426:ペチュニアを名乗るもの -中編
本日は六話更新となります。
こちらは四話目です。
「うざったい!」
「吾輩が居る限り通さないと言っているだろう」
遠距離組による一斉攻撃を受けたペチュニアは、苛立ちと共に遠距離攻撃を仕掛けた面々目掛けて蔓が矢のように射出する。
だが、ペチュニアの攻撃が届くよりも早くGM.Neによって三重の結界が再展開されて、その攻撃は止められた。
「はっ!」
「チクっとするっすよー!」
「別の小さいのが! 蟻みたいに噛んできて!」
そして、攻撃が止まった隙を突くように、遠距離組による攻撃に合わせて接近していたトモエとコモスドールが攻撃を仕掛ける。
トモエの薙刀はペチュニアの馬男の脇腹を浅く切り裂き、コモスドールの槍は腰に浅く突き刺さる。
二人の攻撃のダメージは大したものではなかったが、ペチュニアが結界に阻まれて攻撃できない外の人間よりも中の二人を優先するには十分なダメージではあった。
「潰してやる! 潰してやる! 潰してやる! まずは貴方たちを玩具として使い潰して、外の玩具に私をからかったらどうなるかを教えてあげるんだから!」
「わっ、わわわわわっ! 怒っているっす!」
「コモスドール、落ち着いて防御優先で対処すれば大丈夫なはずです!」
結界の中でペチュニアが蔓を振り回し、馬男の体で暴れ回り、コモスドールとトモエの二人を潰そうとする。
それをコモスドールは盾をしっかりと構え、鎧の隙間を埋めるように身を固める事で防ぐ。
対するトモエは、自分に向かってくる蔓を一つ一つ薙刀で打ち払い、馬男の腕が届く範囲にはそもそも立ち入らないようにする事で凌いでいく。
「こんのぉ! どうして潰れないの! ムカツク!!」
「……」
そうしてペチュニアが結界内で暴れる光景を、ナルは結界の外から静かに見つめる。
と同時に、耳に入って来る情報から、周囲の状況を把握していく。
「GM.Ne、やはり長期戦になりそうだ。ナルキッソスほど堅くは無いが、とにかく体力が膨大な感じで、まるでダメージを与えられた手ごたえがない」
「俺も同意見だ。現状のままだと一時間以上は確実にかかるだろう。俺たちは交代すればいいだけだが、お前の魔力は足りるのか?」
結界の外へ脱出したシュタールとウィンナイトは安全圏まで離れたところでマスカレイドを解除し、魔力の回復に努めている。
これは先ほど遠距離攻撃を仕掛けた他の生徒たちの大半も同様だった。
その上で、二人は指揮を執るGM.Neに長期戦になる事を告げ、不安要素……ペチュニアを閉じ込めるために結界を制御し続けているGM.Neの魔力が足りるのか、と言う点を口にする。
「安心しろ。吾輩はとっておきのズルをする。その為に学園内の電力の大半を吾輩の制御下に置いているのだからな」
「分かった。なら私はそれを信じる」
「そうだな。俺も信じるとしよう」
が、GM.Neはそれを問題ないと断言した。
そしてシュタールとウィンナイトの二人もそれを受け入れたため、他の面々も納得して、自分の役割を果たす事に改めて集中する。
「ナルキッソス。貴様の魔力の方はどうだ?」
続けてGM.Neからナルへと質問が飛んでくる。
気が付けば、ナルの近くには小型のスピーカーとマイクが置かれていた。
「最大値の半分と言うところですね。ただ、一対一でやり合えるのなら、後はペチュニアと戦っている間に回復できると思います」
「分かった。稼げる時間は?」
「新しい攻撃がないのなら、幾らでも凌いでみせます」
「いい返事だ。では機を見て、貴様を突入させる」
なのでナルはペチュニアの様子を観察したまま、GM.Neの質問に答える。
「この……」
「はぁはぁ……すぅ、はっ!」
「きついっす! きついっすー!」
そうして五分、十分と時間が経過していく。
ペチュニアは暴れ続け、トモエとコモスドールは結界の中で耐え続ける。
遠距離攻撃を行う者たちは二人の姿に不安を覚えつつも、それを押し殺して、次の機に備えて攻撃の準備を整えていく。
安全圏まで下がって魔力回復に努める者は、これ以上の犠牲者が出ない事を祈りつつ、出来る限り平静を保ち続ける。
