445:水底、水園に伝える
スズとアビスの会話は続いていた。
取り留めのない日常のアレコレから、真面目に議論し合うべき事まで。
「そうだアビス。折角だから少し聞きたい事があるのだけれど、いい?」
『なんだ?』
そんな中でスズがアビスに問いかける。
「アビスはナル君の事を女神の恩寵著しい者と言うのだけれど、アレってもう少し具体的にはどういう事なの? 魔力量が多い事だけを指している訳じゃないよね」
『ん? その事か。そうだな……』
アビスはどう言語化したものかと悩んでいるような気配を見せた後……口を開く。
『まず、魔力量が人間の中で目立って多い点。やはりこれは欠かせない』
「そうなんだ」
『その上で、あの男については女神の奴がやけに気にしている。それこそ、奴の一挙手一投足に至るまで観察しているのではないかと思うほどにだ。つまり、あの女神の気配が常にしているようなものだ。それは嫌だろう』
「あー……それはアビスにとっては確かに嫌かもね」
スズはアビスの言葉に頷きつつ、これまでナルの周りで起きたトラブルにどれぐらいの早さで女神が干渉してきたのかを改めて思い出す。
その干渉速度は考えるまでもないほどに極めて早く、けれどトラブルが一段落着いた瞬間を狙ってくるような物であった。
以前にも似たような話をナルたちとしたけれど、アビスの言う通り、女神がナルの事を気にしているのは明らかだった。
だが、話はこれで終わりではなかった。
『加えて、奴の魔力は我には縁遠いものだ。そもそも殆ど発散もされないが、それ以上に我の性質に合わない』
「そうなの?」
『水園涼美、貴様はプラスチックを食べるか? あれも炭素で出来ている事には変わりないが、人間には食えないだろう。我にも合わない魔力と言うものはある』
「ああ、それは確かに無理だね。でもそうなんだ。そんなに魔力の性質の差ってあるんだね」
『それが煌々と常に照り輝いているようにあり続けているのだぞ。イラつきの一つもする』
「そう言えばナル君、裸の状態で『ドレスパワー』と『ドレスエレメンタル』を使うと雷のようになるんだっけ……」
アビスはうんざりとした様子でナルについて語る。
スズもここまでしっかりと説明されたのなら、それは流石に嫌っても仕方がないかと納得は見せる。
結局のところ、どうやっても人と人でも同じように、どうあっても反りが合わない相手が居るという話で、ナルとアビスの関係性は正にそれだという事なのだろう。
「と、ちなみにその例えで表すなら、他の魔力はどうなるの?」
『他の魔力? そうだな……普段の魔力は水か空気か……時折、刺激臭が漂う物や、甘い香りがするものもあるが……濃さも香りも大差はない感じだな』
「私やマリーなら?」
『水園涼美の魔力はとにかく濃いな。ただ、アレのように固化まではしていなくて、我にとっては美味しいものだ。マリー・ゴールドケインは……金貨の奴だな。アレはスナック菓子に近いと思う。ついでに述べるなら、燃詩音々のはシャキシャキとした感じだな』
「なるほどモヤシ……」
スズはアビスにとって自分の魔力はジュースか栄養ドリンクのような物かと認識しつつ、頭の中にうっかり芽の部分が蛍光色に輝くモヤシを思い浮かべてしまったため、笑わないように顔に力を込める。
なお、同時刻、学園外で夜のパーティに参加するために準備を整えていた燃詩は、盛大なくしゃみをしていた。
『……。水園涼美。貴様は以前、我に他の信者の情報は出すべきではないと言ったな。その考えに変わりはないか?』
「無いけれどどうしたの?」
『そうか。ではそれを我が理解していてなお、伝えるべきだと判断した。そこまで分かった上で聞いて欲しい』
「分かった」
と、ここで不意にアビスが真剣みを出しつつスズに語り掛ける。
その様子にスズも背筋を正して話を聞く態勢を取る。
『ハモの様子がここ最近特におかしい』
「おかしい?」
『そうだ。以前から話は通じづらかった。だがここ最近は特に……なんと言うか割り込まれている気がしている。あるいはハモの奴自身が、何かに急かされているかのように動いている気がしている』
「……」
アビスの言葉にスズは考える。
ハモがアビスから授かっている力は『仲介』と『扇動』で、『仲介』はアビスの宝石を作るための力、『扇動』は話している相手の思考を少しだけ盛り上げて誘導する力。
そして思い出す。
ハモが尾狩家の情報を集めていた事を、ハモが『ペチュニアの金貨』を使う尾狩参竜に復讐心を抱えたまま協力していた事を、呪詛返しと言う思想あるいは技術が存在する事を。
「もしかして、ハモは『ペチュニアの金貨』に『扇動』を使おうとして、それを返された?」
『どういうことだ?』
「えとね……」
そうして思い至ったのは、『ペチュニアの金貨』によってハモが『扇動』されて、結果として尾狩参竜だけでなく尾狩家全体を復讐対象として認識しているという、半分妄想のような考えであった。
ただ、妄想にしては現実にあり得そうだと思ったスズは、アビスにどうしてそのような考えに至ったかの経緯まで答える。
結果。
『……』
アビスは沈黙し、深く深く考え込む様子を見せた。
『水園涼美、我は少し考えようと思う。我はハモの奴が本心から復讐の継続を望んでいるのなら、少なくとも反対する必要は無いと考えている。が、もしもハモの本心がそうでないのなら……力をどうにかして取り上げる事で止める事も考えなければいけない』
「うん分かった。私もアビスのその考えは支持するよ。ただ、出来る限りハモとの契約は守って欲しいし、維持もして欲しいかな。私もそうだけれど、アビスと契約している真っ当な人たちの多くにとって、アビスとの契約は支えになっていると思うから」
『分かっているとも。ただそれならば……』
「うん。燃詩先輩には伝えておく。私が関われるかは……状況次第かな。尾狩家なんて興味ないし」
『そうなるか。だがそれで十分だ』
アビスとスズはそれぞれに答えを出す。
そして、この日の話し合いは終わる事となった。
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