481:冬季合宿四日目・ナルVS虎卯寮 -後編
「せいっ!」
「よっと」
トモエの薙刀が振り下ろされるが、ナルは紙一重でそれを回避する。
「おらぁ!」
「こうだな」
ほぼ同時にアルレシャの銛が突き出されるも、ナルは盾を出現させて受け流す。
「そこっ!」
「模範模倣」
更にはサダルスウドの砲撃が撃ち込まれるが、ナルの周囲の風が急激に強まって、放たれた水塊はあらぬ方向へと飛んでいく。
「まだまだ!」
「だったら!」
「狙って……」
「……」
そして、トモエたちの攻撃が一通り行われても、まだ攻撃は止まらない。
切って、突いて、薙いで、だけでなく、網で絡め取る事も、形態を微妙に変えた水塊を放つこともトモエたちはしていく。
「なるほどこれは……まずいですねっ!」
「そうだな。そう思ってもらえる状態にはなっていると思うぞ」
「軽く言ってくれやがる!?」
「え、えーと……ボクは……どうすれば……」
だが、そのトモエたちの怒涛の攻めをナルは難なく凌いでいく。
踊り子の衣装のバフ効果によって底上げされた敏捷と反応を生かして、攻撃を紙一重で躱す。
受けても問題のない攻撃なら、直前で盾を生成して受け止めるか、受け流す。
遠距離からの攻撃の一切と、近距離であっても網のような軽いものであれば、纏う風によって吹き飛ばして無力化する。
それどころか。
「今度はこっちからだ」
ナルの羽衣がひらめき、アルレシャの銛の柄に触れ、食い込み、そのまま切断する。
トモエの攻撃の隙間に踊るように足が伸ばされて、それに触れたトモエの体が突風が直撃したかのような勢いで吹き飛ばされる。
と、反撃までこなし始めていく。
「んなっ!? 羽衣でアタシの銛を!?」
「っう!? アルレシャ! ただの硬質化です! きちんと刃で受ければ逆にこちらが断てます!」
「それはそう。これもまだお試し中だしな」
「お試しでアタシの糸を切らないで欲しいんだが!?」
ナルの軽口にアルレシャが動揺した様子で返す。
だが、アルレシャ以上に動揺しているのは観客たちだった。
そう、今のナルは、三対一、それも普段から組んでいる三人の連携を受けているにもかかわらず、昨日一昨日の試合よりも余裕があるように見えた。
これまで以上にどうやって攻めればいいか分からない状態になっていた。
遠距離攻撃や軽い攻撃は風の防壁によって阻まれてしまい、通用しない。
近距離攻撃は回避しても良いし、盾で受けてもいい。
仮に体へ当てる事が出来たとしても、その体は極めて堅く、おまけに再生する。
毒は通じない、それどころか多くの搦め手が通じない。
長期戦になればなるほどに魔力量の差は開いていく。
物理的拘束や窒息が通じる事など、もはやどうでもよくなるほどに、理不尽で堅い守りが出来上がっていた。
だが、観客の多くがそうして困惑していても、舞台上に居るトモエたちに諦めるつもりは無かった。
「こうなったら……トモエ! アルレシャ! 沈めるよ! 『ラージスプリング』!」
「はいっ!」
「分かった!」
「ん?」
今のナルに何度か攻撃を加えてから、まるで諦めたかのように動きを止めていたサダルスウドが動き出す。
瓶を、口を上に向けた状態で舞台に置き、そしてスキル『ラージスプリング』を発動。
すると……。
「来い!」
「うおっ!? 『ドレッサールーム』水着!」
大量の水がサダルスウドの瓶から湧き出して、舞台上を水浸しにする……のでは止まらず、洪水で浸水したかのように、結界内全域に水深数十センチ程度の水場が出現する。
その水の勢いにナルは思わず一度足を止め、自分の衣装を白ビキニの上下に変えつつ、周囲の状況を確認してしまう。
見れば、トモエたちは誰かが用意した岩の足場の上に立って体が濡れないようにすると共に、アルレシャが足場の周囲に糸を張り巡らして水のドームのような物を作り上げていた。
そして、トモエたち三人ともに、その右手には稲光のようなものが宿っている。
よくよく感じ取れば、この場を満たす水は微かに潮の香りを漂わせる海水であった。
「やべっ」
そこまで認識したナルはこの後に来る攻撃が何なのかを理解した。
そして、ナルの認識通りにトモエたちは稲光を纏った手を上に向かって突き上げて……。
「「「『サンダーボルト』!」」」
一斉にスキルの名を唱えて発動。
舞台の上空から地上へと、稲光が三度瞬く。
空気が破裂した音が周囲へと響き渡る。
本来ならば誰を襲うか分からない天からの一撃であったが、トモエたちの周囲には伝導体である海水によるバリアが貼られ、ナルは全身が海水で濡れていた。
故に舞台の何処へ落ちようとも、その矛先が行き着く先はただ一つ。
「ーーーーー~~~~~!?」
ナルであった。
「よしっ! 此処までやったなら流石のナルキッソスだって……」
「そうだね。直前に見えた衣装は水着で、雷への防御能力だって無かったはず。これなら」
自分たちの攻撃が直撃したとして、アルレシャとサダルスウドが喜びの色を示す。
「『精錬』『アディショナルアーマメント』『ハイストレングス』『エンチャントフレイム』。二人とも構えてください。まだ終わっていません」
「は? 何を言って……」
「トモエ?」
だが、そんな二人を余所にトモエは弓を構え、その矢を赤熱させる。
そして、アルレシャの糸のバリアを内側から破るように放たれた矢は、バリアによって少しだけ勢いを削がれつつも、海水が蒸発して出来た霧の中へ向かって放たれて……。
「『ウォルフェン』!」
突如出現した鋼鉄の壁に突き刺さって止まる。
「間に合いませんでしたか」
「ギリギリではあったぞ。意図せずフェイントのようになったみたいだが、この使い慣れた聖女衣装でなければ、そして使うのが『グローリードレス』でなければ間に合わなかった。『ウォルフェン』も含めて、本当にギリギリだった」
「「ええっ……」」
鋼鉄の壁の向こう側から、仄かに煌めく聖女服を身に着けたナルが姿を現す。
雷に打たれた事による衣装の損壊と火傷は全身各部に見られたが、どちらも既に回復を始めており、致命傷には程遠くなりつつあった。
「『ドレッサールーム』、『グローリードレス』発動。さて、悪いが半端な水場なら、俺の方が有利だぞ」
ナルの衣装が聖女服からパレオ込みの水着へと変化する。
手足の先を水に漬け、クラウチングスタートの姿勢を取る。
「そうかもしれませんね。ですが、諦める理由にはなりませんので」
「アタシのミスだな……。こうなりゃあプランBだ」
「そうだね。でもこれで遠距離攻撃はまた通るように……」
「模範模倣……おらぁ!」
「「っ!?」」
「速いっ!?」
そうして、行われたナルの攻撃は、地上に居る時よりも明らかに速く、重く。
一瞬でトモエたちに接近し、サダルスウドの鎧を拳と続く水属性の追撃によって打ち砕いて退場させるには十分な物であった。
その後の勝負の結果は、語るまでもなかった。




