494:飛び越えて来たチョコ
「なんで誰も来ないんすかねぇ……」
「本当になんでだろうなぁ……」
「ワイら、イケメンではないけれど、駄目なレベルのブサイクでも無いはずなのにな……」
午前中の授業を終えた俺は、義理チョコすら貰えなかった事をぼやいている徳徒たちを背後に置きつつ、食堂へとやって来た。
徳徒たちがチョコを貰えないのは……本当になんでだろうなぁ?
俺にはちょっと分からない。
「ん? なんだあれ」
それはそれとして、食堂に入ってきた俺は直ぐに妙な気配と言うか、緊張感のようなものが食堂全体に漂っているのを感じ取る。
発生源は生徒たちのチラ見する動きからして……縁紅と羊歌さんみたいだな。
で、縁紅の方は「どうすんだこれ」って感じの顔をしていて、羊歌さんの方は角度的に顔が見えないが不穏なオーラを漂わせている。
うーん、羊歌さんが怒っている気配はないけれど、縁紅が何かやらかしたか?
やらかした自覚があるなら、とっとと謝ってしまうのが正解だぞとアドバイスをしたいところであるが……流石にあの空気に切り込みたくは無いな。
「ナル君。お昼一緒に食べよう?」
「スズ」
と、そんな事を思っていたら、背後からスズが声をかけて来た。
イチ、マリー、巴の姿もある。
そしてスズ含めて四人とも、直ぐに食堂の空気がおかしな事にも気づいた。
「あー、まだ解決してなかったんだ」
「何があったんだ?」
「簡単に言えば、縁紅が受け取ったチョコの中に本命が混じっていたそうです」
「勿論、羊歌の物ではありませんヨ」
「それで、どう返事をする気なのかを羊歌さんが縁紅に問いかけているのが現状ですね」
「なるほど」
もう少し詳しく聞いたところ。
まず朝一番に縁紅は羊歌さんから本命チョコを貰ったらしい。
その後、流石は魔力量甲判定の男子と言うべきか、縁紅の下には続々と義理チョコが届いたとの事。
で、貰った義理チョコを仕分けていた所……縁紅宛ての本命チョコが数個混ざっていたらしい。
俺がそうであるように、魔力量甲判定の人間なら、配偶者を複数持つことも容認されているのが今の日本である。
だがそれはトラブルを起こさない事を前提とした容認でもある。
そして今回の本命チョコは、既に縁紅と親しい間柄にある事が誰の目に見ても明らかな羊歌さんの存在を無視するようにして渡されたので……まあ、今のような空気と言うか、トラブルになっているわけだな。
「ちなみにスズ的にはどう判断する? 縁紅の立場に立ってみたとしての話な」
「私的には遠慮したい相手かなぁ。羊歌さんの事をワザと無視したなら仲良くなれない相手なのは明らかだし、羊歌さんの事を知らなかったのならあまりにも周囲が見えていない。どちらにしても今後トラブルの火種になりそうな気配が凄いするんだよね」
「まあそうだよなぁ……」
俺はスズの言葉に同意する。
どういう理屈にせよ羊歌さんを無視して縁紅に本命チョコを渡すような人間からは……ヤバい気配しかしない。
「ま、アドバイスだけして、俺たちは撤退だな」
「そうだね。それでいいと思うよ」
とりあえず今スズが言ったことを縁紅へスマホのメッセージで送っておく。
これ以上、俺たちに出来る事は無いので、一刻も早く空気が良くなるのを祈るばかりである。
「ふちべにぃ……」
「コケーゴゲゲゲゲッ」
「なんでウチらと違ってこんなに貰っているんすかねぇ……」
「うわぁ!? なんだお前ら!? ゾンビか!?」
なお、徳徒たちが嫉妬のあまり縁紅へと襲い掛かっている点については見て見ぬふりをする。
俺には制御など出来ないし、抑える義務もないからだ。
「と言うか、本当になんで徳徒たちには義理チョコが行ってないんだ? 俺に来てないのはスズたちが何かしてくれたおかげだと思っているんだが」
「そうですね。ナル様に届いていないのは、私たちが牽制したのもありますし、どうしても送りたいのなら『ナルキッソスクラブ』の方へと言う話が行き届いているからですが……何故でしょうね?」
「これについてはイチは分かりませんね。マリーはどうですか?」
「ンー、あの三人については三人まとめての方が良イ。的な考えが主流デ、それを乱すような事はしたくないと言う意見が主流とは聞いていますガ……」
「要するに、送らない方が面白いと思われているとか、そんな話だよね。それ」
「そうとも言いますネ」
うーん、哀れと言えば哀れなり。
「ところでナル様。私の下にも結構な数と熱量のチョコが届いているのですが……」
「あー、届くのは分かる。処理については、みんなで一緒に後で確認しよう」
「他の女性甲判定者の人にも結構届いているらしいんですよネ、チョコ。なんででしょうカ?」
「さあ? イチにはよく分かりません」
「そういう趣味の人も居るってだけだから、気にしなくていいと思うよ」
余談となるが、巴、大漁さん、瓶井さんの三人にもチョコは結構届いているらしい。
それも学内からではなく、学外から郵送で送られてきているものが結構あるとかないとか……。
まあ、巴たちの格好良さなら女性ファンが付くのは分かるし、そのファンたちがチョコを送ってくることはそこまでおかしな事ではないのだろう。
そして余談の余談だが。
学園は昨今の各種事情を鑑みて、市販品のチョコ以外は学園の外から入れないようにしている。
なのでまあ、ヤバいチョコが学園外から飛んでくることについては警戒しなくてもいいようだ。
実にありがたい話である。