454:不遜なるものは
「~~~♪」
その日の学園内の警備は、その人物にとってちょうどいい程度にしっかりとしていて、緩くもあった。
正月休みを終えて学園内に戻ってくる生徒たちが多数居て、彼らの動きに対応するべく、色々な人間と物が動いていて、ゴタついているだけではない。
風紀委員会の麻留田、生徒会の山統、『電脳の魔王』である燃詩と言った面々が不在。
他の魔力量甲判定者及び情報収集や警戒に長けた生徒や人物たちも不在か、帰って来たばかりで手が回らないか、冬期休暇明けの諸々の為に忙しいかで、この人物の警戒まではしていなかった。
残る要注意対象である風紀委員会の次期委員長である青金も、風紀委員会のメンバーと同じく要注意対象である翠川一派を引き連れて、練習試合を始めてしまった。
この状況下ならば、自分が動いたとしても疑われる事すら無いだろう。
そう考えたから、この人物は動き出した。
「~~~~~♪」
ペチュニアの花の柄のコインを手の平の内側に出し、その縁から宙に向かって翅と手足のようなもの書き足すと、自分の手から飛び立たせる。
飛び立ったそれは、物理法則を無視してコインを押し縮めて腹に収めると、蠅のように宙を舞い、大きな荷物を持った生徒たちの間をすり抜けていく。
そして、何処か闇を抱えていそうな生徒の荷物へと入り込もうとして……。
音もなく撃ち抜かれる。
蠅が絵具とコインに戻り、戻ったコイン……『ペチュニアの金貨』は撃ち砕かれて、バラバラになった上に溶けるように消えていく。
入り込もうとしていた荷物を持った生徒は、自分の近くで起きた事態に気づく事もなく通り過ぎていく。
「!?」
この事態に蠅を動かした人物は驚くと共に、謀られたことに気づき、この場から逃げ出すべく腰を浮かせる。
『そこまでだ』
だがそれよりも早く一機のドローンがやって来て、備え付けのスピーカーから燃詩の声を響かせる。
そして、ドローンの動きに合わせるように、何人もの警備員と警察がマスカレイド用のデバイスを身に着けた状態で現れ、件の人物を取り囲む。
『無駄な抵抗はするな。吾輩の実力は知っているだろう? そして要求も分かっているな。大人しく縄につけ』
「ああそうだな。事ここに至っては私も容赦をする気は無い。抵抗するなら手足くらいは躊躇いなくもがせてもらうぞ」
「……」
燃詩が投降を促す。
合わせてサイレンサー付きのライフルを握った麻留田が姿を現し、銃口を件の人物に向ける。
『……。何時からだ。何時から貴様はそうなった。戌亥寮三年、美術サークル元部長……四々九崇』
「……」
燃詩の言葉に件の人物……四々九崇筆は何も答えない。
『よく調べた結果、貴様の実家が反女神団体の類である事は分かった。貴様の家あるいは近い思想の連中から影響を受けた者たちがアビスの信徒を名乗って好き勝手していたのも分かった。だが、その先が分からない。貴様らの目的はなんだ? 何故『ペチュニアの金貨』を未だに利用しようとする?』
「……」
燃詩が淡々と事実を告げて、その上で質問をする。
対する四々九崇は天を仰ぎ、悩むような仕草を少しだけ見せ……それから一度だけ震える。
「ま、私の家の隠し事まで調べたんなら、ご褒美代わりにきっちりと答えますか」
そして笑う。
不遜に、傲慢に、嗜虐的に。
その笑みに、四々九崇を囲んでいた者たちは、思わず怯み、手足を止めてしまう。
「では改めて名乗ろう。私は四々九崇筆。四々九崇家の人間である。そして四々九崇家とは、簡単に言えば宗教の寄生虫だ。よく居るだろう? 偉大なる教主様、宗主様、王様の傍に侍って、適当な事を囁いて、教えをいい感じに歪める事でいい汁を啜る一族。あれだよあれ」
『教えを歪めるだと……』
「まあ、その手の一族の中では我が家は馬鹿な方だがな。なにせ、太陽神を崇める国で蝕を崇めるなんて苗字を名乗る。こんな『ペチュニアの金貨』などと言う負け犬共の集合体を利用しようとしている。もうこんな木っ端の言動では小動もしないほどに安定化したのに、未だにアビスを歪められると考えている。などなど、馬鹿な事だらけだ」
四々九崇は呆れ果てたような様子を見せつつ、けれど堂々と自分の家がどのような家であるかを語ってみせる。
「ま、一番馬鹿なのは、女神と言う非常に分かり易い形で現れた神を前にしてなお、未だにこんなやり方……神を歪める事で人にとって都合のいい存在に変えて、利益を為すなどと言う考えが通ると思っている点だがな。まったく、どうしようもない一族だ。どうして我々人間が神々から一度完全に見放されたのかを分かっていないらしい」
『……』
「女神の篭絡は出来ませんでした。悪魔の召喚は叶いませんでした。新たな神を歪める事は出来ませんでした。優秀な研究者や決闘者は煽る事が出来ましたが、何とも微妙です。負け犬共の集合体では格が足りませんでした。ああ本当にどうしようもない。情けない」
その姿は熱心な宗教家のようであり、冷静な政治家のようであり、見えてはいけないものが見えてしまった芸術家のようでもあった。
「ただ困った事に成果はあったらしい。例のペチュニアの件で寄生虫たちは気づいた。そう、自分たちにとって都合のいい神を作れば良いのだと。何年かかるかすらも計算せずにな。本当に馬鹿馬鹿しい。まあ、寄生虫よりはマシかもしれんが」
『随分と喋るな。それで貴様はこれからどうするつもりだ?』
四々九崇は再び笑う。
「何も」
『何も?』
「適当に反女神思想を煽るが、それだけだ。ああ、だがこれは言っておくべきか」
「「「!?」」」
笑った上でその全身が膨らんでいく。
まるで、爆発する直前の爆弾のように。
「燃詩。最初に何時からと尋ねたな。年が明けた頃から、この私はこうだった」
『っ!?』
その様子を見た燃詩は咄嗟に自分の仮面体の機能で以って、四々九崇の周囲を結界で覆う。
そして、結界で覆われた直後……。
四々九崇は爆発し、結界の中は絵の具塗れとなった。
「燃詩。これは……」
『吾輩たちが話していた四々九崇は動く絵の具で出来た偽物だった。と言う事だ。怪しいとは思っていたが……こうなると、魔力量の数値なども弄っていた疑惑がありそうだな』
四々九崇のその後の足取りは杳として知れない。
ある意味全ての元凶