491:進路志望
「さて、どう書いた物だろうな」
「こう、改めて提示しなさいと言われると、案外悩む物だよね」
「ですネ。大枠ははっきりしていますガ、細かい部分が困りものでス」
「今後の活動次第ではまた更に変わっていく可能性もありますので、今は大枠だけに留める。と言うのも手だとイチは言っておきます」
スズの誕生日から数日後。
俺たちは戌亥寮の食堂のテーブルで、それぞれの前に『マスッター』のとある画面を開いたスマホを置いて悩んでいた。
開かれた画面に記されているのは進路志望書。
決闘学園の一年生たちがこの時期になると提出を求められるものである。
「とりあえず大枠からだな。決闘者か後方支援か。これは俺については決闘者一択だ」
「そうだね。ナル君はそれでいいと思う」
「マリーたちも此処は揺るがないんですよネ」
「そうですね。ここは決定でいいでしょう」
進路志望書がどういう物なのかは……まあ、名前から想像が付くとおりである。
将来の夢に合わせて、この先どう学んでいくのかを示しましょうと言う奴だ。
コース分けとか、専門化とかとも言う。
で、肝心の内容だが。
まずは大枠として、決闘者となるか、あるいはスキルの開発者、結界の整備技能者、事務員、その他マスカレイド技術を用いた何かを目指すかの選択がある。
ここで前者を選んだのなら、決闘者として必要な技能を学べるように二年生の時の授業内容が調整されるし、決闘の数も多くなる。
後者を選んだら決闘の数は少なくなり、その分だけ自分が望んだ技能を習得するための授業が多くなる。
と言う感じだな。
此処については俺たち全員前者である。
「で、ソロ専門か、小隊戦専門か、どっちもか……コマンダー戦はどうするか。色々とあるな。まあ、この辺は全部取るべきか」
では前者を選んだとして。
次に示すのはどういう決闘者になるかだ。
人数の話に始まり、遠距離なのか近距離なのかもあるし、燃詩先輩の影響でコマンダー専門にやるかどうかもあるし……。
メインを邪魔しない程度に、さっき挙げられた決闘者以外の技能を取るかどうかの質問もある。
「問題はサブなんだよなぁ……。衣装関係……と言うか仮面体の構築関係の実習は取るべきか否か……」
「ナル君だと本当に悩み処だよね。戦力に直結するだろうし」
「でもナルの技能だト、わざわざ学ぶ必要があるのかが分からなイ。と言う意味で悩み処ですよネ」
「そうですね。ナルさんだと機械で仮面体を弄る事も出来ませんし」
「そう。だから本当に悩んでる」
ぶっちゃけ、俺の仮面体は色々と特殊だからな……。
このまま独自に技能を磨いていくと言うのでもいい気はしている。
「ちなみにスズたちは?」
「私たちは三人揃って小隊戦専門、コマンダー戦有り、スキル開発分野のサブを取る予定だよ」
「なるほど。ん? でもマリーとイチはアレがあるから取りに行くのも分かるが、スズはなんでだ?」
「アビス関係でちょっと、と言う感じだね。後、調合の方も再現できるのが無いかなって」
「改めてなるほど」
スズたちはソロでの決闘は諦めるらしい。
まあ、スズたちの仮面体の機能から考えて、ソロよりも小隊戦の方が向いているだろうしな。
で、サブの方は……マリーは『蓄財』、イチは燃詩先輩からの課題、スズは調合とアビス関係の為にスキル開発の分野について少し触れておくつもりであるらしい。
「まア、専門の研究者でも上手く行かないと言いますカ、去年の時点で燃詩先輩が匙を投げていたくらいなのデ、マリーは一応と言う感じですけどネ」
「イチも同様です。本業は別ですし」
「ま、そうだよな」
まあ、あくまでもサブであって、メインにするほどのものではないらしいが。
「それでナル君はどうするの?」
「んー……ぶっちゃけ独自に技能を磨いていった方が良い気はしているんだよな。新しい衣装を取り込みたいなら、その服を着て魔力を流し込めばいいだけだし。だいたいの衣装は頼むべきところに頼めば作ってもらえそうな気はしているし。うん、決闘者に専念した方がよさそうだな」
ちなみにだが、巴については早々に決闘者に専念する事に決めたらしい。
そう言うメッセージが既に俺の手元に届いている。
また、漏れ聞こえてくる話を聞く限り、今年の魔力量甲判定者組は、巴以外の面々も決闘者をメインとしつつ、何かしらのサブを取る形式に落ち着きそうとの事。
「じゃ、これで提出、っと」
「うんそうだね」
「ですネ」
「ではそう言う事で」
と言うわけで、来年度の授業の大まかな方針はこれで決定、と。
なお、この先は余談となるのだが。
「そう言えば、この辺の事務とかってどういう内容なんだ? 採りたいとは思えないが、内容には興味がある」
「うーん。法律とか手続きとか、金銭関係の処理全般とか、色々とやるみたいだよ。決闘者側の事情も把握している事務作業を出来る人間って結構需要があるみたい」
「へー」
「決闘で賭ける物の釣り合いが取れているかどうかを判断するための知識も学習内容に入っていますね」
「なるほど」
「政治的なお話もかなり関わってくるみたいですネ。マリーが聞いてきた限リ、今年の甲判定者の中では羊歌が採るつもりのようですヨ」
「そうなのか。……」
「ナル君?」
「いや、何でもない」
羊歌さんがその手の裏側全般を取り仕切るために必要な知識を得ると聞いて、まず真っ先に思い付いたのが、羊歌さんの手から伸びる糸によって縁紅と言う名の人形が踊らされている図だった。
完全に妄想の類のはずなのだが……何故だろうな、そうなる未来しか見えないのが、本当に困りものである。