429:ペチュニアとの戦いを終えて
「救助急げ!」
「証拠の撮影を忘れるな!」
「警戒を怠るな! まだ何かが起きてもおかしくはない!」
ペチュニアの姿が消えたのに合わせて、場が一気に騒がしくなっていく。
ただ、色々と喋っているのは警察と救急の関係者ばかりであり、俺を含めた学園の生徒たちは大半が疲労困憊と言った様子で倒れ込んでいる。
特に様子が酷いように見えるのは……瓶井さん、遠坂、徳徒、曲家……この辺か。
たぶん魔力消費だけでなく、死の危険性がある場だったと言うプレッシャーから解放された影響もありそうだな。
「まあ、当然の話だよな。今回のこれは決闘ではなく殺し合いだったわけだし」
そんな中で俺は適当な衣装を『ドレッサールーム』で取り出して身に付けると、一応は周囲の警戒を続ける。
俺の魔力は幸いにしてまだまだ残っているからだ。
他にマスカレイド無しとは言え警戒を続けているは……麻留田さん、山統生徒会長、イチ、燃詩先輩……意外と居るな。
なお、言うまでもないが、今の俺の呟きはただの独り言だった。
『そうですね。確かに殺し合いでした。ですが、決闘の範疇でもありました』
「っ!?」
であるのに背後から声を掛けられたため、俺は反射的に反転しつつ跳んで、盾を構える。
他の面々も声を聞いてか、俺の反応を見てか、とにかく視線をそれへ……女神へと向けた。
「戦いが終わってからご到着とは……実に良い身分だな。女神」
燃詩先輩が白衣をなびかせながら、俺の隣にまでやってきて、女神に喧嘩を売るような口調で以って声をかける。
『ええ、良い身分ですよ。なにせ私は女神ですので。それはそれとして、幾つかの通達事項がありますので、それを伝えるためにこの場には来ました。現場検証や救護活動の邪魔はしませんので、そちらは好きなように進めてください』
通達事項?
一体なんだろうか。
まさかとは思うが、色々な物を壊したり、ペチュニアを倒したことを咎めるつもりか?
もしもそうなら、敵わないにしても全力で抗うが。
と言うか、それで咎めるなら、何人も殺しているペチュニアの方だろう。
筋が通らない話を許す気は無いぞ。
『一つ目。私は今回の件について何も咎める気はありません。貴方たちはペチュニアによる魔力を伴った暴力に対して、魔力を伴った暴力で身を守ったにすぎませんので。と言うより、これで咎めるような恥知らずな真似は、流石の私でも出来ません』
「当然だな」
『ええ、当然の事です。何故か明言しておかないと騒ぐ者が居るので、真っ先に明言しておく必要があるのですが』
……。
とりあえずお咎めはないらしい。
なので俺は盾を構えるのは止める。
ただ、念のためにスズたちの位置は把握しておくが。
そしてスズたちも一応なのか、一か所に集まるようにしてくれている。
『二つ目。ナルキッソスとサンコールの決闘の結果に基づいた褒賞を渡しに来ました』
女神の手の上に、表紙にガミーグの顔が浮かび上がっている本が現れる。
そして、本は宙を舞って、とても嫌そうな顔を浮かべている燃詩先輩の手元にやって来る。
「一応聞こう。これはなんだ?」
『ガミーグ・ロッソォの人格と記憶をほぼ完全再現した物となります。それに質問すれば、だいたいの事は知る事が出来るでしょう。ガミーグがペチュニアに自分を捧げると言う方法で褒賞の支払いを渋ったペナルティも兼ねていますので、時間制限や回数制限もありません。処分したい時は……シンプルに燃やしてしまってください』
そう言えばそうだったな。
俺がサンコールに勝ったことで、ガミーグは強制自供させられることになっていた。
けれどガミーグはそれを拒否して、その結果としてペチュニアが現れたわけだから、それを女神が咎めるのは当然の事か。
『三つ目。今回の件に関して貴方たちが知りたいであろう事を話に来ました。あのペチュニアの正体ですとか、復活する可能性の有無ですとか』
「吾輩としては何故、今回は関与するつもりが無かったのかを咎めたいところだな。『ペチュニアの金貨』製造の結果として犠牲になった人間も含めれば、今回の一件は百人以上の人間が犠牲になっている。貴様の今までのスタンスとのズレも含めて、是非話してもらいたいところだ」
『そうですか。では順に、私が話したいところだけ話すとしましょうか』
「ちっ」
女神の言葉に燃詩先輩が明らかに機嫌を悪くしているが、俺も気が付けば腕を組んで睨みつけていた。
女神は全身が発光しているので非常に眩しいのだが、それでも俺としては睨まずにはいられなかった。
たぶんだが、俺と燃詩先輩以外にも女神に対して悪感情を抱き、睨みつけるような状態になっている人間は少なくないと思うが……女神はそれらの視線を気にする様子も見せずに口を開く。
『あのペチュニアですが。簡単に言えば、自己意思を持つに至った魔力の塊です。概念としては妖精や精霊、妖怪に怨霊と言った辺りでしょうか。ただ、神や悪魔ではありません。これは絶対ですね』
「自己意思と言うト、ペチュニアの意思ですカ?」
『いいえ。アレ自身も言っていた通り、あのペチュニアに含まれているのはガミーグが勝手に抱いたイメージであり、被害者たちの恨みつらみであり、生者への復讐心です。ペチュニア・ゴールドマインの魂と精神は一切含まれていません』
「そうですカ」
マリーが安堵したように息を吐く。
『だからこそ、今後も『ペチュニアの金貨』とそれに類する技術が存在し、犠牲者が増える限り、あのペチュニアはまた力を付けて、復活する事になるのですが』
「「「!?」」」
『安心してください。復活すると言っても、何年も先の話です。ただ消える事は絶対にありません。アレはそう言う存在になりました。次に現れた時の人格が今回のものと同様であるかは分かりませんが、同種の何かが現れる事だけは確かです』
「「「……」」」
女神の言葉に殆どの人間が絶句している。
当然だ、燃詩先輩を筆頭に色んな人が努力して、それでようやく何人も死んだ程度で済んだ相手が、何年も先とは言え、また現れると断言されてしまったのだから。
「なるほど。それが今回の件を貴様が見逃し続けた理由か」
『ええそうです。人類は自らの手で、この苦難を乗り越える必要があります。そして、貴方たちなら乗り越えられると判断した。そう言う事です』
そして、続く言葉によって、俺も含めて全員が絶句した。
同時に、見えない誰かが怒りの感情を露わにしているのも感じた。