427:ペチュニアを名乗るもの -後編
本日は六話更新となります。
こちらは五話目です。
「潰れろ」
ペチュニアの呟きと共に激しい衝突音が周囲に響く。
それはペチュニアの蔓を束ねて作った鞭がナルに向かって振り下ろされた音だった。
「こんな物か?」
だが、音が鳴り止んだ時、ペチュニアの攻撃の先に立っていたのは小動もしていないナルの姿であり、ナルに打ち込んだ部分の蔓が逆に砕けて、金貨に変わってからボロボロと崩れ落ちるペチュニアの鞭の姿だった。
「死ねえっ!」
ペチュニアがもう一本の鞭を振り下ろす。
だが結果は同じ。
ナルは盾すら構えず、ただ攻撃が来る方向に向けて拳を突き出しているだけなのに、それだけでペチュニアの鞭の方が千切れ飛ぶ。
「玩具らしくもう一度聞いてやる。 こ ん な 物 か ?」
「ーーーーー~~~~~!!」
ナルの挑発に乗せられてペチュニアが先端に金属片を付けて殺傷力を増した蔓を突き出す。
それらは先ほどの鞭と違って、ナルの体に触れても千切れるような事は無かった。
しかし、単純に攻撃が通らない。
目に見えない何かに阻まれるのではなく、ナルの体に、身に付けている衣装に触れて、その上で金属片たちは凹み一つすら作れずに弾き飛ばされる。
それどころか、あまりにもナルが堅すぎて、ペチュニアが叩けば叩くほどに、むしろペチュニアの方がダメージを受ける状態が作り出されていた。
「何が、どうなって!? 何で叩いているこっちの手のが痛くなっているの!?」
「さあ何でだろうな? 世の中には知育玩具ってのもあるんだから、考えてみろよ」
ナルの今の防御力には当然カラクリはある。
ナルの今の服装は、『ドレスパワー』と『ドレスエレメンタル』の発動によって、ペチュニアも含まれるアンデッドに対する特効防御と闇属性に対して強い防御力を持つ聖女服を下に着て、その上にとにかく単純な物理防御力に優れるゲームキャラの鎧を身に付けている。
勿論、通常の『ドレスパワー』と『ドレスエレメンタル』の効果は、発動者の着用物を総合的に判断して効果を生みだしているので、ナル特有の脱ぎたくなる衝動に蓋をし、無理な重ね着したところで両方の効果を得られるわけではない。
だが、世の中には相性と言うものがあり、今ナルが身に付けている二つの衣装は正にその相性において最良とでも言うべきものだった。
故に、聖騎士のような衣装を身に着けた今のナルは、その衣装に相応しいバフを……二つの衣装の良い所だけ組み合わせたかのようなバフを得て、ペチュニアの攻撃の一切を単純なステータスの暴力で以って無効化する事に成功していた。
「おらぁ!」
「っ!?」
そして、それほどの硬さとなれば、攻撃にも通じる。
ペチュニアの馬男の懐にまで入り込んだナルは、その腹を拳で殴りつける。
ペチュニアの体に伝わった衝撃は殆どなかった。
だが、ナルの体にはペチュニアの体を構築していた金貨の一枚が確かに握られていて、ナルの手の内で浄化されてボロボロと砕け散る。
その光景にペチュニアは理解させられる。
毟り取られる。
まるで子供がアリの手足を引き千切って遊ぶかのように、万の蟻が巨大な生き物を覆い尽くして食いつぶすかのように、ほんの少しずつ体を毟り取られて消される、と。
「来ないで! 来るな! 消えて! 消えろ! キエロ!」
「お断りだ」
ペチュニアは必死にナルから距離を取りつつ、無数の蔓を叩きつけ、突き出し、ナルを排除しようとする。
だがナルはそれを真正面から受け止め、払い除け、自分の体に触れたペチュニアの蔓を毟り取りながら、駆け寄っていく。
「……。だったら苦しんで!」
ペチュニアがナルの全身を包み込むように蔓を巻き付け、首や関節を締め上げ、口と鼻を塞ごうとする。
それは窒息狙いの攻撃。
確かにナルであっても、通れば致命傷になり得る攻撃だった。
「ペチュニア。お前は金貨から溢れた魔力に恨みつらみを混ぜ合わせて体を作っている」
