469:冬季合宿三日目・雪上行進とお試し
「よっ、ほっ、せいっ!」
早いもので冬季合宿ももう三日目である。
さて、本日の午前中の屋外活動は、雪が降り積もった平地をただひたすらに歩く事だった。
と言うわけで、他の生徒たちがきちんと防寒着を着こみ、一歩一歩慎重に踏み締めて歩く中、俺はマスカレイドを発動すると、先頭で力任せに雪を掻き分けつつ、堂々と歩いている。
「ああ言うのを見せられると、ナルキッソスが如何に規格外なのかを理解させられるわね……」
「正直、見ているだけでちょっと寒くなってくるよね」
「そうか? いやまあ、雪山と言う場にそぐわない衣装ばかりなのは認めるけどな」
「また変わった。いったい何着持っているんだ……それも薄着ばかり」
ちなみに、この屋外活動での顔見知りは四人。
『パンキッシュクリエイト』の風鈴さんに汐見。
それから以前に決闘をしたことがあるボーダーライフとアンクルシーズの二人である。
まあ、親しさまで言ったら、『パンキッシュクリエイト』の二人以外は本当に顔と名前まで知っている程度でしかないのだけど。
「ねえナルキッソス。どうしてそんな恰好をしているの?」
「どうしてと言われても……雪山での適切な衣装がないかの確認だな。えーと、次はこれだな。『ドレッサールーム』『グローリードレス』」
さて、今日の屋外活動はただひたすらに雪原を歩くことで、雪上での活動に身を慣れさせるのが目的である。
だが、ただ歩くだけでは時間が勿体ないと言う事で、俺は手持ちの衣装を次々と着替え、スキル『グローリードレス』を発動しながら歩くことで、雪原限定で効果を発揮するような衣装がないかを探している。
勿論、衣装単品だけでなく、特定の組み合わせで効果を発揮するような何かがないかと、模索中でもある。
と言うわけで、ビキニにジーンズとか、振袖とか、比較的厚めの上下とか、いろいろと試しているわけだが……。
「素直に私たちが来ているようなスキーウェアを着ればいいじゃない。それなら確実に雪原対応の効果が出るでしょ」
まあ、俺について詳しくない風鈴さんなら、こう言う感想を持つのは当然だろう。
なお、汐見は終始、寒そうだなぁ、と言う視線を向けている。
ボーダーライフは、特に気にした様子は見せていない。
アンクルシーズは、真剣な顔で何かを悩んでいる。
他の生徒たちは……まあ、人それぞれだな。
さて、風鈴さんの言葉に返しておかないとな。
「確かにそう言う服装を着れば、合わせた効果が出るだろうが……。正直に言って、俺は厚着が好きじゃない。脱ぎたくなる」
「……」
なんか呆れてものが言えないと言う表情をされている。
いやでも、そう言う事なんだ。
うーん、ここ最近は周りに居るのがスズたち親しい相手ばかりで、俺の事をよく分かっている人ばかりだったからな……。
理解してもらうためにも、ちゃんと説明するか。
「知っての通り、俺は美形だ。俺は美しい」
「まあ、そうね」
「俺は俺の顔を隠す事、俺の美しい部分を隠す事に耐えられない。出来る限りオープンにするべきだと思ってる」
「なるほど」
「だから厚着はしたくない。出来る限り露出は増やしたい。法の問題があるから最低限は隠すが、それ以上に隠す気にはなれない」
「ふむふむ」
「顔を隠す事など以ての外。俺の顔が見えない状態になるだなんて、世界の損失に等しい。絶対に許されるような事ではない。故に、防寒程度を理由に帽子を被る、ゴーグルを着ける、肌を隠す事など断固として断る。それをするぐらいなら俺は……魔力でごり押す!」
「魔力量甲判定なのをいい事に……!」
と言うわけで説明完了。
納得してもらえたかは分からないが、とりあえず説得不可能なのは分かってもらえたようだ。
この話をしている間は止まっていた各自の足が再び動き始めている。
「……。そうなると、ナルキッソスに着ぐるみとかは無理そうね」
「頭付きの奴だったら渡されたらノータイムで拒否すると思うぞ。頭に何かを付けるのはバニーガール衣装のうさ耳と各種アクセサリー。アレくらいが限度だ。頭から下だけでも……まあ、拒否するだろうな」
「なるほど。『パンキッシュクリエイト』として覚えておくわ」
まあそれでも風鈴さんは会話を続けるつもりのようで、雪を踏み締めながら、こちらに話しかけてくるのだが。
しかし着ぐるみ、着ぐるみか……ある意味で仮面体も着ぐるみのようなものだよな……。
そして、動物モチーフの着ぐるみなら、『グローリードレス』で発生させるバフの種類も指定しやすそうだ。
例えばだが、キタキツネ辺りの衣装を身に着ければ、その生息環境に適した……それこそ、今居る雪山に合わせたバフになるような気がする。
うーん、今度考えてみてもいいかもな。
「ん?」
「どうかしたの? ナルキッソス」
「いや、あのペンションの辺りで何か、人影のようなものが動いたような気がしてな。気のせいか?」
「ペンション? あ、本当だ。あんな所にあったんだ」
「よく見えるな。視力1.0だと……ギリギリか?」
「ふーん」
「ちなみにあのペンション。尾狩家の所有物らしいぞ。巴が言ってた」
「「「……」」」
と、ここで遠くにある尾狩家のペンション近くで何かが動くのが見えたような気がしたので、俺は思わず声を出してしまった。
そして、尾狩家のペンションだと伝えた瞬間に、俺の声が聞こえていた全員が一斉に関わりたくないと言わんばかりの顔をした。
いやまあ、そんな顔をしたくなるのも分かるけどな。
尾狩参竜の件もあるし。
「まあ、近づかなければ、何も起きないだろ」
「それはそうだけれど、早い所、この屋外活動の行程を終わらせてホテルに戻るべきね。巻き込まれるのはゴメンよ」
「うんそうだね」
「同感同感。桑原桑原」
「いや桑原は対雷だろ……」
とりあえず俺たちは少し急ぎ足でホテルまで戻った。
なお、雪上で俺が行動するのに適した衣装は、結局見つからなかった。