493:バレンタインデー
本日は2025年2月14日金曜日。
つまりはバレンタインデーである。
バレンタインデーであるが平日なので、学園の授業は普通に存在している。
なので俺は普通に登校して……。
「そわそわ」
「コッケコケ」
「すっすすすー」
「……」
教室でまず見たのは、明らかにソワソワしながら、自分が定位置としている机の中などを探っている徳徒、遠坂、曲家の三人の姿だった。
うん、これはそうだな。
「ツッコミ待ちだと思うからツッコむが。学園の授業システム的に、自分の机の中に贈り物があった時に感じるべきは喜びよりも恐怖になると思うぞ。毎日気分で席を動くのが普通なんだから」
「「「!?」」」
俺の言葉に徳徒たちが揃って愕然とした顔を浮かべ、こちらを見てくる。
いや、そんな顔をされても、冷静に考えたらそうだろ。
学園の座学は受ける授業ごとに教室を移動するシステムになっているし、移動した教室で何処に座るかを選ぶのはそれぞれの生徒だ。
なので、教室を当てるまではともかく、机の位置まで当てたなら、それは色々と怖い話になると思うぞ。
と言うかだ。
「そもそも差出人不明のチョコレートとか、間違っても口に入れちゃダメな奴だろ。それ。何が入っているか分かった物じゃないぞ」
シンプルに危険なんだよな。
差出人不明の飲食物って。
「うるせー! 水園さんたちから既に貰っているであろうお前と比べるな!」
「コケーコココッ! ワイらはチョコが欲しいんだ! 女子からの手作りチョコが!」
「バレンタインデーなんすよ! ウチら甲判定なんすよ!? なのに貰えているのが翠川だけなんて差別っす!!」
なんだろう……血涙を流しているような雰囲気で言われてしまった。
徳徒たちはそんなに欲しいのか、バレンタインチョコ。
いやでもなぁ……こればかりはなぁ……。
「で、翠川。お前はどういうチョコを貰ったんだ?」
「コーコココ、最低でも四つは貰っているよなぁ」
「明かすっすよ。どういう物なのか明かすっすよ」
「まあ、見せるだけなら構わないか」
俺は徳徒たちに、今朝、スズたちから貰ったチョコを見せる。
そして、スズたちのチョコを見た徳徒たちは怪訝そうな顔をした。
まあ、それはそうだろう。
なにせ……。
「市販品のチョコ?」
「ラッピングはしっかりとされているが、中身は未開封のだな」
「え、どういう事っすか? これ」
スズたちが渡してきたのはラッピングされただけの市販品のチョコであり、開封した形跡すら無いものだったのだから。
愛情が詰まったチョコと言うのなら、手作りチョコである、と言う風に考える徳徒たちにしてみれば、想定の範囲外でしかないだろう。
だが、俺の過去を知っていれば、この選択肢を選ぶのは、むしろ俺を思っての事だと言うのは明白である。
なにせだ。
「これは俺の小学生、中学生時代の話であり、スズ以外の人間がやった事なんだが……」
「あっ」
「寸刻みにされた髪の毛がたっぷり入ったチョコってどう思うよ?」
「ゴゲッ」
「後は妙に鉄臭いと言うか、黒いチョコとかどう思うよ?」
「ひゅっす」
「ああ、なんか妙に薬品臭いパターンとか、黒焦げとか、おっさんから贈られたことも……」
「「「すんませんでしたぁ!!」」」
俺がバレンタインに貰った手作りチョコの例、その内容をいくつか聞いた徳徒たちは揃って腰を90度に曲げて頭を下げてきた。
うん、分かってくれればそれでいいんだ。
「市販品のが嬉しい。そう言う気持ちになるだろ?」
「なる。ってか、そりゃあ怖くて食えねえわ……」
「なんでこんな真冬にホラーを経験しないといけないんすかねぇ……」
「不味いならまだマシとかはちょっと想像したくないぞ、ワイ」
「分かってもらえたようで何よりだ」
「いやと言うか、翠川、お前の地元時代、時々ヤバいワードが聞こえて来るけど、どうなってんだよお前の地元……」
「ワイ、翠川から変なフェロモンでも出ていたんじゃないかって思えて来たぞ」
「あー、それ、否定できない部分もあるんだよな。俺と周囲の生徒たちの魔力量を考えると、変な影響を及ぼした可能性はありそうなんだよ」
「魔力有りのものは魔力無しのものに強い影響を与えるの話っすかぁ……怖いっすね」
まあ、今ならどうして彼女たちがそんな行動をしたのか、多少分からなくもない部分もある。
俺が無意識的に動作や声に魔力を載せてしまっていたんだろう。
実際、その辺で色々と意識し始めて、今は声に魔力を載せているな、今は載せていないな、と言うのが分かるようになってからは、そう言う極端な行動を取る人間も少なくなった気もするし。
……。
中には俺が魔力を載せていたか否かに関わらず、そう言う事をやっていそうな人間も居たけどな。
今この場で言って、徳徒たちをビビらせても仕方が無いので、言わないが。
「ま、そんなわけで俺は貰うなら市販品の方が良いし、顔を合わせて貰いたい」
「そっかー、そうだよなー」
「コケーコココココ」
「そうなるっすよねー」
さてこれで話は終わり、と思っていたのだが……。
「それはそれとして翠川ぁ! なんでお前は嫁さんたちから貰えて、俺たちはまだ一個も貰えてないんだ!」
「コケェ! コッコココ! コケコウコ!!」
「義理すら来ないんすよ! どうなってんすかこれはぁ!!」
「いやその辺はちょっと俺には分からないなぁ。俺も今年は義理については貰ってないし」
「義理は、とか言いやがったぞ! この野郎!!」
「コケーコココココッ! クックドゥードゥルドゥー!!」
「格差っす! これは明確な男子間格差っすよー! 是正を求めるっすよー!!」
なんか追加で騒がれてしまった。
いやでも、この件に関しては俺に何か出来る事があるかと言われたら……何も出来ないからなぁ。
とりあえず、今日が終わるまでに徳徒たちの下に誰かからかチョコが届くことは祈っておこう。
俺に出来るのはそれぐらいだ。