスズの言葉に分からないと返したんだが!?
俺がそんなに意思が薄弱の人間に見えるとでも!?
そう思った俺は二人に抗議しようとするが、イチとマリーによって口を塞がれてしまった。
うーん、無理やりに振りほどくわけにもいかないし、こうなったらもう黙って事の成り行きを眺めるしかないか。
「まあそうだよね。護国家が本気でナル君と護国さんを結婚させようとするなら、たぶん持ち出せるものは何でも持ち出してくるはず。後の事を考えたら非合法な手段までは取ってこないだろうけど、お金、利権、スポンサーとの繋がり……この辺りは出してくるかな。今日丁度デバイスを探していると言う情報も出しちゃったから……うーん、タイミングが悪いね」
「そうですね。特にデバイスを作るのに秀でた有力な企業との繋がりは、普通の決闘者ならば喉から手が出るほどに欲しいものでしょうし、護国家ならばその繋がりは提供できます。他の物についても、金銭、物品、いずれも大抵のものは用意できると思います」
俺が欲しいものを護国家が用意してくる、ねぇ。
いやでもなぁ……。
あ、手が緩んでる、じゃあ話せるな。
「いや、それで色々と得たとしても、決闘に勝った時に護国さんと俺が結婚する事になるんじゃ、釣り合いが取れていないだろ」
「む。それは私が妻として相応しくないという事ですか?」
「いや、護国さん自身の魅力に問題はないけれど……」
「ナル君?」
「落ち着けスズ。これはアレだ。スズたちと仲良くできない人間が俺の近くに来たとしたら、誰にとっても不愉快な状態になるのが目に見えている、と言う話だ」
俺の言葉に明らかに護国さんもスズも不機嫌な様子を見せるが、此処についてははっきりと言っておいた方がいい。
俺の勘がそう告げている。
「俺とスズたちの関係は見ての通りで、俺からスズたちの事を離すことは無い。だがそれは、スズたちが仲良く出来ているからだ。もしも俺を巡って……いや、俺が関係なくても、致命的なほどのいざこざを起こすと言うのなら、俺はいざこざを起こした両方から離れて、二度と近づく気はないし、近づくことも許さない。でなければ、残りの人間を守れないからだ。これが今の状況に甘んじている俺が果たすべき、最低限の責務だ」
「「「……」」」
「そして今回の護国家の依頼を受けて俺が勝った場合、後には間違いなく致命的なしこりが残る事になる。護国さんはスズたちの事はともかく、俺の事をよく思っていないみたいだからな。絶対に良くない事になる。それが分かっているのだから、今回の護国家の依頼を正式にされたとしても、受けることは絶対にないと、俺は断言できるわけだ」
「そう……ですか」
「ナル君……」
うん、理性的に、論理的に、長期的に考えれば、俺が護国家から依頼をされたとしても、それを受ける事なんてあり得ない。
それは断言できる事だ。
だから俺は自信満々に言い切って、護国さんは安心したように呟き、スズは感動したように目を潤ませている。
「でもねナル君。そうもいかないかもしれないんだよ」
「え゛?」
が、スズの表情は直ぐに真剣なものに変わる。
「と言うか、ナル君が此処まで真剣かつ真面目に断固とした態度で断るなら、そっちの手段を使って来る可能性の方が高くなったかも。まだデビュー戦まで日数もあるわけだし」
「え? え?」
「まさか……いえでも、そこまで……」
スズには何か思いついている手段があるらしい。
俺にはそれが何かは全く分からない。
だが、護国さんはそれに気づいたらしく、顔を青褪めさせている。
「ナル君。ナル君が断固として断るのなら、護国家は今回の件を国からの依頼……つまりは強制力を持つ依頼という事にして、持ち掛けてくると思う」
「は、はあっ!?」
俺の声が食堂に響いたのは次の瞬間だった。




