432:スズたちは語り合う
「そう言う話であれバ……マリーにも思うところはありますネ」
「そうなのか?」
俺の言葉を受けてか、マリーも何かを思い出すように言葉を紡ぎ始める。
「今回のペチュニアとの戦いではトモエたちだって危うい場面がありましタ。あの場面になる前、最初の外からの一撃の時ニ、マリーがもっと大量の金貨を使って攻撃できていれバ、と言う思いはありまス」
「でもマリー、それは……」
「えエ。現実的ではありませン。単純にマリーが今持っている金貨の量が足りるか怪しいですシ、仮に足りてモ、そんな量はあの場には持ち込めませン。たダ、ナルが対策を考えずにはいられないようニ、マリーもまた改善点を考えずにはいられなイ。と言う事でス」
マリーの金貨はそこまで大きくはない。
だが、マリーの言う通り、ペチュニアを一撃で吹き飛ばそうと思ったら……確かに人の手では持ち歩けないような量になるかもしれないな。
それを改善するとなると、『蓄財』の質を上げるか、持ち運べる量を増やすかのどちらかになるのだろうけど……。
「一度『シルクラウド』社に相談してみてもいいのかもな」
「かもしれませんネ。『ウォルフェン』のように何か考えてくれるかもしれませン」
まあ、相談するなら『シルクラウド』社か。
俺もまた相談してみてもいいかもな。
俺たちには無いようなアイデアを何か持っているかもしれないし。
「驕りの類ではありますが。本音を言えば、イチも今回の件について思うところはあります。護衛対象が戦う事を容認するしかなかった点もそうですが、あの場に居た人間で最も火力が低かったのはイチだったでしょうから」
「いやでもイチ。今回のペチュニアは相性的に……」
「そうですね。相性の問題です。ただ、相性が悪いからと諦めるのはイチも嫌なので。何かしらの秘策……自分より強大な相手であっても、隙の一つくらいは作り出せるような何かは欲しい所ではあります」
イチもまた思うところ自体はあるらしい。
だから、何かは欲しいらしい。
ただ、どういうものが欲しいと言うビジョンはあっても、具体的にどうすればいいのかは分からない感じでもある。
そうなると……。
「燃詩先輩にも相談かな……あるいは『スキル開発部』だったか」
「そうなりそうですね。ただ、前者は頼りになるのですが、後者は……少し不安になりますね」
「分かりまス。具体例は出ないんですどネ」
「うん、そこについては私もちょっと感じる」
たぶん、新しいスキルに頼るのが正解なんだとは思う。
しかし、燃詩先輩は毎日忙しそうなんだよな。
で、『スキル開発部』は誠に勝手なイメージなのだけれど、どこか信用信頼が出来ないと言うイメージが……いや、専門家だし、頼るべきなんだろうけど。
何で不安になるんだろうな、あのサークルについて話題に出すと。
「……」
「スズ」
「うん、この流れなら言っちゃおうかな」
さて、マリー、イチに続き、スズにもやはり思うところはあったらしい。
ただその方向性は俺たちとは少々異なるものだった。
「私が気になるのは、女神が言った通りなら、アビスについて色々と納得がいくと言う点なんだよね」
そう言うと、スズは以前……体育祭が終わった後に、女神がアビスについて話した時の事を、俺たちに教えてくれた。
そして、その話と女神が今日語った事を併せるならばだ。
「アビスはその名前の通り、深海、深淵の女神なんだよね。そしてたぶんだけど、アビスの本体とでも言えばいいのかな。それがある場所まで人の意思や思いがこもった魔力が届くことは滅多にないんだと思う。だから、アビスの声を聞ける人も限られてくるんだと思うの」
スズは自分の中でも整理を進めるように語る。
「でもそれはメリットもある事で、届く声が限られているからこそ、今回のペチュニアのようにガミーグと言う身勝手な人間の思いを焼き付けられて、人間に敵対的な存在になるような事態が防がれているんじゃないかなとも思うの」
直感的なものだが、スズの言っている事は正しいと思う。
そして同時に女神はそう言う状態になるように敢えて狙ったんじゃないかなとも思う。
だからこそ、アビスの声を聞きやすく、アビスに声を届けやすいスズに色々と教えたのだろうし。
「裏を返せば。アビスにそう言う事を教え込む誰かが居れば、アビスの事をアビス自身も望まないような何かに変質させてしまう事も可能なんじゃないかなと思ったの。それにどれほどの労力や思いが必要になるかは分からないけれど。でも理論上可能なら……」
「警戒はするべきだな」
「ですネ」
「同意します」
「うん、やっぱりそうだよね」
俺には声が聞こえないが、アビスが交渉可能な相手なのは分かっている。
交渉可能と言う事は、やり取りを通じて相手に変化を与えるのも可能と言う事になる。
スズの警戒は妥当以外の何物でもないだろう。
そして万が一アビスが人類に敵対したのなら……うん、どうしようもないな。
ペインテイルの件でスズの仮面体に憑依するような形で現れたアビスを見たが、あの時でさえ圧倒的な格の差があったのだから、戦闘能力と言う面で争ったら、どうにもならない事は確実だ。
「うん、私はもう少しアビスとしっかりやり取りをするべきなのかも。折角ナル君が許可をくれて、祭壇だって用意出来たんだから、もっと活用するべきだよね」
スズはそう言うと、力強く頷いた。
「じゃあ、今回の件についてはこんな所か」
「そうだね。これ以上悩んでいても気が滅入るだけだろうし、此処で切り上げるべきだと思うよ」
ペチュニアとの戦いでは犠牲が出た。
この事実を俺たちが忘れる事は生涯無いと思う。
だからこそ、俺たちはその事実を糧として、次の手を打つことをこうして決めたのだった。




