457:冬季合宿一日目・移動と説明
「これより冬季合宿を始める!!」
2025年1月14日火曜日。
俺たちは朝一番で荷物を持って、だいたいいつものミーティングメンバーでバスに乗り込んだ。
そして、何処へ向かうんだろうかとスズたちと会話をしている間にバスが出発。
それと同時に味鳥先生が言い放ったのが、この言葉である。
うん、とりあえず『シルクラウド・クラウン』は着用しておこうか。
なんか、備えておいた方が良い感じの空気を感じてしまったので。
俺以外の面々も結構、デバイスを着用しているしな。
「……。流石にバスで移動中は何もありませんよ。何かして、トラブルが起きてしまうと、周囲に冗談で済まないレベルの迷惑が掛かる可能性もありますので」
まあ、流石に樽井先生の言葉と共に、デバイスは外したが。
言われてみればその通りである。
「あー……どうにも妙な空気になってしまったが、この移動時間で冬季合宿についての説明をさせてもらう。なお、詳細については『マスッター』の方でも確認できるが、現地に到着後、スムーズに行動するためにも、出来る限り聞くように」
俺はバスの中を見回す。
うん、だいたいの生徒はしっかりと聞く態勢に入っているように見えるな。
たぶんだが、聞く気がない生徒はそもそもとして車に弱い生徒になりそうだ。
「まず冬季合宿は今日を一日目として、四泊五日で行われる。合宿場所は……此処だ」
味鳥先生が地図で示したのは、学園から北上した位置にある県の山奥だ。
スズが素早くスマホで調べたところ、現地の天候は雪である上に、積雪も結構あるらしい。
なるほど、気を付けないと雪崩の一つや二つくらい起きそうだな。
大丈夫なのか?
「合宿の内容についてだが、今日は移動と施設の案内に終始し、明日以降に備える予定になっている。そして明日以降だが……」
俺の心配をよそに味鳥先生の説明は続く。
それによればだ。
・初日と最終日は基本的に移動のみ
・二日目から四日目が合宿本体
・合宿では、マスカレイドも使用した屋外活動、マスカレイド関係を中心とした座学が学園側の指示のもとに行われる
・そして、上記の屋外活動・座学とは別に、日に一度から三度程度の決闘も各自行う事になる
「つまり、合宿本体の三日間はマスカレイド漬け?」
「その通りだ。よって、諸君らが思っている以上に厳しい合宿になる事は覚悟してもらいたい」
うーん、なるほど。
これはきつそうだ。
日に何度も決闘に臨むのは夏季合宿でやった事があるけれど、屋外活動や座学を一緒にやりつつとなると……色々と吹っ飛んでしまいそうな気もするな。
「これ、決闘が行われるタイミング次第じゃ、万全には程遠い状態で挑まされることもありそうだな……」
「魔力的な意味か~体力的な意味か~眠気的な意味かで~微妙に意味は違いますけど~確かにそうなりそうですね~」
既に考察をしている生徒も居るな。
と言うか、縁紅に羊歌さんか。
なんか隣同士の席に座ってる。
そして、それに気づいた徳徒たちが、なんかすごい念を縁紅に対して送っているような気もする。
「いい所に気づいた。そう、今回の合宿では、その万全の状態では無いと言うのを経験してもらうのも、また目的の一つなのだ。なにせ、プロになれば体調が万全ではありませんから決闘に臨む事は出来ませんなどとは言っていられないからな」
「……。勿論、プロの決闘者ならば体調管理も仕事の一つではあります。が、全ての仕事が上手く行くわけでもありませんから、自身が不調な場合との付き合い方を覚えておくのも、また重要な事でしょう」
なるほど。
味鳥先生と樽井先生の言葉はご尤もだな。
問題は……俺の場合だと、ユニークスキル『恒常性』の影響で、その手の体調不良が本当に縁遠いと言う点か。
まあ、ならないものを気にしても仕方が無いので、スルーしてしまおう。
「……。味鳥先生」
「そうだな」
ん? なんか先生方が一度頷き合ったな。
「さてここまでは魔力量乙判定の生徒たちが行う冬季合宿についてだ。そして今ここには魔力量甲判定の生徒が揃っているため、それに合わせた補足事項と言うか、学園からの通達をさせてもらう」
「ん?」
そして何故か、揃って俺の方を見た。
「翠川鳴輝」
「はい、なんでしょうか?」
「学園側はナルキッソスの実力と保有するユニークスキルの内容を鑑みた結果として、冬季合宿におけるナルキッソスの決闘相手について、一つの決定を下した。今年の冬季合宿中の魔力量甲判定者の決闘は寮対抗で行うものとする。だそうだ」
そうして告げられた言葉に俺は少しだけ考える。
寮対抗……と言う事は、戌亥寮の一年生で魔力量甲判定は俺一人だけだな。
で、他の寮は……例えば虎卯寮なら、巴、大漁さん、瓶井さんの三人……。
「え? 俺だけ常に三対一ですか?」
「そうなる」
「異議があります! 流石にナル様が不利過ぎると思います!」
「先生もそう思ったのだが、ナルキッソスのこれまでの成績を鑑みると、無理があるとは言えなくなってしまってな……」
俺が理解すると共に、巴が反対の意見を口にしてくれる。
味鳥先生的にもどうかとは思っているようだが……その表情は何とも言えないものだ。
だから俺もそこで一度冷静になって考えてみた。
果たして三対一で決闘をして、俺に勝ち目があるのかと。
バスの中に居る他の面々の顔を見ながら、ちょっと考えてみて……。
「あ、確かにちょうどいいかもしれないな」
つい口走ってしまった。
「ナル様!? いえ、ナル様が望むのなら、私は堂々と挑ませていただきますが」
「いい度胸だ翠川。ぶちのめしてやる。あの時とは違うってところを見せてやる」
「へー。いやまあ、納得はするけれどね。僕が負けたのはつい先日だし」
「コーッコッコ。そこまで言われたら黙ってられねぇな」
「言ってくれますね~。言うのも分かりますけどね~」
「夏のリベンジでボッコボコにしてやるっすよ」
「同感だ。アタシとの相性の悪さ、分かっているんだろうな?」
「へー、やってやろうじゃねえか……」
「どうしよう。アレを考えると三対一じゃまるで勝てる気がしないんだけど……」
その結果がこれである。
うーん、誰も彼もが戦意に満ち溢れてるな。
「よしっ! 本人たちにも納得がいったようなので、学園側の予定通りに事を進めるとしよう!」
そして味鳥先生も、俺たちの戦意を追認したのだった。