「どんな玩具だって息さえ出来な……ければ……」
しかし、ナルの動きが止まったのは一瞬の事だった。
ナルに触れた部分からペチュニアの体は金貨に変わった上に、ボロボロと崩れ落ちていく。
「と言う事はだ。その恨みつらみを浄化して、魔力を弾けば、お前の体は消えて残る実体部分は中身のなくなった『ペチュニアの金貨』であり、力なんて入れようがない」
そうして壊れた金貨は何の力も無く、動きもせず、所有者を騙すための金色すら褪せてくすんでいく。
それはまるでペチュニアの未来を暗示しているかのようであり、ペチュニアの脳裏に自分が姿を借りているだけの少女が受けた仕打ちを連想させる物でもあった。
「は、弾けろぉ!!」
だからペチュニアは反射的に再びナルに蔓を巻き付けると、その上で爆発させた。
四方八方から押し寄せる爆発はその内側にいる者を圧縮して破壊する。
本来ならば。
「流石に効くが……。これでもまだ火力不足だな」
「ーーーーー~~~~~!?」
爆発の中から現れたナルは多少の傷は負っていても、その輝きには一切の衰えを見えなかった。
足取りに淀みも無く、ペチュニアに近寄って来ていた。
その姿にペチュニアは恐怖すら覚え始めていた。
ペチュニアの中には無数の人間たちの恐怖と苦痛の記憶があった。
ガミーグたちが『ペチュニアの金貨』の素材にされた人間に施した処理の記憶があった。
誰も彼もが泣き叫んで、いっそ殺してくれと喚き、絶望して狂っていった記憶が、自分の事としてあった。
だから今度は自分たちの番である、やられたからやり返すのだと言う、子供並みに単純な報復の原理で以って怨霊と化し、ペチュニアと言う意思の下で統率されて動いていた。
故にナルに恐怖してしまった。
「来ないで! こないで! こないで! なんで!? なんでこわれないの!? こんなの知らない!? 人じゃない!? 人ならもっと簡単に壊れて……なんで!?」
ペチュニアは暴れ狂う。
蔓を束ねて、あるいはバラバラで、時には拷問器具の形を模し、時にはそのままの形で、物理で、熱で、酸で、怨みで蝕もうとする。
自分の記憶の中にある傷つけられた時の思い出全てを想起して、ナルの体へと叩きつける。
「おいペチュニア」
その全てをナルは真正面からただ受け止めて、踏みにじる。
『玲瓏の魔王』の名の通りに何処から見ても美しいままに、誰もその美しさを手にする事は出来ないナルキッソスの逸話通りと言わんばかりに、ただ進む。
そして、ただ問いかける。
「俺は、玩具、じゃなかったのか?」
「……!?」
ナルの問いかけにペチュニアは本能的に蔓を伸ばして、ナルの顔を打とうとする。
だが、その攻撃が顔に届くよりも早く、ナルは正確に蔓を掴み取り、敢えて金貨に変えず引っ張って、ペチュニアと綱引きのような状態を作り出す。
「人間を人間と理解した上でやり返しているのなら、悪いがお前もまた救いようがない存在だよ」
「こ、の……」
「ただ、俺の火力じゃそれこそ拷問になるんでな」
そうしてナルとペチュニア、両方の動きが止まった瞬間だった。
「うおらあっ!」
「なっ!?」
二人を囲む結界をすり抜けて槍が飛来し、ペチュニアの馬男の方の胸を刺し貫く。
ペチュニアは反射的に刺さった槍を見て、それから投げられた方向を見る。
槍を投げたのはブルーサルだった。
だが作り出したのは……。
「深く昏き水底にて湧き上がる硫黄の槍よ。その権能を示せ」
スズ・ミカガミ。
アビスの力も借りて作り出されたその槍は、GM.Neの魔力をすり抜けるように調整された上で放たれた。
そしてスズの言葉と共に、突き刺さった先……ペチュニアの体内でその内に秘めたマグマを現出すると、大量の黒煙と共にペチュニアの体を叫ぶ事すらも許さない熱量で以って焼きつつ、一つの場を作り上げていく。
「全員、撃てぇ!!」
そこへGM.Neの叫びと共に結界が解除されて、無数の攻撃が放たれた。




