411:喜櫃家の思惑
「喜櫃家としては、今の日本政府及び政府機関は女神の力に頼り過ぎている、濫用している。と考えていて、それを抑えたい気持ちがあるんだよね」
「濫用か……」
「分かり易いところだと、今回の僕と翠川の決闘でも賭けられている強制自供だね。今年は既に30件以上申請が出されている。これは例年の倍以上。『コトンコーム』社の崩壊や尾狩参竜の件を考えてもなお、ちょっと多すぎる」
強制自供か……口には出さないが、俺も夏休みに一度、それを賭けた決闘をしたな。
あの時戦ったハクレンは『コトンコーム』社傘下の『ノマト産業』に所属している決闘者だったな。
ただ、ハクレンは……決闘した限り、確かにわざわざ女神の力を借りてまで強制自供させるような人間ではなさそうだった。
あの手の決闘が沢山起きていたのなら……それは濫用と言われても仕方がないかもしれない。
「おまけに、そうして勝てば強制的に自供させられる事と引き換えに、負ければ無罪放免なんて事にしていたから、僕が把握しているだけでも五人ほどの犯罪者が解放されてしまっている。真っ当に警察が捜査して詰めていけば、ほぼ間違いなく立証出来ていたはずなのにね」
「それは駄目だなぁ」
俺の言葉に、後ろで黙って話を聞いているスズ、巴、瓶井さんの三人も頷いている。
だがそれも当然の話だろう。
吉備津の話通りなら、無駄に決闘を仕掛けた結果、負けて色々と失っているのだから。
まるで尾狩参竜のようだ。
「と言うか、そこまでいったら、有罪確定の連中を無罪放免にさせるために、裏から誰かが手を回して、わざとそう言う決闘をさせていた方が自然な話なんじゃ?」
「そう言う意見も当然あるね。だから、喜櫃家は色々と調べているみたいだ。でもそこは喜櫃家に縁はあっても、意見を言える立場じゃない吉備津家としては、お任せするしかない話だね」
うん、あまりにもおかしい話だから指摘したら、やっぱり調べてはいるらしい。
関わる事は出来ないようだけど。
「話を戻して。そんなわけだから、先述のように、喜櫃家は日本政府を掣肘するべく、諫言をすると共に、聞き入れない、是正されないなら、次の女神の力を利用するような決闘の国選決闘者には、喜櫃家の人間を出すと宣言してしまったんだ」
「なるほど。言いたくなる気持ちは分かる」
実際、女神の力が濫用されている現状は色々と良くないのだろう。
強制自供に頼りきりになれば、それを前提とするように警察の捜査体制も変わってしまい、そのような捜査体制では取りこぼし……があるならまだマシで、どうやるかは分からないが、冤罪の類とかまで起きかねないと、喜櫃家は思っているかもな。
うん、そうでなくとも、決闘でゴリ押せば、法なんて関係ありませんは、色々とマズイ気はする。
何処かからか、尾狩参竜量産計画とか言われそうだ。
「が、そうしたら……」
「次の強制自供の対象がガミーグ・ロッソォだった?」
「そう言う事だね。罪に問うだけなら真っ黒も真っ黒だから、強制自供は必要ないのだけれど、今後の事を考えたら、全ての知識を吐かせておかないと拙い相手が対象に来てしまった。まあ、おかげで、日本政府の中でろくでもない事をやっている連中の尻尾は掴めたんだろうけど」
「なるほどな」
「ただ酷い話だよ。喜櫃家は振り上げた拳を下ろすわけにはいかない。けれど手抜きは出来ない。自分たちの主力の経歴に傷をつけるのも控えたい。だから、まだ学園の一年生である僕にお鉢を回してきて、全力で戦った上で負けて来いと言ってきたような物なんだから」
喜櫃家は謀られた、そして吉備津は貧乏くじを引かされたってところか。
でも、幾らかは狙っていた部分もありそうだな、吉備津の表情からして。
「吉備津も大変だな。それで? 一応聞いておくが、吉備津としては次の決闘をワザと負けるつもりなのか?」
「まさか。そんな事をするわけがない」
吉備津の表情が、気配が変わる。
普段の人当たりの良いものから、抜身の刃物のように鋭いものへと。
「一人の決闘者として、吉備津家の人間として、国選決闘者を志すものとして、戦えない者の代わりに戦う以上は、依頼者がどんな人間であろうと、どれほど周囲から敗北を望まれようとも、全力で勝利を目指すに決まっている」
これはたぶん、吉備津と言う決闘者の芯なんだろう。
誰が何と言おうとも、決して揺らがない、そんな気持ちを感じさせる。
「ワザと負けるぐらいなら、腹を自分で割いて死んだ方がマシだ」
なるほど、これは俺も心してかかる必要がありそうだ。
吉備津は本気で俺の事を倒しに来るつもりであるらしい。
と言うか、これこそがプロの決闘者としてあるべき姿の一つなんだろうな。
高潔な仕事人と言う感じだ。
「ま、それはそれとして、思うところ自体は多々あってね……。ガミーグの味方になるつもりは無いぐらいは話しておかないと、今後の学園生活に支障も来しそうだったし……」
「あー、何と言うか、本当にお疲れ様だ。吉備津」
しかし、こうして考えると国選決闘者って大変な仕事なんだな。
完全アウトな人間の代わりに戦わないといけない場合もあるんだから。
相応の報酬と本人の高い矜持が合わさっていないと、とてもじゃないが、続けられそうにない仕事だ。
「話を聞いてくれてありがとう、翠川。当日、僕は全力で戦わせてもらう。だから……」
「安心しろ、吉備津。賭けている物が賭けている物だからな。俺が手を抜くことはあり得ない。それよりも、あっさりと詰まないように気を付けろよ」
「……。ああ、十分に策を練らしてもらうよ。じゃあ、当日に」
「ああ、またな」
こうして吉備津の事情は聞き終わった。
そして吉備津は教室の外へと出ていく。
「いやしかし……また妙な思惑の下での決闘かぁ……」
「ナル君の実力もあるんだろうけど……。今年のナル君はそう言う星の下に居るのかもね」
「ナル様。年が明けたらお祓いに参りましょうか。学園内に神社もありますので」
「そうするか。流石にちょっと食傷気味だ」
で、残った俺としては、ため息を吐く他なかった。