42:容易には居られない場所
「さて、今日は自主練だな」
日曜日。
俺は朝食を食べ終えると、自室でマスカレイド……より正確に言えば仮面体に女子制服と下着を着せる練習をする事にした。
これまでの経験から考えるに、今日一日頑張れば、とりあえず使い物にはなる程度には構造が理解できるようになるはずだ。
「マスカレイド発動。制服を着て、鏡を準備して……」
と言うわけでマスカレイドを発動した俺は女子制服と下着を習った通りに着用。
魔力を染み込ませて構造を理解しつつ、先日届いた家具……全身を一目で見れるサイズの鏡を立てる。
なお、一枚ではなく、三枚だ。
こうする事で、多少の調整は必要だけれども、背後も見れるようにするのである。
「んー……えーと、この辺とかは調整して……」
俺は制服の着方を調整していく。
鏡による確認も合わせて、全方位隙が無いようにしつつ、着ている俺自身も違和感や不快感を感じないように位置を調整していく。
「うん、完璧。流石は俺、女子制服も良く似合っていて、美しいな」
整った。
とは言え、ブレザーとワイシャツは相変わらず無理がある状態だが。
まあ、これをどうにかするのは、魔力で構成した制服の方を調整するしかないので、俺は鏡に映る俺の仮面体を堪能しつつ、魔力による型取りを進めていく。
「……。そうだな、そろそろ行けそうだ。じゃ、入れ替えていくか」
そうして待つこと暫く。
型取りが出来たと判断したところで、俺は制服と下着を脱いでいき、代わりに魔力で構成した下着と制服を着用していく。
で、そうして作り出す際に、下着にしろ制服にしろ、改めてディテールを確認して、可能な限り正確に模倣しつつ、強度もマスカレイドでの決闘に耐えられるよう十分に高めていく。
「……。よし、揺れないな。強度も大丈夫。着心地も……この感じなら一時間くらいは大丈夫そうか。魔力消費は当然問題なし」
俺は再び鏡の前に立ち、少し動いてみる。
うん、俺自身の目で確認した限りでは、先ほど本物の制服を着用した時と変わらないな。
激しく動いた時に重心の妙な振れも無いし、だいぶ動きやすい。
これならば問題はないだろう。
ピンポーン
「ん? ああ、家具のお届け物か」
と、ここで部屋に備え付けのインターホンが鳴る。
どうやら、昨日頼んだ、仮面体衣装用の収納家具が届いたようだ。
「……。ま、このままで問題ないか。こっちの姿の方が筋力はあるし、此処が俺の部屋だってのは知られているしな」
俺は少し迷ってから、マスカレイドを発動したまま、対応に出ることにした。
配達員の人を多少驚かせる事にはなるかもしれないが、スズに昨日警告されたばかりであるし、何かあった時の対応能力がこちらの方が高いと言うのもある。
と、そんな事を思いつつ扉を開ける。
「はい、お待たせしました」
「!? あ、あー……はい。こちらご注文の品です。こちらへのタッチかサインをお願いします。中には?」
「ではサインで。運び入れは自分で入れるので大丈夫です」
「毎度のご利用ありがとうございます。では」
流石はプロと言うべきか。
配達員の人は一瞬驚いたようだが、直ぐに大人の対応を見せてくれた。
で、配達員の人が去っていき、後は俺が家具を部屋の中へと運ぶだけになったわけだが……。
「ん?」
「「「……」」」
なんか見られていた。
部屋が近い男子生徒たちが居るのはまだ分かるのだけれども、見慣れない女子生徒も複数人居た。
「「「!? ーーーーー……!!」」」
「?」
そして、男子生徒たちは気まずそうに視線を逸らしただけだったのだが、女子生徒たちは何かを言いたげにしつつも何も言わずに駆け足で去っていった。
いったい何だったのだろうか?
「まあいい……」
「半端な覚悟でナルちゃんに近づこうとするからそうなるんだよとしか、私には言えないね」
「スズ!?」
俺は家具を持とうとする。
と同時にスズの声が隣の部屋……確か空き部屋であったはずの扉の辺りから聞こえて来て、驚かされた。
見れば、扉を少しだけ開けて、顔だけを出すような姿勢で、スズ、イチ、マリーの三人の顔が縦に並んでいた。
え、なんだこの絵面。
ホラーなのか、ギャグなのか、真面目にやった結果なのか、判断に困るのだけど。
「え、何をしているんだ? スズ。それにイチとマリーも」
「タレコミがあったから、一応の確認に来た感じかな。ナルちゃんがナルちゃんだったから、何の問題も無かったけど」
「んー? あー……もしかして、さっきの女子生徒ってそう言う事か? ああ、俺はとりあえず家具を入れてくるから、話があるならスズたちも部屋の中に入ってくれ」
「うん、分かったよナルちゃん」
「失礼します」
「入らせてもらいますネ」
タレコミ……タレコミって何なんだろうな?
いや、詳しくは聞かないでおこう。
なんか怖い気配がする。
それはそれとして、話がありそうなので、スズたちを部屋の中に招く。
「で、さっきの女子生徒たちは……」
「うん、ナルちゃん狙いだね。ただ、実際にナルちゃんを目の前にしたところで、色々と悟らされたんじゃない?」
「悟らされた?」
「ナルの隣は覚悟がない女の子には厳しいって話ですネ。美しさで勝つのは無謀ですシ」
「それはそうだ。普通の人間が俺に対して見た目の美しさで勝つのは、無理がある」
「そこで断言するのがナルさんですよね。事実ですけど。まあアレです。ナルさんを利用しようと思ったけど、利用なんて出来ないと見た目だけで分からされたと言うだけの話です」
「なるほど。女子って大変なんだな」
どうやらさっきの女子生徒たちは俺目当てであったらしい。
が、俺が仮面体の姿で現れたことで、色々と悟って、自然に撤退したらしい。
「でもナル君。ナル君が望むのなら、そう言う関係になる事も難しくは無いんだよ。決闘者ってそう言うものだし」
「いや、これまでに縁も何もない相手に、そう言う関係をいきなり迫られても困るだけなんだが……。後、スズたちがあそこに居る辺り、さっきの女子生徒たちはスズたちを出し抜こうとした感じなんだろ? 正直、スズたちと仲良くできないような連中と仲良くなりたいとは、俺は思えないぞ」
「ナル君……」
「ほうほウ」
「そうですか」
言い訳やご機嫌取りのように聞こえるかもしれないが、これは本心から言っている。
正直なところ、俺に対して敵対的な連中については、状況ややり方次第では付き合えるかもしれないが、スズたちに対して敵対的な連中については……うん、付き合う事は無理だろう。
たぶん、先に殴るための手が出る。
「とりあえずせっかく来てくれたんだから、俺の仮面体の練習にでも付き合ってくれ」
「うん、分かったよナルちゃん」
「あ、お茶とかないようですね。買い出しに行ってきます」
「ついでに昼食も買って来ましょウ。長丁場になりそうでス」
その後、俺はスズたちにも協力してもらって、仮面体に女子制服と下着を着せる練習を十分に進めたほか、マスカレイド関係についての幾つかの予習もすると言う、実に充実した日曜日を過ごすことになったのだった。




