476:冬季合宿三日目・見守りと知らせ
「ナル。負けてしまいましたネェ」
「そうだね。流石のナル君でも三対一で、しかもナル君の為だけに対策を積んできた相手は厳しかったみたい」
ナルが縁紅たちと話し、その場を離れた後。
ナルの決闘とその後を見守っていたスズとマリーは、その場に留まって話を続けていた。
「でもナル君たちの表情と話を観察していた感じ、きちんと反省をして次に繋げようと考えているようだから、大丈夫だと思うよ」
「そうですネ。その点はマリーも同意でス。たダ……」
「ただ?」
「反応さえ間に合っていたラ、トドメになったゴールドバレットの攻撃を防げていたかもしれないと言うのハ、身内としてもちょっと引くところではありますネ」
「あーうん、そうだね。ナル君だから仕方がないけれど、確かに常識外れではあるよね……」
とは言え、流石のスズとマリーにしても、ゴールドバレットの攻撃を盾無しで防げていた可能性があったと言う話には苦笑いを浮かべたが。
「スズ、マリー」
「イチ、どうかしたの? 見るからに困った様子みたいだけど」
「何かはあったようですガ、何がありましタ?」
と、そうして二人が話をしているとイチがやってくる。
その表情は親しい間柄の人間ならば、何かがあったと察しが付く程度には歪んでいる。
なので、スズもマリーもイチに話をするように促す。
そして、イチの口から出てきたのは……。
「ハモの姿が確認されました。イチたちが今居るホテルから見て山の向こう側、そこに二日前の時点で居たようです」
「「……」」
スズとマリーの二人としても看過しがたい情報だった。
「イチ。この情報は何処から出て、何処まで伝わってる?」
「情報の出元は天石家です。よって確度は保証できます。教師の方々には既に伝えました。羊歌さんのように耳聡く、知っておいた方が上手く動いてくれる方に伝えるかは、学園の対応次第となります」
「なるほど」
「うーン。どうしたものですかネ……」
だが同時にとても困る情報でもあった。
知ったところで心構えを付けておく他は、精々が新しい調合を考えておくぐらいしか出来ない話だからだ。
ただそれでも知ったからにはと、スズは情報を整理し始める。
「ハモの本名は波門武織だっけ。で、ハモ自身も識門家の縁者だったけれど、婚約者だった識門家の女性を尾狩参竜に奪われた挙句に殺された。だから、尾狩参竜に対して強い復讐心を抱いており、尾狩家全体に対しても同様である。だったかな?」
「はい。その通りです。そして尾狩家は現在、このホテル近くのペンションに一族総出と言ってもいいレベルで集まって、何か会議をしているようです。会議内容としては、恐らく尾狩参竜がナルさんに負けた事で発生した諸々の負債をどうするのか、と言うところでしょう」
「つまりは醜い責任の押し付け合いの最中ですカ?」
「そうなっている可能性も当然あります」
マリーの言葉を聞きつつもスズは思う。
まあ、尾狩家がどうなってもそこは別にどうでもいい、と。
あの家がどうなっても、それは自業自得の範疇だからである。
むしろ困るのは、ハモが尾狩家への復讐を果たした結果、アビスの信徒への風当たりが強くなったり、場所が場所だけに雪崩のような形で余波が来ないか、あるいは復讐達成後に更なる暴走をしたりしないか、と言う辺りだった。
ただ、話を聞いてしまい、想像が容易に出来た以上、最低限やるべき事はするべきだろうとも、スズは考えた。
なのでスズはイチに一応提案する。
「イチ。尾狩家への連絡は?」
警告はするべきである、と。
「夜来叔父さん曰く、一応伝えたとの事です。信用して対策を講じるかは向こう次第でしょう。鼻で笑われたとも言っていましたが」
「ア、駄目そうですネ」
「うん。駄目そうだね。これは」
直ぐに帰って来たイチの言葉に、マリーもスズも、最低限持っていたそう言う心を一瞬にして霧散させたが。
「どうやら今現在の尾狩家は酷い疑心暗鬼と言いますか、内輪もめの状態にあるようです。そこへ尾狩参竜の側近として振る舞いつつも、表舞台から退くだけで済んだ夜来叔父さんからの連絡なので、マトモに受け取らないのも仕方がない事とは思いますが……」
「それでも伝えるべきを伝えて受け取らなかったのなら、まあ、もう何と言うか、仕方がないよね」
「仕方がないですネ。イチたちはやるべき事はやりましタ」
「そうですね。仕方が無いと割り切ってしまいましょう」
イチ、スズ、マリーの三人とも、こうしてあっさりと尾狩家を助ける事は諦めた。
向こうに助けてもらいたいと言う意思はなく、義理もなく、感情的にもマイナス方向に振り切っているし、そもそもこの雪の中で何時来るか分からない人間を止める事は非常に困難であるので、これはもう仕方がないとしか言いようがない事だった。
「うーん、残る問題はナル君と巴に伝えるかどうかかなぁ……」
「何かトラブルの前兆のようなものを捉えた時点で伝えればいいと思いますヨ。明日はナルと巴たちとで決闘をする事になりますかラ、二人とも今は忙しいでしょうシ。余計な情報は伝えるべきでは無いと判断しまス」
「そうですね。イチもマリーに同意します」
「じゃあ、そうしよっか」
こうして、ハモが近くに来ていると言う情報はナルに対して伏せられる事となった。
そう、今日の午前中、尾狩家のペンション近くで動く人影を目撃したナルに、尾狩家に恨みを持つ人間が近くに居ると言う情報は伝わらなかったのだった。