5:初マスカレイド
『それでは参りましょう』
俺たち魔力量甲判定者たちは舞台へと移動すると、十人で円を描くように立った。
舞台を囲むようにある観客席には全校生徒に保護者、合わせて千人が詰めかけている。
ライブ放送なのか撮影なのかは分からないが、立派なテレビカメラも何台も入ってきている。
貴賓席と思しき場所にも人影が見えたので、誰かが入っているのだろう。
会場全体がざわめいていて、今か今かと待っている。
何を?
俺がマスカレイドを行う瞬間をだ。
『まずは今年の魔力量測定第一位、翠川鳴輝! どうぞ、舞台の中央へ!』
俺は舞台の中央へと移動する。
『それでは、お好きなタイミングで発動してください!』
デバイスの使い方は分かっている。
視界に表示される形で、どうすればいいのかが示されているからだ。
だから俺は指示に従ってデバイスへと手を伸ばし、スイッチを入れる。
それだけでデバイスは俺の体から魔力を吸い上げ、フードがその流れを補助してくれる。
そうして、スイッチを入れてから一秒も経たない内に、俺の視界は暗転した。
■■■■■
「ここは?」
そこは鏡のように光を反射する奇麗な湖、その湖畔だった。
足元には丈の短い青々とした草が生い茂り、少し離れた場所には陽が挿し込まないほどに木々が密集した森がある。
他に目立つのは……水仙の花だろうか。
『簡単に述べるならば、貴方の深層心理とでも言うべき場所です。初めてのマスカレイドで此処へ至るとは……逸材ですね』
俺の呟きに答える声があったので、そちらの方を向く。
そこに居たのは太陽のような女だった。
『さて、手短に伝えるべき事を伝えましょう。普通ならば、初めてのマスカレイドの際には、デバイスの力で魔力が引き出され、魔力の性質と術者の思想を併せ持った仮面体が自動かつ自然に組み上がります。しかし、貴方には迷いと膨大な魔力があった。その為にこの場へと至り、私との邂逅を果たすことになったわけです』
う、うーん?
分かったような、分からないような……。
と言うか、結局のところ、俺は何をどうすればいいんだ?
『簡単な事です。貴方の望みを、好きなものを、何を喜び、何に怒り、何が悲しくて、何で楽しむのかを、子供の頃に憧れていたものを、とりとめのない空想を、貴方の内に秘められたものであるならば、何だって構いませんので、とにかく口にするのです。それに合わせて、貴方の仮面体を、マスカレイドを生み出しましょう。その為に貴方は此処にやって来て、私は招かれたのです』
なんだって構わないから、口にしろ、か。
何か、何かなぁ……。
「正直なところ……俺は恵まれているんだよな。飯に困ったことは無い。着る事に困ったことは無い。住む場所に困った事もない。周りにいる人間だって、誰も彼も優しい人ばかりだった。俺は此処に居る他の生徒に比べれば馬鹿かもしれないが、犯罪を犯す事を良しとするほどの馬鹿ではない。顔と体については間違いなく一級品で、誇るものではあっても蔑むものでは絶対にない」
『なるほど』
「だから、望みと言われても俺にはよく分からない。何を求めればいいのかがよく分からない。俺とは違う俺と言われても上手く想像が出来ない」
『そうなのですね』
「それでもなお、何かを引き出さなければいけないとするならば……俺が俺であるために支障のない部分だけ変わった俺は見てみたいかもしれない。鏡のようにと言うより、部分的にだけ反転した形になるだろうけど、そう言う俺を俺は見たい」
『ふむふむ』
俺は、俺の心から湧いて出てくるものを口にしていく。
留めることなく、あるがままに表に出していく。
女性はその言葉を真剣な様子で聞き取り、何かを形作っていく。
『貴方は……貴方自身とその周囲を愛してやまない。貴方自身とその周囲を守る事を願っている。貴方自身とその周囲の為になら拳を握れる。ならば、貴方は限りなく貴方のままに、けれど部分的には変わった姿になるのが相応しいでしょう』
「……」
なんとなくだが……女性の言葉は的を射ていると思う。
確かに俺は、俺と俺を形作って来たものたちが好きだし、それらを守る事を願っていて、その為だったら喧嘩だって厭わないと思う。
『さあ、湖を覗き込みなさい。そこに貴方の新しい姿があります。それを見れば、自然と目覚める事でしょう』
「分かりました」
俺は女性に背を向けて、湖に足を踏み入れると、その水面を眺める。
そこには何処か線が細くなり、銀色の髪と青い目を持った、けれどだいたいのパーツは俺だと確信できる顔があって……。
「……」
「へ?」
『……。そうですか。そう来ますか』
まるで、その線が細くなった俺に引き込まれるかのように、俺は水底へと沈む。
■■■■■
そうして俺は目覚めた。
マスカレイドを発動し、一糸纏わぬ女性の姿と言う仮面体になって。
その後については俺も知った通りで、俺は観客に自分の美貌を見せつけただけであるにも関わらず、風紀委員長とやらによって檻の中へと閉じ込められ、今は何処かへ向かって移動途中である。
うん?
