416:スズVSアショーペーヴィ -後編
「……。勝たせてもらう」
アショーペーヴィが剣を槍のように構えた上で駆け出す。
そして、走りながらスズに向けて放つのは自身の仮面体の機能……物理、魔力、精神の三方面から、諦めと言う感情を付与する事により、行動の停止あるいは鈍化を引き起こす力。
「それは私の台詞だよ」
対するスズは鞄の中から幾つかの品を取り出す。
そのタイミングでアショーペーヴィの力にも晒されるが……スズが手に持った物を取り落とす事は無かった。
その秘密は先ほどの爆発に伴って舞台中に撒かれた薬品の効果。
あの薬品はアショーペーヴィの機能対策にスズが急造した物であり、効果としては物理と魔力の両面での外部干渉を防ぐ力を持っていた。
それが舞台中に撒かれたことによって、結果としてアショーペーヴィの力の出力そのものを下げると同時に、スズへの干渉力も落とし、二重の防御を成立させていた。
「さっきの薬品の影響か」
「そう言う事。これでもまだ油断ならない時点で、私としては恐ろしい物しか感じないけどね」
おかげで、スズは自分の心に自身の意思をくじこうとする何かを感じつつも、しっかりと動き回る事が出来ていた。
そして、しっかりと動き回る事が出来るのであれば、アショーペーヴィ程度の剣の腕前ならば、避ける事は容易だった。
「お褒めにあずかり光栄だ。なら早い所、私の剣を受けてくれ!」
「それはお断り!」
次々に突き出されるアショーペーヴィの剣をスズは避けていく。
避けた上で、手早く手元の薬品を混ぜ合わせて、何かを……黒い液体を基に、色を黒から青へ、青から白へと変化させていく。
「そうだ。薬品の影響なら……『ガストブロウ』」
「っ!?」
アショーペーヴィがスキルを使い、手の平から突風を放つ。
ただし、向かわせる先はスズではなく自分自身。
本来は敵を吹き飛ばすための強烈な風によって自分の体に付いていたスズの薬品を吹き飛ばし、強烈な風で舞台の床を転がる事になる事と引き換えにアショーペーヴィはその影響から脱する。
それはつまりアショーペーヴィの機能が強さを増すと言う事。
直ぐにスズの体は、手の力を緩めて薬品を落としてしまうほどではないが、足が動かなくなり、その場から動けなくなってしまう。
自分の心から湧いたような、諦めを促す囁きが強まっていく。
「感謝する。この勝利のおかげで私はますます強くなれそうだ」
アショーペーヴィが動きを止めたスズに向かって駆け出す。
仮面体の機能を全力で行使しながら、その剣先をしっかりとスズに向けつつ、騎兵の突撃のように突っ込んでいく。
「……」
対するスズはアショーペーヴィの姿も、攻撃も見えていたが、動くことは出来なかった。
足を動かそうとしても、動く前に中断されてしまう。
口を動かそうとしても、止められてしまう。
全力の意思で以って手に力を込める事で調合途中の薬品は落とさずに済んでいたが、その先へと進む事は出来なかった。
なにより、大量の諦めが湧いてくる。
足を動かしても駄目だ、口を動いたところで何も出来ない、調合が成功したって倒せっこない。
そんな諦めが湧いて湧いて湧き続けて、何かをしようとする気力をスズから奪い取っていく。
そうして沢山の諦めが湧いてくる中で……魔が差した。
勝ってナルに褒めてもらうのは諦めよう。
そんな魔が差した。
それは、アショーペーヴィの機能によって湧き起こる諦めに引きずられて出て来た、スズ自身の感情だった。
だからこそ……。
「ーーーーー~~~~~!!」
「っ!?」
スズはブチ切れた。
他ならぬ自分自身に。
そして叫んだ。
全ての意思を吹き飛ばすように。
そうして本能のままに跳んだ。
アショーペーヴィの刃を避けるために。
「どう……やって」
「思い出しただけだよ……私にとって人生最悪だった瞬間を。そして、それをどうやって乗り越えたのかを」
スズは空いている方の手で仮面に手をやると、握り潰しそうなほどに力を込める。
同時に思い出す。
去年、中学三年生の時に受けた全国一斉魔力量検査の事を。
ナルが甲判定に、スズが乙判定となり、国の法律通りならば離れ離れになる事が確定した上に、自分の実力では決して手が届かない場所へとナルが行ってしまうと言う絶望を。
文字通りに天地がひっくり返る……どころではなく、太陽が失われたかのような暗黒を。
もしも、あの時の激情にアビスが惹かれてやって来て、声をかけられていなかったらどうなっていたのか言う恐怖を。
それらに比べれば、アショーペーヴィのもたらす諦めの何と甘い事か。
身を竦ませるだけ、動けなくさせるだけ。
命すら失う事がないのに、何故これほどまでに恐れなければならないのか。
「乗り越えた……だと……。ならその力は……」
そうして理論武装を終えた上でスズは解放する。
「愛だよ。私は愛を以って、あの絶望を乗り越えた。私のナル君への愛は……この程度の力でどうにか出来るものじゃない」
己の愛と言う名の激情を。
そして投入する。
手にした白い液体入りのフラスコに黒い星を。
「愛!?」
アショーペーヴィがスズの言葉に驚く中、スズのフラスコが弾け飛び、そこから生じた大量の白い煙が舞台中を覆い尽くす。
「私の愛に呑まれて燃え熔けろ」
煙の中、スズの言葉が響く。
次の瞬間。
全ての白い煙が赤熱するマグマに変じ、舞台上を満たし尽くす。
マグマが魔力に変わる事で蒸発した後に立っていたのは、スズだけだった。
最後のマグマですが、熱量がスズの感情(愛)由来であるため、どれだけ加熱されてもスズ自身はちょっと熱いで済む仕様となっております。
そう言う仕様なので、普段の熱量は熱湯程度が精々だったりします。




