436:燃詩への依頼
『なるほど。それで吾輩に連絡を取ってきたわけか』
『シルクラウド』社への依頼を終えた俺たちは、次にスズ経由でアポイントメントを取った燃詩先輩への依頼を試みる事になった。
で、燃詩先輩はあの場に居て、ペチュニアの事はよく分かっているので、事前説明は要らず、早々に俺の要望を伝える流れになったわけだが……。
画面に映っている燃詩先輩は少し悩んでいるように見えた。
「燃詩先輩?」
『翠川、貴様の依頼を受ける事は悪くない。貴様が強くなることによって望める活躍の幅、吾輩が得られるであろう利益と安全、そう言ったものはどう考えてもプラスだからな』
「えと、ありがとうございます」
『となれば問題はどういうスキルを作るかだが……』
とりあえず依頼は受けて貰えるらしい。
だが、作るスキルの内容については問題があるらしい。
えーと、俺はさっき要望を伝えたんだけどな?
「燃詩先輩。俺は『P・敵視固定』の強化版のようなものが欲しい。そう伝えたと思うんですけど」
『知っている。だがペチュニアの体格とパワー、ついでに攻撃範囲を思い出せ。『P・敵視固定』を強化する方向でアレを抑えきるのは無理とまでは言わないが、相当厳しいぞ』
「あー……それは確かに……」
思い出せと言われたので俺はペチュニアとの決闘を思い出し、あの場に『P・敵視固定』を持ち込んだらどうなっていたかを考えてみる。
そして直ぐに気付いた。
まずペチュニアの顔……たぶん、ペチュニアの方と馬男の方、両方の顔に『P・敵視固定』は反応するのだろうが、ペチュニアのサイズを考えると、効果範囲に収めるのが……かなりきつい。
次にパワーだが、最近使っていなかったので忘れていたが、『P・敵視固定』の固定力は一般的な仮面体が相手ならともかく、ペチュニアの動きを阻害できるほどのパワーはたぶんない。
最後に攻撃範囲だが、ペチュニアのメイン攻撃だった蔓の射程は数十メートルは確実にあったし、それをあらゆる方向に伸ばせたので、視界を制限した程度では……防ぐのは無理だ。
「無理がありますね」
『だろう? ついでに言えば、貴様がわざわざ相手の注目を集めないといけない場面とやらを考えると、それは真っ当な決闘ではない可能性が高い。となると敵味方の識別をどうにかして考えないといけないし、貴様の魔力が並外れていても底無しでない以上は消費も考える必要がある。その上で要求されるスペックを考えると、さてどうしたものか……』
確かにこれは厳しいのかもしれないな。
と言うか、俺にはどうしたらいいかも分からない。
「あの、燃詩先輩」
『なんだ水園』
と、ここでスズが割り込んでくる。
「二つ提案があります。一つは完全にナル君専用のスキルにする事。もう一つは私の仮面体がサポートする前提である事です。これでどうですか?」
スズの提案を聞いた燃詩先輩は少し悩んでから口を開く。
『……。前者については有りだな。それが出来るのなら、ナルキッソスの特殊な魔力性質の回避を考えずに済むどころか、スキルの一部として利用できるから、問題がだいぶ改善される。ただその場合には、本格的な作成に入る前に前払い金は払ってもらうし、出来に納得したなら後払いもしてもらう。吾輩の技術を独占するわけだから安くは出来んぞ』
「はい、分かってます」
俺専用のスキルにしてしまう、か。
それは確かにありなのかもしれないな。
俺の魔力の性質は粘っこいとか、そんな話だったはずなので、燃詩先輩なら色々と生かしてくれるはずだ。
相応の出費にはなるだろうけど、それで救える命があるのなら、その時点で大安売り以外の何物でもないしな。
で、スズのもう一つの提案だが。
「スズ。悪いがスズのサポートが前提って言うのはちょっと……」
「駄目かな? 私の仮面体なら色々と手助けできると思うんだけど……」
「手助けは欲しいが、それがある前提ってのは良くない。ペチュニアの時のように、迂闊に近づいて欲しくない場面は幾らでもある」
『吾輩としても無しだな。実際の運用現場で使う時に要求スペックに届いていなかったのを、届かせるためにサポートをするのならともかく、最初から水園のサポートを前提としたスキルでは、水園の身にトラブルがあっただけで使えなくなってしまう。そもそもとして、一人の仮面体で使えないスキルなど、欠陥品を出しているように思えて、吾輩の矜持が許さん』
「……。分かりました。二人ともにそう言うのなら、こっちの案は諦めます」
うん、諦めてくれて何よりだ。
スズには申し訳ないが、安全が確保されている場所に居たのに、危険な場所へわざわざ赴いてくるような流れと言うのは、俺としては出来る限り拒否したいものなので。
『さてこうなると、後はどういう仕様にしていくかだが……そうだな。結果的にナルキッソスへ攻撃が集中するようになれば、それで問題は無い。そうだな』
「ですね。過程は達成難易度が異様に高いとかでなければ気にしないです」
『であるなら、ナルキッソスの魔力性質だけでなく、魅了関係も生かしていくか。そうなると大枠としては……こんな所か』
燃詩先輩がスキルの大枠と言うか、どういう効果にするかを提示してくれる。
その内容は俺としては首を縦に振る他ない、とても満足がいくものだった。
『ではこの方向性で作っていくとしよう。ブラッシュアップは何度か試してもらった後として、プロトタイプは……そうだな。年明けには渡せるようにするか』
「早いですね……」
『ふふふ。『シルクラウド』社から新しいスキルを貰うのだろう? なら、それに合わせて吾輩からも披露と言うわけだ。まあ、時期的にも貴様への誕生日プレゼントのようなものと思っておけばいい』
「えーと、ありがとうございます」
なお、流石と言うか何と言うか、燃詩先輩は、先ほどまで行われていた俺たちと『シルクラウド』社のやり取りについて知っていた模様。
まあ、燃詩先輩だからおかしなことでもないか。
『さて翠川についてはこれくらいでいいとして。次は貴様だな、天石』
「はい。お願いします」
そして、俺についての話が終わると共に、イチと燃詩先輩のやり取りが始まる事となった。
ちなみにこっちはアポを取る時に伝えていたので、想定通りの流れである。




