437:どんな相手にも通じる一撃とは
「イチの求めるところを簡単にまとめてしまうのなら、どんな相手にも致命傷になる、最低でも隙は作れるような一撃を与えられるスキルです」
イチの要求が燃詩先輩に伝えられる。
どう考えても無理な要求であるのだけれど、ペチュニアとの戦いを経て、あのような相手でも何か出来る事をとイチが求めて考えて、出した結論がこれだった。
『無理だな。要求範囲が広すぎる。よって技術者として誠実に答える限り、吾輩としては無理としか答えられない』
「そうですか」
うん、やっぱりそうだよな。
燃詩先輩の言葉に俺は心の中で腕を組んで頷く。
だって、どんな相手でも隙を作る程度の事は出来るスキルなんて、どうやればそんな事が出来るのか、想像すらも付かないものだからな。
如何に燃詩先輩の技術力が桁違いだとしても、流石に無理がある。
『だが、要求範囲を狭めて、幾つかの技術的難題を貴様が自分たちで解決するのであれば、提示してやれる方針や計画の類はある』
「あるのか……」
「あるんだ。流石は燃詩先輩」
「あるんですネ」
「お伺いします」
と思っていたら、燃詩先輩のこの言葉である。
思わす、俺、スズ、マリーの三人まで呟いてしまった。
『何、簡単な話だ。ラボで作るのはスキルの基礎部分まで。細かい部分は相手に合わせて、その場で微調整してしまう前提で運用すればいい。ユニークスキル『同化』だったか。アレを扱える貴様なら、それくらいの事は出来るはずだ』
「なるほど」
『それにそちらにはスズ・ミカガミも居るからな。体育祭のナルキッソスとの決闘で使った特製毒だったか? アレを基に改良を重ねれば、一気に完成度を上げる事も出来るだろう』
「あー、アレか。確かにイチが求める物には近いかも」
スズの特製毒と言うと……アレか、決闘中に俺の魔力を採取して、それを基に作り出した増殖する毒、だったか。
俺は『恒常性』によって塗り潰してみせたけれど、アレは確かに対処方法がないなら、どういう格上であっても倒せるか。
『後はそうだな……ここら辺の論文が参考になるか。読め』
「拝見させてもらいます。『魔力の性質について』『属性と呼ばれるものについて』『魔力の拒絶反応について』『24年度体育祭で用いられたスズ・ミカガミの特製毒について』『ユニークスキル『同化』と『精錬』についての所見』『マスカレイドの術式解読について』『燃詩著、森羅侵食毒構築の基礎理論……の覚書』……」
イチのスマホに次々と論文が送られてくる。
あ、うん、ヤバいなこれ。
使われているのは日本語なのだけれど、本当に同じ日本語なのか怪しくなってきた気がする。
『この辺りも追加だな。まあ、一部には怪しい部分もあるので、参考にするかは貴様に任せる』
「英語、ドイツ語、ラテン語、アラビア語、中国語、ヒンディー語……」
んんっ、イチのスマホに届く論文が日本語ですらなくなった。
俺にはもはや発音すら分からない。
見ているだけで頭が痛くなってきそうだ。
と言うか、イチも口の端をヒクつかせている。
『これらに合わせて、今後100年ほどの魔力研究に関する論文には一通り目を通すべきだと助言しておこう』
「「「ひゃく……!?」」」
あ、はい、分かったわ。
燃詩先輩は、これをやるならイチ一人ではなく、天石家全体で取り組めと言っているんだな。
「燃詩先輩。完成までにかかる予測は?」
『知らん。以前にも言った気がするが、今の人類は魔力の正しい観測が出来ているかも怪しいし、肉体が変遷している途中だ。それらがどうなるか次第でもあるから、吾輩でも正確な予測は出来ん。出来んが……とりあえず300年は見ておいてもいいだろう』
「「「さ ん び ゃ く ……」」」
『ちなみにこれは、きちんと一族の業務も疎かにせず、波乱や粛清が起きない場合だ。こちらの開発に没頭すれば良くて更に数百年。悪ければ頓挫するだろうな。逆に一人でも天才が出て来れば一気に進むだろうが……それでもやはり百年は欲しいか』
「うわぁ……」
開発に没頭すれば逆に遅れるだろうと言う辺りに、本当にとんでもない気配がしているな……。
たぶんこれ、完成した暁には一族の秘伝とか奥義とか、そう言う類の代物になるんだろうな。
『安心しろ。あくまでも完全な完成にはそれだけかかると言う話だ。半端な品を実践投入しても相応の戦果は上げられるだろうから、貴様個人はそれを目指せばいい』
「そ、そうですか。ではイチはそうさせていただきます。いただいた論文については、天石家の方で保管させていただきます」
まあ、天石家全体で何とか頑張ってもらうしかないな。
それより気になる事としてだ。
「ところで燃詩先輩。これだけ資料があると言う事はもしかして?」
『そうだな。技術者として、あらゆる存在に通じる武器と言うものに興味が惹かれた時期があった。が、調べれば調べるほどに、人類全体で見て基礎部分がまるで足りていないのが分からされてな……吾輩が生きている間には作成は不可能だと結論付ける他なかった。吾輩に出来るのは、それを作り、適切に運用するための下地造りまでだ』
「なるほど」
うーん、分かってはいたが、燃詩先輩の見えている物が、俺たちとは色々な意味で違うな。
『そういう訳だから、天石。貴様らの一族には期待しているぞ』
「分かりました。出来る限りの努力はさせてもらいます」
こうして俺たちと燃詩先輩の今日の交渉は終わる事となったのだった。