その光景はまるで戦場のそれであったが……それでも誰もが自分の役目を果たし続ける。
この状況を打開するべく先に動いたのは……ペチュニアだった。
「みんなみんな吹き飛んでしまえ!」
「「!?」」
ペチュニアが馬男の上半身が生えている場所にある金貨の一部を掴んで、トモエとコモスドールに向かって投げつける。
投げられた金貨は、金と黒、二色の光を纏い、輪郭をブレさせていて、見るからに爆発直前と言った様相だった。
結界の中に居る二人に出来たことは、スキルを含め、自分に出来る範囲で強化を重ねて身を固める事だけだった。
「いかん!」
GM.Neも直ぐに動いた。
三重の結界の一部……特に頂点の方に多くの穴を開け、他の場所も強度を調整し、爆発の衝撃が逃げるように備える。
「トモエ! 『ドレッサールーム』『ドレスパワー』『ドレスエレメンタル』……起動!」
ナルもほぼ同時に動き出す。
身に付けている衣装を変えつつ、結界の中に居るトモエに向かって駆け出す。
「総員! 対ショック態勢!」
遠距離組も誰かの叫びに合わせて、手近な遮蔽物へと身を隠す。
「ボンッ!」
誰もが想像した通りに爆発が起きた。
それは結界の中を埋め尽くし、結界の強度が下げられた場所から閃光と衝撃が飛び出し、戦いの舞台となっている建物の天井を噴き出した閃光の形通りに消し飛ばす。
「あはっ! これで自分の身を守る玩具はもう無いよねぇ!」
そして、それほどの爆発であったのにペチュニアは大した傷も負う事なく、束ねられて太くなった蔓を二本振り降ろす。
それぞれの蔓が振り下ろされる先に居たのは、マスカレイドが解除されて生身となった巴と曲家の二人。
直撃すれば、人の形も残らない事が確実な一撃。
だが二人は魔力が切れた事で一瞬とは言え気を失っており、そうでなくとも生身で逃げられるような速さでもなかった。
しかし、その一撃が通る事は無かった。
「コケーコォ! させるかよぉ!」
緊急時の離脱要員として備えていたレッドサカーが、蔓が振り下ろされるよりも早く横合いから曲家の体を拾い上げ、抱え、空中へと飛び出して逃れる。
「『ウォルフェン』!」
巴の前にナルによって鋼鉄の壁が展開されて、束ねられて強化されているはずのペチュニアの蔓を真正面から耐えて見せる。
「邪魔……」
そして、ペチュニアが追撃を仕掛けるよりも早く……。
「投げて!」
「うおらあっ!」
「『ゴールドパイル』!」
「ファスがさせません」
「!?」
スズが調合によって作り出した爆薬入りの球をブルーサルが投げて、ペチュニアの馬男の方の胸部に直撃させる。
マリーが大量の『蓄財』の金貨をつぎ込み、スキル『P・魔術詠唱』によって強化した『ゴールドパイル』がペチュニアの少女の方の腰を貫く。
ファスの『同化』を施された矢がペチュニアの馬男の肘へと深く深く突き刺さって、その関節を破壊した上に異物として残る事で動きを阻害する。
これらの畳みかけの前には、流石のペチュニアと言えども動きを止め、巴と曲家に対する追撃を諦めざるを得なかった。
「間に合った!」
そうしてペチュニアの動きが止まっている間に、GM.Neによって結界が再展開される。
「さてペチュニア……」
結界の中に立つのはナルとペチュニアの二人だけ。
故にナルは『ウォルフェン』を消すと、正面から真っすぐにペチュニアの顔を見据える。
その服装は聖女服の上に、タンク役のキャラの鎧を着重ねたものであり、服と鎧が仄かに光っている事も併せて、聖騎士と言うに相応しい姿となっていた。
「今度はお姉さんなんだ。イラつくなぁ……出たり入ったり、玩具の分際で勝手にいなくならないでよ」
対するペチュニアは馬男の両腕にそれぞれ太く束ねた蔓を持たせつつ、金貨の山から先に金属片を付けた蔓も伸ばし、ナルの事を見下すように見下ろす。
受けていたはずの傷はいつの間にか消えてなくなっており、幾つかの金貨は不穏な輝きを揺らぎ放っている。
その姿は正に悪魔のようであった。
「壊せない玩具が遊んでやるから、好きなだけ暴れろよ」
「分からせてあげる。貴方たち人類は私の玩具になったんだって」
ナルの挑発に応じるかのように、ペチュニアの蔓が振り下ろされた。