423:嘶くガミーグ
本日は六話更新となります。
こちらは一話目です。
「素晴らしい! 実に素晴らしい決闘であった! 私の代理人が勝てない事は直ぐに分かったが、それでも両者ともに自分の力を大いに振るった素晴らしい決闘であった!」
ナルとサンコールの決闘が終わった直後。
観客席に座るガミーグは勢いよく立ち上がると、英語でそう言い放つ。
その声はとても大きく、急に動いたこともあって、直ぐに警察によって取り押さえられる事となるが、両肩と腰を掴まれてなお、ガミーグは直立して叫び続ける。
「だからこそ問いたい! 君は本当に私に全てを話すことを強要するのか!? 女神などと言う胡乱な存在の力を借りて得られる言葉に真実があると思っているのか!? どうか答えて欲しい、ナルキッソスよ!」
ナルはその様子を舞台上から見ていた。
ガミーグが何を言っているのかは、テンポの早い英語だったためにナルには分からなかった。
しかし、尋常ならざる様子ではあったため、ナルはマスカレイドを解除することなく、ガミーグの様子を窺う事にした。
「ああ答えないのか……。残念だ……残念だが、それならば私にも考えと言うものがある」
ガミーグを抑え込もうとする警察の人数が増えていき、四人がかりで無理やり座らせようとするが、何かしらの力で以って守られているかのように、ガミーグの体は動かない。
こうなると周囲の人間も異常を感じ、警察も、教員も、程度の差はあれど警戒を始める。
「君たちが暴こうとしている秘密は我が信仰の秘奥である。哀れな少女が激情と共に命を爆ぜたからこそ、我が荒野の脳髄に蒔かれた種であった。導きの光であった。新たなる世界の先触れであった。それを根絶やさんとするならば……その者たちには相応の対応と言う物をしなければならないだろう」
「……」
「ああだがしかし、悲しきかな。私は戦の才には恵まれなかった。どれほどの命を肥料としても、芽生えるのが私では、君たちに抗う事など出来はしないだろう。つまり、秘密を守らんとするならば、我が神に身を捧げる事こそが私のすべき事となる」
ガミーグを抑えようとしていた警官の一人が、ガミーグが何かしらの手段で自殺を図ると判断し、最も可能性が高いものはと考えて自分の手をガミーグの口に突っ込もうとする。
「「「!?」」」
が、警官の手がガミーグの口の中に入るよりも早く、衝撃波のような物がガミーグの体から放たれて、ガミーグの体に触れていた人間は全員吹き飛ばされる。
そして続く反応は劇的なものだった。
「神よ。我が身を贄とし花をお咲かせ下さいませ」
ガミーグの体が崩れ落ちていく。
全身を『ペチュニアの金貨』に変えていく。
それだけでなく、何処かからか『ペチュニアの金貨』が現れて、明らかにガミーグ一人分の体が金貨になったのでは済まないような量の金貨の山を作り上げていく。
「自殺? いや違う……これは!?」
そうしてナルの身長と同程度の高さがある金貨の山が出来上がったところで、『ペチュニアの金貨』たちは不穏な気配を漂わせ始める。
黒い魔力を帯び始める。
無数の金貨が小刻みに震え始める。
まるで、その下に何かが潜んでいるかのように。
「全員直ぐにマスカレイドするか逃げろ! 『ペチュニアの金貨』の意思が……黒い何かが来るぞ!」
「「「!?」」」
ナルが叫ぶと同時に金貨の山から真っ赤な肌を持つ、馬頭の人間の上半身が出て来る。
上半身だけだが、そのサイズは3メートルを超えていて、巨人と言うのに相応しい物。
その姿は、ナルが知る由も無いが、ガミーグの仮面体であるレッドホースの上半身にサイズ以外はよく似た物であった。
「な、え、黒くな……」
そして、現れた物が想定と大きく異なっていたことにナルが困惑している間に馬の口が開き、そこから黒い花弁を持つ花の蕾が現れて咲き……。
「ふふふふふ、こんにちは。先日ぶりだね、お姉ちゃん」
「……」
花の中から黒い髪の少女が姿を現す。
その声にナルは聞き覚えがあった。
先日のアンクルシーズの件で聞いた声だったからだ。
だから直ぐに普段の盾を構える。
『ペチュニアの金貨』の意思は人に敵対的な上に、何をしてくるか分からないからだ。
「今日はガミーグが命を捧げてくれたおかげで、この前よりも長く遊べそうなんだよね。だからまずは自己紹介」
少女が笑みを浮かべると共に、金貨の山の隙間から黒い魔力で出来た植物の蔓のような物が何本も生えてきて、蠢き始める。
「私の名前はペチュニア・ゴールドマイン。ああ、本人じゃないよ。あの爆発の時にガミーグの脳裏に強く強く焼き付いた残像。それを基に無数に積み上げられた他の人たちの恨み辛み嘆き悲しみ怒りに苦痛に……ふふふ、とにかくそう言う真っ黒な気持ちを肥料にして咲いた花」
少女……ペチュニアの言葉を聞いた、ナルを含むこの場に居る人間全員は理解した。
自分たちの前に居るのは、一見人のような形をしているが、中身は完全に人ならざる者の類である、と。
「さあ、泣き叫んで。血と脳漿をまき散らして。美味しい美味しいハンバーグになって。貴方たちがそうなってくれれば、私はもっと大きく咲くことが出来るから」
人間の命を肥料としか思っていない化け物である、と。
「それじゃあ……」
そうして理解したからこそ、ナルも含めてこの場に居る全員はマスカレイドをして身構えた。
死なないために。
だがしかし。
「私の為に弾けて苦しんで」
「「「!?」」」
金貨の山から生える蔓が鞭のように動き、ペチュニアの近くに居た数人とナルがその蔓に打たれる。
ただそれだけで、ナルの構えた盾は、その蔓の一撃であっけなく破壊され、体勢を崩された。
そして、ナルほどに強固な盾も仮面体も持っていない者たちは、その一撃だけでマスカレイドを解除され、解除された直後に追撃されて、当たった場所の体が千切れて吹き飛んだ。
馬頭の巨人(上半身のみ)の口から生えるアルラウネ
ペチュニアの姿を簡単に言い表すならこうなります。
07/26誤字訂正