417:スズVSアショーペーヴィ -決闘後
「ナル君勝ったよー!」
「ああ、おめでとう。凄かったぞ」
観客席に帰って来たスズが俺に抱き着いてきたので、正面から受け止めて、抱き返す。
で、抱き着く事自体、普段のスズがする事ではないのだが……。
「……」
うん、長いな。
そして、力を緩める気配がまるでない。
それどころか、俺の胸元に頭をグリグリと押し付けてきている。
これは決闘中に何かあったな?
「スズ、座るぞ。シュタールの決闘が始まるからな」
「分かった。でもこのままで」
舞台上では次の決闘に出るために麻留田さんと相手の決闘者が向かい合っている。
予定では、このまま見ているつもりだったが……先にスズに何があったのかを聞くべきだな。
「それでスズ。アショーペーヴィとの決闘で何があった?」
俺はスズに問いかける。
ただ、アショーペーヴィにされたのが侮辱の類ではないのは、帰って来た時のスズの気配から分かっている。
決闘そのものは非常にクリーンなものだったはずだ。
だから、今のスズは決闘で色々とやった結果としてクールダウンのような物が必要な状態だと思っているのだが……どうだろうか?
「そうだね……」
そうしてスズがアショーペーヴィとの決闘で何を話したのか、どういう仮面体だったのか、その機能は何だったのかを俺たちの周囲にだけ聞こえるように話してくれたのだが……。
「スズはよく勝てましたネ……専用対策必須の相手じゃないですカ」
「決まれば私でも……いえ、ナル様でも危うい力ですね」
「そうですね。少なくとも今後はスキルによる劣化再現含めて、注意を払う必要があると思います」
「本当にスズは頑張ったんだな」
「そうだよ。頑張ったんだよ。だから、もうちょっとこのままで居させて、ナル君」
うん、スズでなかったらどうなっていたか、と言う話だな。
そして、スズにしてもアビスの助力が無ければ、一撃目で終わっていたに違いない。
俺ならただひたすらに守りを固めればワンチャンあるか? いや、その守る事を諦めさせられたら、拙そうな気がする。
とりあえず、今後アショーペーヴィ対策は早急に考え出す必要があるだろう。
「しかし~愛が勝利の決め手になるだなんて冗談はともかくとして~」
と、ここで話を切り替えようとしたのか、羊歌さんが声を出す。
「冗談じゃないよ」
スズが羊歌さんの方に顔を向ける。
「冗談ではないよ」
「……」
俺を抱きしめるのを止めたスズが羊歌さんの肩を掴んでいる。
「冗 談 じ ゃ な い よ」
「そ、そうですね~」
スズの圧が強い。
羊歌さんが思わず顔を逸らしてしまっている程度には。
向き的に今のスズの顔が見えているのは羊歌さんだけなのだろうけど……うん、他の人には見えてなくてよかった。
「エ、エビデンスの類はあるのですか~?」
「根拠なら有るよ。と言うより、感情に合わせて魔力を生みだしたり、力を増したりってのは、みんな少なからずやっている事だと思うんだけど」
スズの言葉の内容は……まあ、覚えはあるな。
最近は俺自身が決闘に慣れて来たのもあるし、余裕をもって応じられている事も多いから、俺の感情を色々な物に乗せる事はあまりないけれど。
ただ、そんな俺の感想は一般的とは言い難いものであったらしい。
「感情一つで~仮面体の機能による精神誘導を捻じ曲げられるなら~専用対策なんて要りませんよ~……。出力を目に見えるほど上げられる点についてもそうですね~」
羊歌さんが何処か困った様子でそう言っている。
まあ、羊歌さんは冷静に戦う系統の決闘者なので、スズの感情に合わせて魔力を生みだして乗せる技法との相性も良くないのかもしれない。
「まあそうかもね。感情を乗せれば、その分だけ冷静さを欠くのも事実だし」
「そうですよ~」
さて、こんな話をしている間にもシュタールと奇妙な形の武器を握った筋肉マッチョの雷使いとの決闘は始まっている。
恐らくは相手も国の次代のエースと目されている存在なのだろう。
シュタールと実力は拮抗していて、激しい殴り合いになっている。
こう言うのを見ると……世界は広いのだと実感させられるな。
俺なら……どちらが相手にせよ、耐えられるだけ耐えて、相手が息切れし始めたところで反撃を狙う事になりそうか。
勝ち目はありそうだが、確実に勝てるとは口が裂けても言えないな。
「ン? スズ。今の感情に合わせて魔力が放出されると言う話ですガ、論文の類もあるのですネ」
「みたいだね。結構昔から色んな人が調べているみたいだよ。ほら、神話でも怒りや悲しみと共に信じられないような力を発揮するのはよくあるし、漫画とかでも感情の昂ぶりに合わせて魔力が放出されるってよく描かれるじゃない? そう言うところから着想して、調べてる人は多いの」
「でも上手くいっている例は限られているのですネ。中々に大変そうな研究でス」
「そりゃあね。誰でも上手くいっていたら、今頃そっちの方が主力になっているって。日本なら、こういう世界中で研究されている論文くらいなら、割と簡単に見られるし」
おっと、シュタールのドリルが決まったな。
腹を刺されて、シェイクされながら持ち上げられて……叩きつけられた。
うん、決着だ。
これで日本側が二勝。
とは言え、一戦目に引き続きいい勝負をしていたので、どちらの格が下がる事も無いだろう。
「論文かぁ。そう言えば、今回の国家間決闘の切っ掛けになったガミーグ・ロッソォはアメリカの研究者だったらしいね。と言う事は、何かしらの論文とか書いていたんじゃないの?」
「その筈ですが~萌の所には報告は来ていませんね~天石さんの方はどうですか~」
「イチは聞いていません。ですが、家には資料が来ていると思うので、後で聞いてみましょうか。とは言え、特異な論文が実在しているなら、イチにも連絡が来ているはずなので、平凡か秘匿のどちらかでしょう」
その後、巴の叔父さん……仮面体名マチタヌキが決闘を行い、こちらは普通に勝った。
スズとシュタールの二人とは比べ物にならないくらいに安定した立ち回りと綺麗なカウンターを行っていた辺りに、年季の差と言う物を感じさせられる決闘だったな。
なんかもう十数年経っても、普通に第一線に居そうな感じだった。
こうして、今回の国家間決闘は日本側の三連勝で幕を閉じたのだった。