480:冬季合宿四日目・ナルVS虎卯寮 -前編
「何がやっぱりだってぇ!?」
後方に向かって跳び退く事でナルはアルレシャの網を回避した。
だがその程度は予想済みと言わんばかりに、アルレシャは一歩前に出ると、小さな手の動きで今さっき出した網を大きく波打たせ、浮かび上がったそれを操る事で、まるで浜辺全てを覆い尽くす波のように、ナルに渦潮を纏った網を向かわせていく。
それはこのまま地上に居て、網に絡め取られて溺死待ったなしと言う攻撃。
そして、それほどの攻撃ではあるが、アルレシャとしては別に避けられても構わない攻撃だった。
なにせ、自身の背後では既にトモエとサダルスウドが攻撃の準備を整え終わっているからである。
「トモエたちの戦術が思っていた通りと言う意味だとも!」
その光景は勿論の事、ナルにも見えている。
ナルはそれを見た上で笑っていた。
笑った上で、迫りくる網の波を前に膝を折り曲げて……跳ぶ。
アルレシャの網が届かない上空に、けれど身動ぎ一つままならない空中へと。
「そこっ!」
「発射ぁ!」
当然、トモエもサダルスウドもその隙を見逃すような真似はしない。
直ぐに狙いを整えると、空中に居るナルに向かってそれぞれに攻撃を放つ。
「『ドレッサールーム』ダンサー、『グローリードレス』発動」
空中に居るナルの衣装が変わる。
バニーガールから、かつてバードスナッチャーと言う名前の先輩決闘者と決闘をした時に着た踊り子のような衣装へと。
『グローリードレス』の効果によって輝く羽衣が宙に踊り、独特の空気感を周囲にもたらす。
そして、そんな空気を裂くように、トモエの弓から放たれた真っ赤な線と、サダルスウドの瓶から放たれた砲弾のような水塊が飛び、ナルへと迫る。
二つの攻撃はナルの体に触れようとして……。
「模範模倣……発動」
「「「!?」」」
その直前、ナルの周囲に生じた強い風のような何かによって、軌道を逸らされ、勢いを殺され、あらぬ方向へと飛んでいった後に魔力に分解されて消滅する。
「よっと。実戦でも上手く行ったな」
「「「……」」」
ナルがアルレシャの網の範囲外にふんわりと着地する。
トモエたちはその優雅な足取りと着地を何も出来ずに見守るしかなかった。
「……。ナル様。決闘の途中なのは分かっていますが、流石に消化しきれないので、申し訳ありませんが質問をさせてください」
「ああ、俺は構わないぞ」
「ではお聞きします。今、何をしたのですか?」
そして、ナルがトモエたちの方を向いたところで、トモエが質問を投げかける。
トモエはナルが踊り子の衣装を身に着けた際にスキル『ドレスパワー』を使ったらどうなるかは、文化祭で購入した説明付き写真集で知っていた。
説明付き写真集曰く、踊り子の衣装の『ドレスパワー』のバフ効果は、敏捷、反応、体幹と言った踊りに関わるであろうステータスの上昇に加えて、周囲に気流を発生させる謎のバフを得ると言うもの。
この気流を発生させる効果が自分とサダルスウドの攻撃を逸らした……と言うには、この効果で発生する気流の勢いは弱すぎる。
写真集に無い『ドレスエレメンタル』の分のバフ効果を加えても、逸らせるほどではない。
つまり、それ以外の何か……未知なる現象が発生している事は明らかであり、その正体が掴めない以上は時間を割いてでもナルに答えてもらう方が適切である。
トモエの判断はそのようなものだった。
そして、質問されたナルの答えは……。
「簡単に言えば、自前の魔力操作技術で『グローリードレス』のバフを真似して強化した。今回の場合なら、俺の周りの気流の勢いを増して、大抵の遠距離攻撃は弾いたり逸らしたり出来るようにした感じだな」
「「「!?」」」
ナルが羽衣を少し動かし、その輝きを強める。
ただそれだけで、ナルの周囲で魔力が煌き、暴風が吹き荒れ、離れた位置に居るトモエたちにも微かだが風が届く。
その風を感じ取ったからこそ、トモエたちは動揺する。
ナルの答えははっきり言えば、常識の埒外にあると言っていいものだったからだ。
なにせ、仮に他のバフも真似して底上げが出来るのなら、もしも着ていない衣装のバフも真似できるようになったのなら、それはもう、真似できるバフの種類だけユニークスキルが増えた事に他ならないからである。
決闘者の常識も、決闘の常識も、その多くをへし折るような技術の表れだった。
「流石はナル様ですね。何時、そのような技術を?」
「今日だな。座学で学んだ内容から出来そうだなと思って、ちょっと前の休憩時間で実証実験をして、今が初めての実戦だな」
「本当に、流石はナル様ですね」
「まあ、今はまだお手本が発動中でないと無理だし、魔力の効率も悪いから、だいぶ無理やり感があるけどな」
「ほんっとうに流石はナル様だと思います。決闘が終わった後に、もう少し詳しくお願いします」
「分かった」
なお、その後に続くナルの言葉にトモエは感心と称賛の意思を表したが、二人の会話を聞くアルレシャとサダルスウド、それに観客の多くは内心でドン引きしていた。
昨日の今日どころか、ついさっきレベルの思い付きを形にしないで欲しい、っと。
「では……『アディショナルアーマメント』。遠距離攻撃ではナル様に届かない以上、接近戦を挑ませていただきます。アルレシャ、サダルスウドも」
「ま、そうなるよな。来いよ、トモエ」
「分かった。アタシはトモエに合わせる」
「うん、どうにかしてみるよ。ただ期待はしないで」
トモエが武器を弓から薙刀へと変える。
ナルが羽衣の端を掴み、踵で軽くリズムを刻み始める。
アルレシャとサダルスウドもそれぞれに近接戦闘の為の準備を始める。
「「「……」」」
そうして、誰が音頭を取ったわけでもないのに、四人同時に動き始めた。




