442:やってきたハモの情報
冬期休暇が始まって数日。
寮内と言うか学園内の人気は順調に少なくなっており、寮の食堂の一角を実質占拠していても特に何も言われないくらいにはなっていた。
「はい、はい、はい。そうですか……分かりました。伝えておきます」
と言うわけで、俺たちは寮の食堂の一角で、年末仕様の番組を流している寮共有のテレビを眺めつつ、先日買ったミカンを食べていたのだが……。
そこでイチに電話がかかって来て、一度離席して、返事をしつつ戻ってきたのが今である。
「イチ、何の電話だったの?」
「天石家からでした。まずは年末の挨拶ですね。それと年末年始は家の用事が立て込んでいるので、情報を求められても直ぐには出せないだろうとの連絡でした」
「天石家は諜報関係の家ですガ、護衛関係の仕事もありますシ、単純に交友がある関係も色々とありますからネ。この時期は忙しいですよネ」
「そんな中で情報が欲しいといっても……そりゃあ手は回らないよな」
「はい。なので、年末年始は緊急の情報以外は期待しないでください」
どうやら天石家からの連絡であったらしい。
しかし、考えてみれば当然なんだが、諜報に関わる家にも年末年始特有の動きってあるんだな。
ここでイチが天石家の本家に挨拶に赴けば、そこでだけ出されるような情報を手にする機会とかもありそうな気がするが……。
イチ本人が不要と判断しているのなら、俺が気にする事じゃないな。
と、そこまで考えたところだった。
「それともう一つ。ハモの現状についての情報が少しですがありました」
「「「……」」」
イチの言葉に俺は無意識的に背筋を正す。
スズとマリーも纏う空気が僅かにだが変わる。
ハモは……少々縁深い相手ではある。
使用者の魔力を倍加するアビスの宝石の製作者であり、綿櫛の件から多少の扇動能力持ちと見られている、元『ノマト産業』所属の技術者。
尾狩参竜にも協力をしていたが、それはここ一番で裏切るためだったはず。
で、今はそれらの件から重要参考人として全国指名手配されているが、行方はまるで掴めていない。
だったかな。
改めて並べると、俺としては特に思うところは無いのだけれど、無視するわけにもいかないというくらいには、微妙に深い縁だな。
「ハモですが、尾狩家の人間の所在について探っているようです」
「ふーん? なるほど?」
俺はイチの言葉に首を傾げる。
尾狩家と言うのは、尾狩参竜の家の事だよな。
確か護国家や喜櫃家に並ぶくらいに決闘で有力な家であり、実力者を多く輩出している家でもある。
要するに名家と呼ばれるような家だったはずだ。
そこの人間と言うと……尾狩参竜の両親とか、兄弟とかか?
「……。普通に考えるのなら、尾狩参竜を潰したから、次は尾狩家そのものを潰しにかかるべく、探り始めた。と言うところだよね」
「そうですね。普通に考えるのなら、そうなると思います」
「でも尾狩家っテ、マリーが知る限りだト、今はだいぶアレでしたよネ?」
「そうですね。アレな状況になっています」
スズとマリーの二人が、イチの言葉を確かめるように言葉を発している。
だがそう言いたくなるのも当然だろう。
なにせ、この手の情報に疎い俺でも耳に入ってきている話なのだから。
「尾狩家って今、凄い揉めているって話じゃなかったか? 尾狩参竜の所業に対する賠償だのなんだので」
「その通りです。既に相当の額を決闘で毟り取られてもいます。そして、今年の忘年会、新年会に集まる人間の数も五割減で済んだら御の字などと言われていますね」
そう、今の尾狩家には、尾狩参竜に奪われたものを取り返そうと言う者たちが連合を組んで決闘を挑んでいる最中。
そのため、決闘そのものと決闘の準備に後始末に責任の押し付け合いで、とんでもなく荒れているし、揉めているという話だったはずなのだ。
自業自得以外の何物でもないのだが、本当にとんでもなく荒れていたはずなのだ。
それこそ、ハモがわざわざ何かしなくても、勝手に没落するであろうことが明確視されている程度には。
ちなみに元凶である尾狩参竜が今どうなっているかについては、俺は一切知らない。
家に軟禁されているとか、既にどっかの水底とか、消息不明とか、ちゃんと留置場に居るとか、噂では色々と言われているが、どれが真実であっても、俺としてはどうでもいい事である。
「ナルさんたちの言いたいことは分かります。ただ、今のハモは警察の目を逃れて潜伏している真っ最中です。その状態で得られる情報は限られています」
「それはそうか」
「加えて、イチたちがこの情報を知ったのは今ですが、ハモにとっては一月近く前の話だそうですから、今はもう尾狩家とは全く関係のない行動を取るようになっていても、まったくおかしくありません」
「それもそうですネ」
まあ要するに、今回得られたのは行方知れずになっていたハモが、一月ほど前に何をしていたのか、と言う極めて端的な情報だっただけか。
「ところでイチ。最近造られたアビスの宝石ってあるの?」
「……。実は普通の宝石を買い取る店の方に、何度かハモと思しき人物が現れた痕跡があるそうです。こちらもまた一月ほど前を境に足取りが途絶えたようですが。ちなみに警察から既に関係各所へ話はいっています」
「そうなんだ」
……。
個人的にはハモが普通の宝石と偽ってアビスの宝石を売っていた事の方が問題じゃないかなと思わなくもない。
アビスだから大丈夫だろうけど、事故とか起きなかったのだろうか……。
ちょっと不安になるな。
「何にも起きないと良いんだけどな」
「それはそうだね」
「ですネェ」
「同意します」
うーん、縁があるから気にしない訳にはいかないのだが……大人しくしていて欲しいというのが、偽らざる俺の本音だな。




