450:新たなスキルの試し撃ち相手は?
「さて、練習試合をする場合、いつもの舞台に誰が居るかだよな」
俺はスズたちを連れて学園の中を移動している。
目指すはいつもの大ホールだ。
今はまだ冬期休暇中であるが、同時に正月関連の休みも終わったという事で、学園内の各種施設も平常通りに動き出している。
なので、夏季休暇の時と同じように自主的な練習試合が開かれているはずであり、そこに行けば『グローリードレス』と『フォールオンミー』の実戦試用も出来るはずである。
「そうだね。今日ようやく帰って来たって人たちも少なくないだろうし」
「年末年始でしたからネェ」
「適切な相手が居ない時はイチたちでナルさんの相手をしましょう」
ただ、始まっていると言っても、やはりまだ人は少ない。
こうして移動の為に歩いているだけでも、普段より人通りが少ないのは見て取れるし、大荷物を抱えた生徒の姿も見えている。
こうなると、自主的な練習試合をやっていると言っても……もしかしたら、ちょうどいい決闘相手がいない可能性もあるか。
「イチたちとか……。『フォールオンミー』の効果を考えると、あまり付き合いのない相手の方が望ましい気はしているんだよな……」
「それは……そうだろうね。情報が無い相手が受けた時にどう感じるのか、どう動くのかって、スキルを運用するに当たって重要な情報だから」
「それは分かっています。なので、誰かが居る事はイチとしても期待しているところです。ただ、ナルさんの今の実力を考えると、生半可な相手では……そもそもスキルの効果を確かめられるかも微妙ではありませんか?」
「アー……今のナルだとその懸念もした方が良いですよネ。いっソ、初めから四対一やコマンダー込みの五対一を希望してみまス?」
「相手が見つからなかったのなら、それも一つの手かもなぁ……」
一応、理想的な決闘相手を述べるのなら、一対一だ。
情報が複雑化し過ぎないので、効果を確かめやすい。
しかし、効果を確かめる前に決闘の勝敗が付いてしまうような相手しか居ないのなら、マリーの言うようなハンディマッチもありかもしれないな。
スズたち三人を同時に相手にするのだって、結局はそう言う事なのだし。
「お、風紀委員会だ」
「走り込みですネ」
と、ここで制服を着た状態で走り込みをしている風紀委員会が俺たちの隣を通り過ぎていく。
風紀委員会も大変だよな。
学園内での生徒レベルでのトラブルが起きた時、その解決の大半を任されているのだから。
そして、トラブルが起きた現場へ急行するのにマスカレイドを使っての移動など認められていないので、見た通りのトレーニングが必要なレベルの体力仕事でもある。
「翠川たちか。自主決闘か?」
「あ、こんにちは。青金先輩。はい、その予定です」
そんな事を思いながら歩いていたら、走り込みの最後尾を走っていた青金先輩が俺たちの隣に並び、歩速は合わせつつも、動作は走りのままと言う動きをしつつ、声をかけて来る。
はてどうしたのだろうか?
声を掛けられるような近しさは俺たちと青金先輩の間には無いし、風紀委員会に目を付けられるような事もしていないはずなのだが。
「……」
「青金先輩、どうかされましたか?」
なのに青金先輩は何かを悩んでいる素振りを見せている。
他の風紀委員会の人たちは青金先輩に一度顔を向けた後、既に走り去ってしまっている。
あまりにも状況がつかめなかったので、俺は思わず青金先輩に何かあったのかと尋ねてしまった。
「翠川。それに水園たち。来年度から俺が風紀委員会の委員長になる事は知っているか?」
「あ、おめでとうございます」
「はい、知っています。それで今月から麻留田さんは実質的に風紀委員会は引退状態に入り、青金先輩をメインにした体制に移行し始めている。ですよね?」
「そうだ」
青金先輩の言葉に俺が素直に賛辞を返している横で、スズが知っている事を話してくれる。
なるほどこれは当然の流れだな。
麻留田さんだって高校三年生で、三月には卒業してしまうのだから、麻留田さんが卒業する前に風紀委員会としてしなければいけない引継ぎは青金先輩に対してする必要がある。
その引継ぎがどれほど大変な物なのかは部外者である俺たちには分からない。
だが、仮に引継ぎに当たって何かしらのトラブルが起きたとしても、今ならまだ三年生たちが解決に協力してくれるのだから、引継ぎを今するべきである事は確実である。
「そして、俺が風紀委員長になるからこそ確かめておかないといけない事がある」
「あー……」
「そう言う事ですカ……」
「なるほど」
「ん?」
青金先輩が俺の方を見てくる。
スズたちも何かに納得したような顔で俺の方を見て来る。
「翠川。いや、ナルキッソス。決闘相手を探しているというのなら、一度俺と決闘をしてもらってもいいか?」
そして、青金先輩は俺と決闘したいと言ってきた。
「俺としては別に構いませんが……何故です?」
「俺がナルキッソスの実力をよく知らないからだ。寮が違い、学年も違い、先日のペチュニアの件などもマトモに見たわけではない。勿論、麻留田前風紀委員長が仕込んだこともあって、来年以降のナルキッソス担当は基本的にアルレシャが務める事に既になってはいるが……それは俺がナルキッソスの実力を確かめない理由にはならないだろう」
「なるほど」
どうやら風紀委員会の次期委員長として、青金先輩は俺の実力を確かめておきたいらしい。
そこには俺がトラブルを起こした時に対処できるかと言う思いも含まれているだろうが……より含まれているのは、風紀委員長としての矜持のようなものだろう、たぶん。
「分かりました。ではお願いします」
「ああ、こちらこそ頼む」
こうして俺と青金先輩は決闘をする事となったのだった。




