466:冬季合宿二日目・ナルVS申酉寮 -後編
これは駄目っすね。
コモスドールは去年末のペチュニアとの戦いで死にかけた経験からか、自分が耐えられる攻撃と耐えられない攻撃の見極めが格段に上手くなっていた。
その上手くなった見極めが告げている。
自身の頭上に出現したナルの『ウォルフェン』は、避ける事も防ぐ事も叶わない、と。
そして、自分が落ちた時点で、ナルの反撃と回復を許さないほどのペースで魔力を削り取っていくと言う作戦もまた破綻する。
故にコモスドールは少しでも逆転の可能性を上げるべく、一つのスキルを切る。
「『アイビーバインド』っす!」
「っ!?」
コモスドールの叫びと同時に、緑色の蔓が舞台から鋭く生えて来る。
そして、蔓たちによってナルの四肢と頭が拘束、固定される。
この蔓たちの動きは『ウォルフェン』の落下を食い止められるほどの強度は無かったが、ナルの他の動きを止めるには十分な強度と縛り方となっていた。
「やるんだな! やってやらぁ! 乾坤一擲……『オールイン』!」
そんなコモスドールの決死の拘束を見て、ブルーサルも切り札を切る。
鉄球を手に取ると、野球の投球モーションに入り、自身の残る魔力全てを鉄球に込めた上で、ナルの頭部に向けて投げる。
自分の仮面体の全身が投げた反動と魔力切れによってバラバラに砕け散っていくのを自覚しつつ。
「ワイもやるぞ! 『クイックトリック』!」
合わせてレッドサカーも動く。
舞台の床を強く蹴っただけでは説明が付かない速さでナルの頭上まで移動すると、ナルの側頭部に足裏を向けた状態で膝を折り曲げた体勢へと移行。
そして直ぐに足を伸ばしてナルの頭を蹴り……ブルーサルの投擲と自身の足でナルの頭を挟み込もうとする。
「……」
この状況のマズさをナルは直ぐに理解した。
既にコモスドールは死に体だが、これ以上の妨害をさせないためにも、『ウォルフェン』をこのまま落下させてコモスドールは潰すべきだった。
だがそうなれば、身動きできない状態でブルーサルの投擲が頭部に直撃する事になる。
それもレッドサカーの攻撃によって相対速度を上げられ、衝撃を逃がすことも出来ないような状態で。
これまでの攻防でナルの魔力はきちんと削られていた。
今は『ウォルフェン』によって大量の魔力を外に出してもいる。
このような状況で三人の一発逆転を賭けた攻撃を頭部に受けたのなら、流石のナルと言えども致命傷になる事は確実だった。
だからこの状況からどう逃れるかをナルは必死に考えて……。
「『ドレッサールーム』! 来い! ありったけの布!」
「「「!?」」」
飛来するブルーサルの鉄球と自分の頭の間の空間に、『ドレッサールーム』に記録、保管されている大量の衣類を出せるだけ出した。
スキル『オールイン』まで使ったブルーサルの投げた鉄球には、ブルーサルの魔力が大量に込められているだけでなく、回転などもかけられていた。
その威力は直撃すればナルでも致命傷、『ウォルフェン』に真正面から当たったとしても、一層くらいなら打ち破って見せただろう。
だから、魔力で出来ているとは言え、ただの布切れ一枚では防御になどなるはずもなかった。
現に、真っ先に触れたYシャツは、ほんの少し触れただけで粉々に千切れていき……その身を鉄球に絡め取られた。
そう、絡め取られたのだ。
「んなっ!?」
その光景にレッドサカーの目がヘルメットの奥で見開かれる。
何十枚、何百枚と言う衣装が現れては大した抵抗にもならずに破られていく。
けれど、その僅かな抵抗が積もり積もって、ブルーサルの鉄球は明らかに勢いを殺されていく。
そして、ナルの頭に直撃する頃には……。
「っう!?」
ナルが声を上げ、命中部位の肉が弾けて血が流れるも、それだけで済んでしまうほどに威力が落とされてしまっていた。
「ゴケェ! まだ……」
その結果を見てレッドサカーは直ぐにナルにトドメを刺そうと、ナルの頭に触れていない方の足を上げる。
既にコモスドールは『ウォルフェン』に潰されて行動不能であり、もう間もなくマスカレイド解除で退場させられる。
ブルーサルはスキル『オールイン』の反動で既に退場してしまった。
残るはレッドサカー一人であり、仲間二人の努力を無為にしないために何が出来るのかを考えた場合、間違いなく最良の行動であった。
「っ!?」
だが、レッドサカーの振り降ろした足はナルが出した普段使いの盾によって防がれてしまう。
「だったら、今度は……っ!?」
「悪いなレッドサカー」
ならばとレッドサカーは半ば落下するような動きで以って素早く回り込むと、ブルーサルの攻撃が直撃した場所に向かって全力の蹴りを叩き込もうとする。
しかし、その蹴りもまた、普段の盾によって防がれて通らない。
「詰みだ」
「くっ……」
ナルを拘束していた『アイビーバインド』の蔓が消える。
コモスドールが『ウォルフェン』に潰されて退場したためだ。
そうして自由の身となったナルは『ウォルフェン』を消すと、レッドサカーの姿を真正面から捉えて、盾を構えた。
その後どうなったのかについては言うまでもないことである。
スキル解説
スキル『アイビーバインド』:緑色の蔓が地面から生えて来て、ターゲットを拘束するスキル。ただそれだけなのだが、ただそれだけなので便利に使われる。
スキル『オールイン』:設定した次の攻撃に全ての魔力を注ぎ込むスキル。一種の自爆技。当然ながら、一対一の決闘で使用した場合、使用した側が敗北になる。
スキル『クイックトリック』:頭の中でイメージした通りの動きを超高速で行う……念動力の一種。要は外部からの力による自己操作である。なお、使い方を誤ると、関節や筋肉を傷めるため、注意が必要。




