459:冬季合宿一日目・到着と雪山
「おー、雪ばかりだ……」
「本当だね……」
「ようやくですネ」
「はい。本当にようやくです」
学園を出発してから半日ほど。
ようやく俺たちは目的地である山間のホテルに到着した。
麓の都市部と違ってホテルの周囲は1メートルを超える積雪に見舞われており、除雪された場所を除けば周囲は白一色となっている。
「こう、沢山の雪があるとテンションが上がってくるっすよね!」
「そうか? 俺としては温泉とかに入りたくなってくるんだが……」
「とりあえずホテルの中に入ろう。ワイは寒い……っう!?」
そして、その光景が指し示す通り、周囲は非常に寒い。
俺には先日の誕生日にスズが贈ってくれたマフラーを筆頭に色々と防寒用具があるので大丈夫だが、その辺りの備えが足りなかったらしい生徒たちは我先にとホテルの中へ入っていく。
なお、そうして急いだ結果、今正に遠坂が足を滑らし、転びかけていたりもするのだが。
うん、俺も気を付けよう。
とりあえずホテルの入口周辺が少し落ち着くまでは、このまま周囲の観察でいいかもしれないな。
「ん?」
「どうかしたのナル君?」
と言うわけで、周囲の雪山を軽く観察していた所、これから三日間の屋外訓練で使うらしい緩やかな斜面の先、山の中腹辺りに、ペンションのような物が立っているのが見えた。
そして見間違いでなければ……たぶん、人が居るな。
明かりが灯っている。
「いや、あそこにペンションみたいなのが見えてな」
「ああ本当だ。確かにあるね。誰が住んでいるんだろう」
「よく見つけましたネ。しかシ、この雪の中でポツンと一軒家は大変そうでス」
「……。後で確認しておきましょうか」
「あの屋敷は尾狩家の別荘ですね」
俺たちがペンションについて一言ずつ述べていると、巴が話しかけて来る。
「尾狩家? 尾狩家ってあの尾狩家か?」
「はい。あの尾狩参竜の尾狩家です。十年ほど前に護国家、尾狩家、喜櫃家、羊歌家……他にも幾つかの家があそこに集まって、パーティを開いた覚えがあります」
「懐かしいですね~。巴と~初めて会ったのもあそこでしたか~」
巴曰く。
この辺りは避暑地として有名らしく、それで尾狩家も毎年夏に親しいものを集める場として、あのペンションを利用しているとの事だった。
で、近年は尾狩参竜のせいで集まりが悪いパーティになってしまったものの、逆に言えば昔はとても賑わっていたそうで、巴と羊歌さんも行ったことがあるらしい。
「……」
「巴?」
で、これで話が終わりかと思ったのだが……何か巴が悩んでいる様子を……いや、なんか嫌な思い出と言うか、変な思い出と言うか、そう言う感じのを思い出そうとしている表情を見せている。
何かあったのだろうか?
「いえ、その、今にしてみれば、あの頃から尾狩参竜はその……母親含めて気持ち悪かったな、と。思っただけです」
「あ~。確かに~今思い返してみると~……気持ち悪かったかもですね~」
「あそこで出会ったからこそ、その後、お父様は尾狩家との縁切りや疎遠化を考えたのかも……」
「ありそうですね~何と言いますか~萌たちの事も若干狙っていそうな感じでしたよね~」
何かはあったらしい。
「え? 十年前と言う事は、当時の巴たちって六歳……いや、誕生日前なら五歳か? そんな物だよな? それで尾狩参竜は……どうだっけ?」
「まだ学園に通っていたか、もう卒業してたかだと思うよ。ナル君」
「クソペドフィリアじゃないですカ」
「流石にその時点で手を出す気は無かったとは思います。ただ、気持ち悪いか否かで言えば……圧倒的に気持ち悪いですね」
「そうですね。将来美しく育ったら、と言うような考えだったとは思います。思いますが、未就学児相手にそう言う感情を抱く事自体がその、ですね」
「シンプルに気持ち悪いですよね~」
尾狩参竜がズタボロに言われているが、流石にこれを擁護する気にはなれないな。
色々な意味でアウトだろ。
勿論、そう言う目で見ただけなら内心の自由と言うのもあるので、罰を与えるところまでは行かないし、行ってはならないが、尾狩参竜だからな……色々な方法で揉み潰しただけで、実行していたとしても不思議でも何でもないからな。
叩けば、そう言うホコリくらいは普通に出て来そうな気がする。
まあ、その尾狩参竜自体は現在魔力を失っている上に行方知れずらしいし、尾狩家自体色々ともぎ取られていると聞いているから、ある意味では報いを受けている真っ最中なのかもしれないが。
「何の話をしているんだよ。お前らは……」
「尾狩参竜は気持ち悪いって話ですよ~慶雄~」
「「「!?」」」
なお、羊歌さんが縁紅の事を下の名前で呼んだ瞬間に、俺たち全員の頭から尾狩参竜の事はキレイに消え失せた。
いやだって、どっちの方がより衝撃があるかと言われたら……比べるまでもないだろう?
「尾狩参竜か。アイツってまだ生きてんの……っ、寒くなって来たな。早くホテルの中に入った方が良いぞ、萌。風邪を引く」
「そうですね~。では~、また後で~」
縁紅と羊歌さんがホテルの中へ消えていく。
腕を組んで。
「……。巴、イチ。質問。アレはどういう事で?」
「私も詳しくは。イチはどうですか?」
「イチの手元には正月に縁紅が羊歌家を正装で訪れたと言う話が届いていますが、そこまでです。そこまでですが……あの態度を見る限りではそう言う事だと思います」
「明らかですよネー」
「まあ、本人たちが納得しているならいいんじゃないかな?」
「そうか。とりあえず俺たちもホテルに入るか。もう他に誰も居ないしな」
まあ、そう言う事なのだろう。
そして、ホテルの部屋の割り振りはいつもの寮と変わらないので、トラブルが起きる事もないだろう。
俺たちは揃ってホテルの中へと入っていった。