430:女神は語る
「……。女神様には申し訳ないが、もう少し詳しい説明を求めたい。幾ら何でも説明不足の点が多すぎる」
俺は女神の言葉を飲み込んだ上で、自分の言葉を絞り出す。
それに対して女神は何処か迷い、考えるような素振りを見せる。
たぶんだが、何処まで話すかを考えている……と言うフリだろう。
女神が今の展開を考えていないとは思えない。
『そうですね。ナルキッソスには色々と期待しているので、折角ですからもう少し情報を出しましょう』
「ナルキッソスには期待している、か」
『勿論、貴方にも期待していますよ。燃詩音々。後はこの場に居る何人かにも期待はしています』
「「「……」」」
たぶん、今この時に限っては、この場に居る殆どの人間が同じことを思った事だろう。
胡散臭い、と。
ただ、胡散臭くても、女神の持つ情報は燃詩先輩以上に詳しいものであるため、この機会を逃すべきではないだろう。
『さて説明ですが……一人語りのようになってしまいますが、順に行きましょうか。そもそも魔力とは人の願いに非常に反応しやすい力なのです。それこそ十分な強度を持つ核があり、そこへ十分な数の人間が近いイメージの下で魔力を注ぎ込めば、新たな命すら生みだせてしまうほどに』
恐らくだが、女神が今挙げたのは、ガミーグによってペチュニアが生み出された、と言う話の理屈なのだろう。
『故にこそ、この国の言葉では”魔”の字が充てられる。科学と言う共通法則を超越する魔の法、魔の力、魔の術と言うわけです』
魔力とは何ぞや、と言う話に繋がる部分か?
女神が今回の件を見逃した理由に繋がるかは分からないな。
『世界に満ちる魔力は年々その量を増しています。世界に満ちる魔力が増えれば、あのペチュニアのような存在も増えていく事でしょう。そうして増えた全てに私が対応すると言うのは、流石に現実的ではありません。私にもやる事がありますので』
「やる事?」
『決闘の管理運営、それと……これは今は口にするべきではありませんね。まあ、教えるかは貴方たちの今後次第と言う話です』
俺が思わず突っ込んでしまったことに女神が律義に答える。
が、直ぐに女神が両手で空気を挟み込み、それを横にスライドさせるような動作を見せる。
置いといて、と言う奴だろうか。
『話を戻して。ペチュニアのような存在の全てに私が対応する事は現実的ではありませんし、不健全です。先々の事まで考えるのであれば、人間の思いが生み出した物は、対応可能であれば人間が対応するべきでしょう』
「だから今回、貴様は途中経過の時点では何もしなかった、と?」
『ええそうです。現に貴方たちは対応してみせました。素晴らしい働きぶりでしたよ』
「……」
俺は気が付けば拳を握り締めていた。
死人が出ていたのを見過ごして、その上に、素晴らしい働きぶりでした?
煽られているとしか感じられないな。
『……。思うところはあるでしょう。ですが、本当に先々まで考えたら、貴方たち人間が、自分で対処するべきなのです。私本来の在り方を考えれば、守護は縁遠い概念なのですから』
だが女神を殴る事は出来ない。
実力の差があると言うのもそうだが、今の言葉の裏……人間にはまだ対処できない案件については対処する、と言っているのは読み取れてしまうからだ。
ああうんそうだ。
きっと人類は魔力の扱いと言う観点から見たら、まだ赤子から成長し、ようやく一人で立って、よちよち歩きを出来るようになった程度の存在なのだ。
女神はそんな人類を守りつつ、成長を促してくれていて、きっと今回はその次の段階に入ったからこその話だったのだろう。
それはそれとして、イラつきはするが。
一発くらいぶん殴ってやりたいと思いはするが。
『強くなりなさい。私は所詮、人類に対して名乗りすらしない部外者です。悔しいと思うのなら、守りたいと思うのなら、貴方たち自身が強くなればいいのです。私もそれを望んでいます』
「「「……」」」
強くなれ、か。
上等だ。
強くなってみせるとも、俺自身も、スズ、巴、マリー、イチ、そしてその周囲に居る人たちを守るために。
「そうか。それはそれとして質問だ。ペチュニアの復活を止める事は?」
『出来ません。と言うより、しない方が良いですね。既にあのペチュニアは『ペチュニアの金貨』にまつわる悪霊として広く知られ、人類の共通認識として焼き付きました。今後、恨みつらみと言った感情と魔力の一部はあのペチュニアに流れていき、その身を形作る糧となるでしょう。これを無理に止めれば、私でも対処できないほどに強大となってから出て来るか、他のものが核となって、未知なる化け物が出て来るか……いずれにせよ、今回より対処困難となる事だけは確かでしょう』
と、俺が決意している横で、燃詩先輩は実務的な話を始めている。
「そもそもの力の出所が人間であるが故に、か?」
『ええそうです。正直な意見を言わせてもらうのなら、あのペチュニアのような存在が出て来なくなるような世界の方がよほど危うい。貴方なら、此処までのやり取りだけでも、幾つか想像できている事があるはずですよ。燃詩音々』
「ああそうだな。実現してほしくない想像が、色々と思い浮かんでいる」
どういう話なのかは分からないが……ただ少し思いつきはした。
もしかしたら、アビスもペチュニアと似た存在なのではないか、と。
それに部外者と言う言葉にも少し引っ掛かる点があった。
俺の頭ではその先にまで考えは及ばないけれど……確かに危うい何かはあるのかもしれない。
『さて、これで伝えるべき事は伝えましたので、失礼させてもらいます。では』
そう言い残して、女神は消え去った。