452:ナルVSリィード -後編
「さて……」
ナルはリィードの全力と言ってもいい貫手を真正面から止めて見せた。
それは一見すればとても簡単そうに行われた事ではあったが、実際にはリィードの動きを正確に見極め、リィードの攻撃の勢いを上手くいなすだけではなく、抑えるナルの手に大量の魔力を集めた上にユニークスキル『同化』の真似事によって質を弄ったからこそ実現できた動きであった。
そんな真剣白刃取りにも似た動きをしてみせたナルは、直ぐに次の動きを始める。
「リィード先輩、感想を後でお願いします。『フォールオンミー』」
「っ!?」
スキル『フォールオンミー』を発動したナルの拳がリィードの横っ面を叩く。
ナルが掴んでいたリィードの手を放していた事で、リィードの体をその場に留める要素は無く、リィードは顔を大きく揺さぶられつつ吹き飛ばされる。
「まずっ……」
そうして吹き飛ばされる中でリィードがまず感じたのは、熱いと冷たいが混ざり合い、どちらも閾値を超えたために痛みとなって襲い掛かって来る不思議な感覚。
次に感じたのは、攻撃を行ったナルが吹き飛ぶ自分に追従してきていて、直ぐ近くに迫って来ているという感覚。
この状態で更にもう一撃を受けてしまえば、それは致命的なダメージになると、リィードは判断した。
「『パリング』!」
だから、攻撃が来ると思った瞬間にリィードはスキル『パリング』を発動し、自分に来るであろう攻撃を弾こうとした。
視界は不明瞭だったが、気配は明確であり、タイミング合わせは完璧で、確実に攻撃が来る直前に放つことが出来た。
それがリィードの自己認識だった。
「は?」
「なるほど。こういう事になるのか」
なので、着地し、少し転がり、見えた光景にリィードは思わず声を漏らしてしまった。
ナルはリィードを殴った位置から動いていなかった。
ちょうど振り抜いた拳を引き戻したところだった。
追撃など来ていなかった。
なのに……リィードの感覚の一部は、ナルが直ぐ近くに立っていて、拳が迫ってきていると言う認識をリィードに与えていた。
「リィード先輩。答え合わせは?」
「……。頼む。『フォールオンミー』は幻覚系のデバフスキル。これで合っているか?」
「合っています。正確には俺の魔力を付着させて、それで認識異常を引き起こすそうです」
「なるほど。視覚情報と肌感覚の差のせいで、こうしているだけでも頭が混乱しそうではあるな。目ではナルキッソスとの間に距離があるのが分かっているのに、肌では顔の前にナルキッソスの拳が迫ってきていて、直ぐに身構えろと訴えてくる。分かっていてこれだと……乱戦などでは酷い事になりそうだ」
「なるほど。感想ありがとうございます」
ナルとリィードの言葉に、何が起きているのか分かっていなかった風紀委員の生徒たちも少しずつ状況を理解していく。
そして理解が深まっていくと同時に慄いていく。
自分が同じスキルを受けた時にどうすればいいのかが分からなくなっていったために。
「一応伝えておきますと、『フォールオンミー』は俺の魔力性質を前提としたスキルなので、完全に俺専用のスキルです。なので、劣化版が出るかは分かりませんが、オリジナルについては他の人が使える事はありません」
「そうか。それは……幸いではあるな」
リィードはナルが目の前に居ると言う誤った感覚、ナルに殴られた部分の鱗が極端な寒暖差で歪んでいる感覚、その両方を無視しつつ、構え直す。
そして、ナルから近寄ってこないのを目で確かめつつ、体内でとある物を生成し始める。
「ところで、これでナルキッソスの新スキルの挙動は確かめられたのか?」
「ええ、確かめられました。『グローリードレス』はバフ系なので元から動作確認できていましたし、『フォールオンミー』は今、知らない相手が受けたらどうなるかまで確かめる事が出来ましたので」
ナルはリィードが構え直した上に、何かを狙っているのを感じ取ると、少しずつ横に移動しつつ何時でも『ウォルフェン』を呼び出せるように意識し始める。
「そうか。では折角だ。俺の切り札も受けていけ。スゥ……カァッ!」
リィードが大きく息を吸い込んだ後に口から真っ赤に輝くものを吐き出す。
それは炎……だけではなく、赤熱するほどに加熱された砂利。
火炎と砂利を混合し、猛烈な勢いで相手に噴き付けるドラゴンブレス。
リィードの切り札であり、生半可な防御なら焼くか、削るか、熔かすか、いずれにせよ、守り切れずに真正面から焼き尽くす吐息であった。
「っ! 『ウォルフェン』!」
それほどの攻撃となれば、如何にナルと言えども真正面から生身で受け止める事は出来ない。
だからナルは『ウォルフェン』を自分の目の前に呼び出すと、持ち手をしっかりと握った上で、その陰に身を隠す。
「「「ーーーーー!?」」」
リィードのブレスがナルの『ウォルフェン』に真正面からぶち当たる。
衝突音は結界の外にまで響き渡り、『ウォルフェン』に当たって弾かれた砂利が結界を叩いて揺らし、決闘の様子を見守る者たちを怯ませる。
5秒、10秒とリィードのブレスは続いて……やがて収まる。
「はぁはぁ……すぅ……いや、これほどか……」
「まあ、そう言う盾なので。あ、表面はそれなりに削れていましたよ」
「表面だけか……」
その場から全く動かず、傷一つ負っていないナルが、『ウォルフェン』を消して現れる結果を伴って。
この結果には、リィードはもはや呆れてものが言えないと態度で示す他なかった。
「と、リィード先輩。折角なので、俺の切り札の方も見せておきますね」
「切り札?」
「ええ。でも安心してください。一瞬しか使えませんし、一瞬で終わりますので」
ナルの言葉にリィードは思い出す。
そう言えば、ペチュニアとの戦いでナルキッソスがとんでもない技を使ったと麻留田先輩と大漁の二人が言っていたな、と。
だからリィードはせめてもの抵抗と言わんばかりに構え直し……。
「『キャストオフ』『グローリードレス』」
「っ!? は?」
次の瞬間には、リィードはマスカレイドが解除された状態で結界の外に転がっていた。