440:巴の……
「ナル様。少しよろしいでしょうか」
クリスマスプレゼントの抽選会も終わり、戌亥寮のクリスマスパーティは殆ど終わりに近い状況になっている。
俺も警備係としての仕事に一段落が付いたと言う事で、マスカレイドを解除して料理を楽しみつつ、適当な会話を楽しんでいた。
「巴、どうかしたのか?」
「はい、折角のクリスマスパーティなので、ナル様に話したい事がありまして」
そんな中で、巴が一人で俺に近づき、話しかけてきた。
その表情は真剣なものであり、会場の雰囲気に呑まれて茶化していいような空気ではない。
「分かった。なら外に行こうか」
「ありがとうございます。ナル様」
なので俺は巴と腕を組んで、会場を出て、戌亥寮の外にまで移動した。
なお、スズたちは俺と巴の様子をしっかりと見た上で、いってらっしゃいと手を振っていたので、遠くには居るかもしれないが、会話が聞こえるほど近くに居るつもりは無いようだった。
「それで巴。話って?」
「まずは先日のペチュニアの件でのお礼を改めて、ですね。もしもあの時ナル様が助けてくださらなければ、私は死んでいました。本当にありがとうございました。ナル様」
「気にしなくていい。守る事は俺の役目だし、あの時は俺だって巴に助けて貰ったからな。お互いさまって奴だ」
「そうですね。ナル様ならそう仰ると思っていました」
まず巴が話したのは先日の件だった。
メッセージや軽い会話でのやり取りは既にあったのだけれど、しっかりと伝えたかったらしい……だけではないな。
この後の話の為の呼び水でもありそうだ。
「ただ、あの時に思ったのです。今後もあの時のように命を懸けた本当の戦いに臨むのであれば、伝えるべき事は伝えられる内に伝える方が良いと思ったのです」
「……」
俺は背筋を正し、正面から巴の顔を見る。
巴の顔は緊張していて、微かに震えていて、呼吸も浅い。
けれど、俺の顔を正面からしっかりと見ていた。
「ナル様。私はナル様の事をお慕いしています。婚約者だからではなく、護国の家の決闘者だからではなく、ただの巴として、一個人として、ナル様に惹かれ、慕っています」
それはまごう事なき告白だった。
愛の言葉だった。
だからこそ俺は返さなければならない。
「巴、ありがとう。ただ俺は……」
「分かっています。自分の身すら焦がすような愛は返せない。ですよね? スズからそれは聞いています」
ああそうだ。
俺には自分の身を顧みないような愛を求められても返すことは出来ない。
中学生の頃に散々それを求められ、嫌だと言っても両親とスズとスズの家族以外はまるで聞き入れようとせず、スズ以外の歳の近い人間全てを遠ざけるくらいに怒って、ようやく理解させる事が出来た話だ。
巴はそれを知った上で……。
「ナル様。私はそれでいいと思っています。むしろそうあるべきだと思っています。相手の事を想うのであれば、相手が想ってくれている自分の事も大切にするべきですから」
むしろそうあるべきだと口にしてくれた。
「私もナル様も今後も決闘者を仕事として激しい戦いの中に身を置く人間になるはずです。それなのに、家庭でも刺激に満ち溢れた環境になってしまっては落ち着けないと思います。それが合っている人も世の中には居るのかもしれませんが、ナル様がそうだとは私は思えませんし、私も日常は落ち着いている方が好みです」
「そうか。それは良い事だな」
穏やかな愛の方が好ましいと言ってくれた。
それは……とても嬉しい事だった。
「ナル様。今後何があろうとも、私からナル様の下を離れる事はありません。私が今日最も伝えたいのは、この事です」
「分かった」
巴が俺に抱き着いてくる。
俺は巴を抱きしめる。
「仮に変な噂が聞こえて来たとしても、俺たちの日常を揺るがす必要は無い。そう言う事だな」
「ええ、その通りです。そもそもそんな噂など存在する事自体許しませんけど。もしも、そんな事になれば、スズたちと協力して直ぐに潰します」
「そりゃあそうだ。スズも含めて頼もしいな」
そうしてお互いを抱きしめ合って、相手の熱と鼓動を暫く感じ合い続けた。
そして、ここまで言ってもらえたのであれば、俺だって正面からきちんと返すべき言葉は返すべきだろう。
「巴。俺も巴の事が大切だ。大切だから、一緒に居て欲しい」
「はい、喜んで一緒に居させていただきます。ナル様」
気が付けば空から白いものが降り始めていた。
積もる事は無いだろうが、だいぶ寒くなって来てもいる。
このまま外に長居をするのは良くないだろう。
「巴、傘を取ってきたら、虎卯寮まで送る」
「そうですね。よろしくお願いします。ナル様」
俺は巴の手を握ると、一度戌亥寮の中に戻って傘を確保し、それから虎卯寮の前まで巴を送っていった。
「そう言えばナル様。もう一つお伝えしたいことが」
「どうした?」
「ナル様。私はもっと強くなろうと思います。決闘の場で、ナル様の隣に一人でも立てるようになるくらいには」
「……。分かった。ただ俺もまだまだ強くなるつもりだから、隣に立ちたいのなら、頑張って追って来てくれ」
「勿論です」
こうして俺たちのクリスマスパーティは終わりとなった。




