415:スズVSアショーペーヴィ -前編
(ありがとうアビス。おかげで助かった。でもいいの?)
スズは心の中でアビスに語りかけながら、後方へと跳んでアショーペーヴィから距離を取る。
その上で鞄を自分の体で隠しつつ中に手を入れて、視線をアショーペーヴィに向けたまま、手の感覚だけで鞄の中身を探り、動かしていく。
「ん?」
対するアショーペーヴィはスズを追いかけるのではなく、自分の剣を見て、空いている方の手を見て、スズを見て、それでも疑問が晴れなかったためか、首を傾げる。
その動きは自分の能力は確かに決まっていたはずと言わんばかりのものだった。
『ふん。この程度なら問題は無い。観客席から声をかけた程度の事だ。それで破れる程度の強度しかないような拘束を使っているアチラが悪いのだ』
(まあ大丈夫ならいいけど……)
『だが次はないぞ。我がこれ以上この場でスズ・ミカガミに声をかけるのは無しだ。相手のアショーペーヴィとやらも、相応の努力を積んでこの場に来ているであろう以上、我がその努力を無下にするような事は出来ない』
(うん、分かった)
アショーペーヴィの能力に晒され、身動きが取れなくなっていたスズを助けたのはアビスだった。
とは言え、これは外野からの横やりが来ないと思っていた者にとっては、殆ど反則のような物。
アビスの次はない、と言う言葉も当然の話であった。
だからスズは、アビスに貰えたこのチャンスを生かすべく、鞄の中身を片手だけで慎重に弄っていく。
「スズ・ミカガミ。後学のためにも窺っておきたい。どうやって私の能力から逃れた?」
「……。神様からのお声がけだね。特殊な事例だし、この決闘中はもう次は無いと言われたから、気にしなくてもいいと思うよ」
アショーペーヴィの質問にスズは素直に答える。
それは少しでも時間を稼ぎたいと言うスズの思惑もあったが、規定外の事態に対しては誠実な対応をするべきと言うスズの判断でもあった。
「なるほど……そう言う弱点もあったのか。感謝する」
その誠意を感じたからこそ、アショーペーヴィも素直に感謝し、その上で剣を構え直す。
ならば次は神が声をかけても関係がないように、確実に仕留めると言わんばかりに。
そして、アショーペーヴィは一歩踏み込み……。
「ついでに学んでいって。こういう時にどうなるのかも!」
「!?」
アショーペーヴィが二歩目を踏み込む前に、スズの鞄から大量の煙が放出される。
煙はすぐさま舞台の半分ほどを覆い、スズの姿を隠す。
アショーペーヴィは当たるを幸いに踏み込み、仮面体の機能……対象の行動キャンセルを行使しつつ、足を払うように剣を薙ぐが、一度振って何も当たらなかったため、直ぐに煙の外まで退く。
煙に触れた部分の皮膚に、僅かではあるがヒリつくような感覚を覚えたからだった。
「……」
その様子をスズは煙の中で、舞台の床に伏せながら見ていた。
今のスズは二つのスキルを使っている。
一つはスキル『エアシェルター』と言う、この手のガス系を使う時に必須の、自分の周囲とその外で空気を分ける膜を展開するスキル。
もう一つはスキル『スモークサイト』と言う、自分が生み出した魔力由来の煙であれば、程よく透視可能にするスキル。
アショーペーヴィが何かしらの初見殺しを有していると判断し、それを凌ぎ、落ち着いて観察するために必要だと判断したスズが選んだスキルである。
(アショーペーヴィの仮面体の機能は、恐らくは電磁気、魔力、精神の三作用での行動キャンセル。感覚としては、諦める、と言う感覚を捻じ込んで、キャンセルしている感じ。私の今の感覚からして狙いを付けずとも撃てるみたいだけど、見えない相手への行使はやっぱり難しそうだね)
そうして煙の中からスズは、アショーペーヴィを観察し、仮面体の機能を解析し、煙の噴出に伴って焼けた手が時々止めさせられるのを確認。
その上で手早く調合を進めていく。
(電磁気はそう言う物を調合して服用すれば防げる。魔力も同様。問題は精神面への作用かな。思考に諦めると言う空白と停止を捻じ込まれるから、ちょっと直ぐには対策が思いつかない。でも今はまったく効果が来ていない事を考えると、他より効果が強い分、目視必須なのかも。となると、このまま見られないようにしている状態を維持して仕掛けるべき……ううん、もう少し苛烈な手を打つべきかな。対策を組むのを途中で諦めるのも、アショーペーヴィに捻じ込まれた思考かもしれないから。たぶん、過剰火力ぐらいでちょうどいい)
高速で、淀みなく、自分の思考は流れているとスズは判断している。
だが、それで安心できないのが、精神に作用するタイプの能力であるのをスズは知っていた。
後から冷静になって考えてみれば、明らかな悪手であるのに、その時は最善であったと思わされてしまう場合もあるのだから、間違っても安心など出来なかった。
「見つけた。『エレキネット』」
「!?」
そして、スズの判断が正しかったように、アショーペーヴィの手から電気で出来た網が投じられる。
それもスズが居る場所が網の中心となるように、正確にである。
「仮面体の機能をソナー代わりに……!」
スズは直ぐに横へ跳び、網の範囲外に出る事で、アショーペーヴィの攻撃そのものは避ける事に成功する。
だが、調合途中の物体は、持っていけなかった。
アショーペーヴィの能力によって、持っている素材を落とされないように、出来る限りに床に置いていたからである。
「外したか。だが……」
「くっ。でも、まだ煙は……」
アショーペーヴィが煙の動きからスズのおおよその位置を察して駆ける。
スズはアショーペーヴィが向かってきているのを認識しつつ、此処からの挽回策を考える。
そんな中で、アショーペーヴィの投じた電気の網が、スズの調合途中の物体にかかり、通電させる。
結果。
「「!?」」
舞台全域に及ぶような爆発が起きて、スズもアショーペーヴィも吹き飛ばされて転がる。
何がどう反応したのかは分からない。
だが爆発が起きて、スズが展開した煙は晴れて、スズもアショーペーヴィも直ぐには立ち上がれないほどの衝撃を全身に受けた上で、激しく転がり、舞台端の結界にぶつかった。
これは舞台の外からでもはっきりと見えた。
「まさか爆発するとは……」
「そうだね。あの組み合わせに電気は駄目。私の方でも覚えておく」
ただそれでも二人のマスカレイドが解除される事はなく、二人は立ち上がった。




