54:護国の家の娘と父親
「お久しぶりです、お父様。数週間ぶりと言うところでしょうか」
「最後に会ったのが入学式の時だから、そう言う事になるな」
ナルたちが学園内ショッピングモールでデバイスを見ていた時から遡る事少し。
金曜日の夜遅く。
翌日と翌々日の休日に備えて早く眠るもの、あるいは金曜日だからこそ遅くまで起きて遊ぶものが居る中、護国巴は虎卯寮の0501号室……自室で、大型モニターを用いたビデオ通話を行っていた。
相手は護国家の現当主、つまりは巴の父親である。
「さて、もう夜も遅いので、単刀直入に用件を伝えさせてもらおう」
「はい」
「巴。今年の魔力量一位である翠川鳴輝、彼とお前で婚約を結ぶ事を、家の方針として提案させてもらう。これは妻及び側近たちも了承している事だ」
「……」
巴の父親は感情を隠し、淡々と用件を告げる。
対する巴も感情を隠そうと努めているが、僅かに寄せられた眉根から、目敏いものならば納得していないことは明らかだろう。
だが、巴の父親はそれを分かった上で、言葉を続ける。
「巴、お前も分かっているとは思うが、彼の魔力量は前代未聞の領域と言っても過言ではない。現時点で魔力量が三千を超えていると言うのは、そう言う次元だ。これから成長期を迎え、増えていく事を考えればなおさらだろう」
「……」
「そんな彼の力と血が国内の誰かや企業の手に渡るのであれば、まだ許容の範囲内ではある。だが、外国の勢力にその血が渡る事は間違っても許されない。と同時に彼の血が彼の代で途絶えることもまた許されない。よって、彼には何としてでも、妻を娶ってもらわなければいけない。これは政府とも一致したことだ」
「それで私との婚約ですか?」
「そうだ。同い年で、同じ魔力量甲判定者で、聞けば、入学式にお披露目会とはまた別に出会いもあったそうだな。見た目も悪くないどころか上の上で、性格だってマスカレイド中含めて妙な面は無し。彼の両親に周囲も真っ当。正直なところ、ケチの付けようがないほどに良い男であると判断している。だから、是非とも巴には納得してもらえると……」
「断固としてお断りします!」
巴の声が部屋中に響き、強い拒絶の感情が込められた表情が画面に映される。
「……。理由を聞こう」
「そんなの分かっているでしょう! 彼には既に思い人が居ます! それは誰の目から見ても明らかです! それが分かっていながら婚約を結ぶなど、お父様は私の事をふしだらな女にしたいのですか!!」
「あー、だがな。内々で調べた限りでは……」
「お父様は! 私がお父様たちの四角関係を嫌っている事を分かっていて、このような提案をしたのですか!? それもお母様に側近の二人も含めて満場一致で!? それで私が喜ぶとでも!?」
「いやでも……な……」
「彼の婚姻事情が国にとっての一大事である事は認めます。で す が ! そこに私を巻き込まないでください! 護国家の次期当主として誰を夫にするかは、卒業までに私が、自分で決めます! 誰にも決めさせる気はありません!!」
「……」
巴の真っ赤な毛が、彼女の感情に呼応するかのように揺らめく。
その迫力は第一線から退いた事と父と娘の関係性があるとは言え、まだ十分な力を持っているはずの巴の父親すら気圧すほどだった。
「それほどに……私の事が気に入りませんか!? 信頼できませんか! この貴方たちとは似ても似つかぬ赤い毛が! 女の身である事が!」
「待て! 落ち着きなさい、私はそんな事は一言も……巴、私はお前の事を大事な愛娘だと思って……」
「信じられるわけがないでしょう! この浮気者! 私がお父様の交際関係を知らないとでも!? お母様以外に何人も女性を囲って!! 子供を産ませて!!」
「……!」
この時点で巴の父親は娘の説得が失敗に終わったと判断した。
自身と彼女たちの関係がそう言うものと見られても仕方がないものである事は分かっていたが、それを自分の娘がどう思っているのか、どれほど嫌っているのかを、大きく見誤っていた事に気づいたのだ。
「巴。それでも護国家の当主として言わせてもらう。翠川鳴輝との婚約は絶対だ。彼を逃がすわけにはいかない。彼を潰させるわけにもいかない。国の為にも、誰かが彼の後ろ盾になる必要がある。そしてそれを為せるのは護国の娘であるお前だけなのだ」
だから、押し通す方向へと舵を切る。
国の安寧と個人の幸せを天秤にかけた時、国の安寧を優先するのが護国の家だからだ。
「これは、護国家当主の命令である」
「それでも断固としてお断りいたします」
「そうか。受け入れないか」
「はい」
そして、巴個人の幸せを見ても……翠川鳴輝が夫ならば、自分はどうしようもないほどに嫌われたとしても、と言う思いも、そこには隠れていた。
故に、巴の父親はその手札を切る。
「ならば決闘によって決着をつける他ないな」
「決闘? 私とお父様でですか?」
「いいや、違う」
「では誰と……まさか!?」
「ああそうだ」
決闘を用いて、押し通すと言う手札を。
「今度のデビュー戦でお前と彼が決闘する事は知っている。だから、そこで巴、お前が勝ったなら、お前の婚約は自由にしなさい。だが逆にお前が負けたなら、その時は彼との婚約を受け入れなさい」
「ふ、ふざけないでください! 翠川さんはこの話に何の関係も無いでしょう! これは私とお父様の間の話のはずです!」
「ああそうだ。護国の家とお前個人の間で起きている問題だ。だがしかし、翠川君も決闘者だ。となれば、私たち護国の家の代理人として、決闘に参加してもらう事は出来る」
「彼が受け入れるはずがありません!」
「それは話をしてみなければ分からない。そして、巴、お前が邪魔する事も意見する事も出来ない話だ。この決闘に参加するかどうかを選ぶのは、彼自身の意思に依るのだから」
「このっ……」
巴の脳裏で、護国の家がナルに決闘の代理人となる事の対価として何を出せるかを考える思考が渦巻く。
そして、ナルが何を求めるにせよ、護国の家ならばよほどのものでは無い限り、準備する事は可能であると言う結論に行き着く。
だが同時に、巴にとっても、この決闘はチャンスだった。
「いいえ、分かりました。だったら私は全力を尽くすまでです。全力を尽くして、翠川鳴輝を打ち倒し、私の未来を私自身の手で切り開きます」
巴が勝てば、女神も認める形で、自分とナルの婚約を結ばせない事が出来るのだから。
自分の父親と同じ様に、ふしだらな女性関係を有している翠川鳴輝との婚約など、絶対に破談させてみせる、それが巴の偽らざる思いだった。
「やってみせなさい。だが私も護国家の当主として、家の為、国の為、全力を尽くさせてもらうので、覚悟はしておくように」
「言われなくても分かっています。お父様」
そうして、父娘の会話は終わりを告げたのだった。




