404:アビスの祭壇
「これで完成なのか?」
「うん、完成だよ。許可ありがとうね、ナル君」
グレーターアーム小隊との決闘から数日。
『ペチュニアの金貨』周りについては色々と気になる事もあるが、特に急いで対処しなければいけない話も無い状態に俺たちはなった。
と言う事で、俺たちは練習、勉強、確認、作業と、今後の為に必要な事を特に優先順位をつける事も無く、手を付けられるものから手を付けて行く状態にあった。
「意外とかかりましたネ」
「特に知識や設計図も無い状態から始めたにしては、早いくらいかと思います」
で、今日はそうして行っていた作業の一つが完了した。
そう……。
「これがアビスの祭壇か……」
アビスを祀るための祭壇が、サークル『ナルキッソスクラブ』があるフロアの一室を使う形で完成したのである。
「なんと言うか、アビスの名前らしく深海だな」
基本的な様式としては、神社の拝殿の中に近いものがある。
と言うか、俺の地元の神社の拝殿そっくりなので、この場の作成を主導したスズが参考にした場所がそこだったのだろう。
ただ、違いも多い。
色付きの物はだいたい深藍色だし、祭壇上に置かれている物も海水が入れられた水槽である。
ちなみに水槽の中には白い岩が筒状になった物が入っていて、筒の先からは気泡が絶え間なく出ている。
俺は詳しくないので分からないが、探せば他にも色々と相違点があるだろう。
「と言っても、とりあえずの物だけどね。整えようと思えばもっとしっかりと整えられると思うけど……」
「それほどの物を作るのなら、学園を卒業した後に土地を買って建立するべきだと思います」
「うん、そうなるよね。そうなるとアビスに所縁がありそうな土地探しに始まって、その土地に先に住んでいる方々に許可を得て……と言う感じになるから、何年もかかりそうかな」
「気が遠くなりそうな話ですネ。ご利益はしっかりとありそうですガ」
と、俺の目には結構しっかりとしたものであるように見える場所ではあるのだが、スズ的には簡易的な場所であるらしい。
まあでも、この建物は学園からの借り物である事を考えたら、これくらいに留めておくのが妥当なのかもな。
「そう言えばスズ。一応確認だけど、この部屋があればアビスに捧げものが出来るようになる、だったか?」
「うんそうだよ。後は私ほどアビスとの相性が良くなくても、この部屋の中からアビスの声が聞きやすくなるぐらいはあると思う」
「なるほど」
スズはそう言うと、空っぽのお皿と木製の台座を示す。
どうやら此処へアビスへの捧げものを置けばいいらしい。
ちなみに捧げものの基本は食べ物で、現金などは置かれても困るとの事。
「となると……この部屋への立ち入りは人を限った方が良いか」
「そうだね。普段はドアに鍵をかけておいて、必要な時だけ私かナル君が鍵を開ければいいと思う」
それより問題なのは、この部屋の中だとアビスの声が聞きやすいと言う点か。
アビスの声をはっきりと聞ければ、スズのようにアビスの信徒になれる。
それだけなら、別に良いのだけど……アビスの信徒になると、スズの調合で使う黒い星やハモの『仲介』のような特殊な力を得る事になる。
特殊な力を得たならば、良くも悪くも色々と状況が変わってしまう事になるだろう。
自らが望んで、あるいは分かっていて状況が変わるならともかく、不慮の事故に近い形で状況が変わってしまうのは、アビスの信徒にとっても、アビスにとっても、たぶん良くない事だ。
そう考えると……この部屋の立ち入りは出来る限り制限した方が良いな。
まあ、基本的にはスズだけが出入りして、管理する事にすればいいか。
「ふむふむ。あ、そうなんだ。へー」
「む……」
「アー……なるほど確かにこれは感じますネ」
「ん?」
と、そんな事を考えていたら、スズがイチでもマリーでもない誰かに対して相槌を打ち始めた。
そして、それに対してイチは奇妙なものを感じたような様子を見せ、マリーは何かをはっきりと感じているようだ。
で、俺は全く何も感じていない
これは……来ているな?
「スズ。もしかしなくてもアビスが来ているのか?」
「うん。場が整ったからと言う事で見に来てくれたみたい。今から最後の仕上げをするってさ」
「そうなのか」
やはりアビスは来ているらしい。
いやしかし、本当に何も感じないな。
これまで俺と同じように何も感じていなかったイチとマリーの二人が何かを感じている点からして、この部屋の効果がきちんとあるのは間違いないのだけれど……これが個人差と言う奴か。
そんな事を思いつつも、相槌を打ちつつ何かをしているスズの姿を眺めていた時だった。
「っ!?」
明らかに空気が変わった。
元々窓に板を張って、外の明かりが入らないようにしてあった部屋なのだけれど、より一層部屋の中が暗く……そして冷たくなったように思える。
だが何よりも感じるのは……歓迎されていないと言う空気。
敵意と言うほどではないのだけれど、『なんでお前が居るんだ』と言う感じの空気を感じるのだ。
「あー、スズたちは何とも……なさそうだな」
「うん? うん、何ともないよ」
「イチも同様です」
「マリーもでス。特に何もないですネ」
「そうかー」
それほどに空気が変わったが、スズたちは特に何かを感じたりはしていないようだ。
あー、そう言えばスズが常々言っていたな。
俺はアビスに嫌われているって。
ならたぶんだが、これはアビスに嫌われているのが理由っぽいな。
「とりあえず俺は部屋の外に出るか」
「あ、私も出るよ。今やるべき事はやったから」
「ではマリーたちも出ましょうカ」
「そうですね。そうしましょう」
俺は部屋の外に出る。
この時、スズが最後に設置したらしい妙な機器付きのランプは、赤と黄色の二色で明滅を繰り返していた。
あ、うん、これは間違いなく居ますね。
俺でも分かる。