なんか今、妙な思考が混ざったような気がするな。
俺の美貌を見せつける?
俺の美貌については、確認できる範囲でも間違いなく美しいものだ。
しかし、それを見せつける?
そんな、わざわざ見せびらかすような思考と思想は俺にあっただろうか?
「あー、これが初めてのマスカレイドに伴う興奮状態とか、そういう奴なのか? なんかそんな感じの話を味鳥先生が言っていたような気がする」
檻の中に俺の声が響く。
そうして口にすれば、納得がいった。
と同時に味鳥先生が言っていた事を思い出す。
「マスカレイド中は本音が出やすくなる。感情が表に出やすくなる。嘘を吐けない。制御できないと判断したら、マスカレイドを解除するように、だったか。……。いや俺、制御は出来ているだろ。暴れたりはしていないんだから」
「むしろ暴れた方がまだマシだったんだよ、この痴女!!」
「うっさ!??」
檻が蹴られたのか、大きな金属音が響く。
ついでに大きく揺れて、体と檻が勢いよくぶつかるのだが、思ったほどは痛くない。
「えー……。あ、この檻、外にも普通に声が聞こえているんですね」
「ああそうだ。ついでに私には中の様子も見えている。もう直ぐ取調室に着くから、着いたらマスカレイドを解除しろ。そうしたらこの檻からは出してやる」
「暴れたりはしませんよ?」
「その台詞は動くだけで乳房が暴れない格好になってから言え!」
再び檻が蹴られる。
うーん、こんな風にすぐさま足が出るような人が風紀委員長って大丈夫なんだろうか、この学園。
いや、この檻もマスカレイドなのだろうから、これも本音の類が漏れやすくなっている影響なのか?
「はぁ……こんなに疲れる違反者は初めてだ……。っと、取調室に着いたぞ。いいか、マスカレイドを解除しろ。何もかも、まずはそれからだ。こちらの指示に素直に従えば、今回の件は事故であったとして、誰も傷つかない形で処理も終わる。だからいいな、マスカレイドを か い じ ょ しろ」
「そこまで念押ししなくても……」
「念押しされるような状態なんだと理解しろ、痴女」
「……」
正直に言えば。
俺には今、大きな鏡を使って、自分の全身をきちんと見てみたいと言う気持ちがある。
だって絶対に美しいから。
見たもの全てを魅了してやまないような、俺の理想形に限りなく近いであろう女性像がそこにはあるだろうから。
が、このままここで粘っていても、その思いが叶う事は決してないであろう事も分かる。
魔力を消費している感覚は殆どないのだけれど、上級生の中でもトップの風紀委員長と初めてマスカレイドをしたばかりの俺では、魔力量自体は俺の方が多くても先にマスカレイドが解けるのは俺だろうし。
……。
ああうん、風紀委員長の方が正しいな、これは。
確かに今の俺は念押しされるような状態だ。
「分かりました。マスカレイド……解除」
だから俺は風紀委員長に従って、素直にマスカレイドを解除し、デバイスを外す。
「はぁ、ようやくか。まったく……」
合わせて風紀委員長も檻を消し去ってくれた。
「さて、それじゃあ取り調べを始めるぞ。悪いが、お前の仮面体については色々と尋ねないといけない」
「あ、はい。分かりました」
そして見えたのは、一つの机に二つの椅子だけ用意された、正に取り調べ室としか言いようのない小部屋だった。
どうやら色々と聞かれることになるらしい。
???「アマテラス? 存じております。彼女の作品に感銘を受けて衣装を作った事も一度や二度ではありませんので。そう言う事ではない? では聞かなかった事にしておいてください」