41:とても居づらい場所
「さて、此処がそうか」
「うん、そうだね」
さて、仮面体の機能確認をしてから数日が経った。
その後のマスカレイドの授業は普通に機能の確認と調査に努め、俺の仮面体は無事に自分の体のサイズに合った女子制服を着用出来るようになった。
で、本日は土曜日という事で、学園内ショッピングモールに来ている。
より正確に言えば、女性用下着売り場にだ。
「……。分かってはいたが、肩身が狭い感覚がする」
「ナル君の仮面体の能力なら、一度来れば、それで最低限は大丈夫なはずだから、今回は我慢して」
「そうですネ。今回ばかりは我慢してくださイ」
「大丈夫ですナルさん。ナルさんは有名人なので、何故居るかはみんな察してくれます」
目的は言うまでもなく、俺の仮面体が身に着ける女性用下着の購入である。
具体的に言えば、パンツとブラジャー。
なお、世の中には男性用のブラジャーと言うものもあるのだけれど、それは普通の男性用であって、俺のような特殊な男性の為の代物ではない。
また、男性用のパンツをあの仮面体で身に着けると言うのは……ちょっと俺の美的感覚として許容しがたいものがあった。
なので、購入そのものは致し方ないわけだ。
しかし、それならば通販で済ませても良かったのではないかと思うかもしれないし、俺も思った。
が、そこでスズがこう言った。
「ナル君。着け方や選び方は分かるの? ナル君の仮面体の性質を考えると、最初は肌触りとかを現地できちんとチェックしないと、直ぐに脱ぎたくなると思うよ。それじゃあ意味がないよね? だから行こう。大丈夫、ナルちゃんによく似合うものを、イチとマリーの二人と一緒に選んであげるから」
何一つ反論できなかった。
そんなわけで、俺は諦めて女性用下着売り場へやってきたわけである。
「いらっしゃいませ、翠川鳴輝様。ご事情は窺っておりますので、奥の方へどうぞ」
「あ、はい。すみません。ありがとうございます。わざわざ俺のために」
「いえいえ。こちらにも得があっての事ですので」
なお、女性用下着売り場に入ったところで、早々にスズから連絡を受けていたらしい女性店員さんによって奥へと案内された。
「……」
で、その奥には……本当に多種多様の女性用下着が並んでいた。
中には見ているだけで恥ずかしくなってくるようなデザインのものもあると言うか、健全な男子高校生に見せて良いのか悩むような代物も混ざっている。
「沢山の種類がありますね。サイズは?」
「事前にお聞きした通りに揃えています。ですが、念のためにこちらで改めて採寸させていただけますか?」
「お願いします。採寸したのはイチですが、プロではありませんので」
「ナル。マスカレイドしてくださイ」
「あ、はい」
ああうん、こうなればもう流されるがままにしておいて、俺は俺に似合っているかどうか、俺の美しさを引き立てているかどうか、着用していて違和感がないかだけ考えていよう。
でないと、心が擦れそうだし。
と言うわけで、俺はマスカレイドする。
するとどこからか複数人の店員さんが現れて、俺の仮面体を素早く採寸。
そして手近な下着を試着して、体を動かす事になった。
で、その結果を俺に言わせると、直ぐに次の下着に着替える。
まあうん、俺の為だから、な。
テンションを頑張ってあげていこう。
「ところで……さっきから時々ポージングをさせられて、シャッター音もしているんだが、あのカメラは何なんだ?」
「ああそれ? 購入時に聞くつもりだったんだけど……ナルちゃんが気になったなら話しちゃうね」
スズ曰く。
俺の仮面体のプロポーションが優れているのは言うまでもない事である。
それほど優れたものならば、記録しておくのは半ば義務のようなものである。
と言うわけで、俺が認めれば、下着着用中の写真と引き換えに、購入代金を大幅に値下げした上で、今後はオーダーメイドの衣装や下着を作成してくれるとの事。
そして、此処まで説明した時点で、太陽モチーフの髪飾りを付けたデザイナーさんらしい女性が頭を下げて、「是非お願いします」と、妙な圧を伴って話しかけていた。
「あーうんまあ、俺としては損する話じゃないから構わないぞ。ただ、外部には出さないでくれ。変なのの手に渡っても嫌だし」
「勿論でございます! 我が社の個人情報管理は徹底しておりますので、どうかご安心くださいませ!」
まあ、困る事ではなさそうなので、承諾した。
「あ、水園様。こちら、モデルの件についてまとめた資料となっております。お時間のある時にお目をお通しくださいませ」
「分かりました。後で目を通させていただきますね。ただ……」
「ええ、分かっています。本人の希望が第一です。でなければ女神に叱られてしまいます」
「ふふっ、分かっていてくださるなら大丈夫です」
なお、デザイナーとスズはなんか裏でコソコソと話している。
イチとマリーもそれを笑顔で見ている。
最終的には俺に是非を問うと思っているので大丈夫だと思うが……スズは一体どこまで手を広げているのだろうか。
なんだか既に学生の領分に収まっていない気配があるのだけれども。
まあ、本当に拙いのなら、教師や日本政府の方からお達しが来るか。
「うん、これがいいですね」
「かしこまりました」
その後、殆どタダのような値段で俺は女性用下着を購入。
また、スズたちも……その、普段よりも派手な下着を購入しているのが見えてしまったので、目を逸らしておく。
「それでは今後とも御贔屓にお願いいたします」
「えーと、はい?」
「ナル君。季節に合わせた衣装を準備しようと思ったら、たぶん今後もお世話になると思うよ」
「あ、はい。じゃあ、よろしくお願いします」
ああうん、季節に合わせた衣装と言うのは確かに大事だな。
毎回同じ衣装では味気がないと言うものだ。
せっかく着替える事が出来る仮面体なのだから、それを生かす方向で行くべきだろう。
「さて、これで他に用事はないか」
「そうだね。もうないはず。マリーとイチは?」
「マリーは無いですね」
「イチは……おや?」
なんにせよ、今日の用事は済んだ。
という事で、俺たちは女性用下着売り場を後にする。
するのだが、そこでイチが変な声を上げたので、俺たちはイチが見ている方へと視線を向ける。
「……」
そこには何とも言えない視線を向ける……いや、いっそ俺の事を睨んでいるような護国さんの姿があった。
周りには、他の甲判定者女子三人の姿もあるが、こちらは普通の視線を俺へと向けてきている。
うーん、護国さんはどうかしたのだろうか?
「ふーん。なるほど。護国さんはそうなんですね」
「そう言えばスズ。その件で後で話があります」
「ア、やっぱりですカ。そうですよネ」
「ん? あー……」
そして、そんな護国さんを見たスズたちから微妙に不穏な気配が漂っている。
三人がこういう態度になるという事は、そう言う事なのだろうか?
分からなくもないが……護国さんも大変そうだ。
そんな事を思いつつ、俺は三人と一緒にショッピングモールを後にした。
で、戌亥寮の自室に帰ってから気づいた。
「ちょっと待て。俺しか住んでいない部屋に女性用下着や衣装があるって、傍から見たら、かなりの変態では? 少なくとも一緒にしておくのは何か問題がある気が……」
収納について全く考えていなかった事実に。
とりあえず家具を追加注文して、届くまでは適当な箱で隔離しておくことにした。