420:スズの懸念
深夜、戌亥寮の燃詩の部屋にノック音が響き、その音の主……スズが室内に招かれる。
「よく来たな、水園」
「こんばんわ、燃詩先輩。頼まれた物を買ってきました」
「確かに」
室内に入ったスズは燃詩に頼まれていた物……お菓子とお茶を渡すと、適当な椅子に腰かける。
「それで? 水園の用件は?」
「一つは、昼間にイチから貰った、ガミーグに関するデータを共有しておこうかなって。燃詩先輩ならもう知っているだろうけど」
「そうだな。勿論知っている。だが公式に貰っておくことで、咎められる可能性を無くしてくれた後輩の気遣いは素直に受け取っておこう」
スズはそう言うと、スマホに記録しておいたガミーグに関する報告書を燃詩に見せる。
対する燃詩は手元の機器を少しだけ操作して、ほぼ同じ報告書……スズが見たものより少しだけ詳しい物をスズに見せる。
「流石は燃詩先輩……」
「ネット上で魔力を利用せずにやり取りしている時点で、吾輩が探そうと思えば幾らでも探せるからな。これくらいは当然だ。それで他の用件は?」
燃詩は買ってきてもらった菓子を食べつつ、スズに話の続きを促す。
「ちょっとした懸念事項と言うか、思い付きの類なんだけど……実現可能性があるか、燃詩先輩に計算して貰おうかなって」
「具体的には?」
「ガミーグが『ペチュニアの金貨』の意思の信徒とでも言うべきものになっていて、何かしらの異常な能力を身に付けている可能性。『ペチュニアの金貨』を作る過程が分からなかった理由って、これなんじゃないかなと思ったの」
「なるほど。尤もな懸念事項だな。吾輩も奴が邪教の信徒の類である可能性は見ている」
スズの言葉に燃詩は概ね同意する。
「だが、『ペチュニアの金貨』を作る方法自体は誰でも再現可能なものだ。でなければ、『ペチュニアの金貨』の意思なんてものが無かったころの、最初の一枚はどう作ったのかと言う話になってしまう」
「あ、そうか……」
「純粋な技術だからこそ問題なのだがな。なにせ、再発見出来てしまう」
ただ、順序については訂正した。
この件については、成長して鶏になるためには、卵が先に無ければならないのだ、と。
「そしてこれはあくまでも最初の一歩についての話だ。今のガミーグが信徒の類であり、『ペチュニアの金貨』製造を助けるような妙な力を持っている可能性を吾輩は否定できない。なにせ、今は日本の何処かで拘留されている奴は、こんな物を国に要求してきたぐらいだからな」
「っ!?」
燃詩が一枚の要求書と、それに付随する資料をスズに見せる。
そこに記されていたのは、ガミーグが今度のナルキッソスとサンコールの決闘を直接見に来たいと書かれていた。
しかも、要求そのものは既に了承されている。
「反対できなかったの?」
「吾輩は反対した。自分の将来に関わる決闘だとしても、映像で十分ではないかとな。人道的観点とやらで押し切られたがな」
ガミーグの要求そのものはおかしなものではない。
燃詩の言う通り、自分の将来に大きく関わる決闘ではあるのだから、直接その目で勝負の行く末を見守りたいと言うのは、人間としてごく自然な感情であるからだ。
だから、国もガミーグの要求自体は受け入れた。
「それと仮に許可するにしても、致死レベルの魔力電流を流せる檻ぐらいは用意するべきだと進言した。これも拒否されたがな」
「……」
そして国もガミーグの危険性は理解していた。
要求書を提示した時のガミーグの顔が妙に笑顔だったことも、警戒度を上げさせるには十分なものだった。
先日のアンクルシーズの件もある。
なので、国は警察の中でもマスカレイドを利用して凶悪犯を拘束する事に長けたチームを通常のチームとは別に準備し、備えさせている。
だが、アンクルシーズの件で直接黒い何かと対峙したスズと様々な資料を見て来た燃詩にしてみれば、そのチームでは実力以前に対処の方向性からして間違えているとしか思えなかった。
「アンクルシーズの時の黒い何かがまた出て来るとして……私、イチ、マリーの三人に、トモエ小隊の四人は、会場近くに当日控えておいた方が良いかな」
「その方が良いだろう。吾輩も当日は麻留田、山統、青金の三人と風紀委員会の有志者を連れて、会場近くに待機しておく予定だ。ああ、決闘の様子については、秘匿される決闘と言えど、吾輩なら幾らでも覗けるからな。結界の展開含めて、何かあった時には直ぐに動けるようにはしておける」
「お願いします。燃詩先輩」
だからスズも燃詩も、警察程度では対処できないような化け物が出て来る前提で準備を進める事にした。
勿論、何も出て来ないのなら、そちらの方がはるかに良いに決まっている。
その時は、何も出て来なくてよかったね、じゃあ、今日の事は秘密で、と言う流れで終わりだ。
だがそうならなかった場合に待ち受けているであろう物を考えたら、備えない訳にはいかなかった。
何も出て来ないと決めつけるには、場に出ている情報があまりにも不穏だった。
アビスと言う存在を知っているからこそ、スズも燃詩も、ガミーグと『ペチュニアの金貨』の意思を甘く見る事など出来なかった。
女神が今回の件に関わる気が無いと言う報告書の末尾の記述も、二人の判断に拍車をかけた。
それこそ、『ペチュニアの金貨』の意思が以前現れた時に見せた様子から考えるに、例えナルがサンコールに負けて、ガミーグが自白する必要が無くなったとしても、遊び半分で黒い何かが出て来て暴れ回る。
それくらいの事を二人は考えていた。
「何が起きてもおかしくない状況だ。油断せずに行け、水園」
「うん、分かってるよ。燃詩先輩」
燃詩とスズは万が一に備えて動き出した。