402:黒い何かの一端
「私の方はあの黒い何かが何だったのかを燃詩先輩を含む研究者の人たちに聞いてきたよ。と言っても昨日の今日だから、表面的な部分しかまだ分かっていないみたいだけど」
「それはそうだろうな」
スズの集めてきた情報は、あの黒い何かが具体的にどんな存在であったのかについてであるらしい。
直接対峙した俺の感想としては、あの黒い何かは人類に敵対的で、闇属性やアンデッドの性質を持っているとか、並外れた戦闘能力を持っているとか、そんなところだろうか。
「そんなわけだから、どの研究者も確証は無く、半ば直感的なものとして意見をくれたんだけど……」
「だけド?」
「一つ確実なのは、アレが膨大な量の魔力で構成された存在って事。それもナル君も凌ぐような魔力量でね。推定される魔力量は下限でも四千、上は万に届くかもだってさ」
「なるほど」
当たり前と言えば当たり前なのだけど、やはり黒い何かは魔力で出来た体を持っていたらしい。
そして魔力量は俺以上と言うのも……まあ、攻撃を受けた時のダメージを考えれば分かる話だな。
なにせ、俺が聖女服を着て、『ドレスパワー』と『ドレスエレメンタル』を展開して、その上で『ウォルフェン』を構えたのに、まだダメージを通してきたからな。
俺以外でアレの攻撃に耐えるのはたぶん無理だと思う。
「出現した原因などはどうなのですか?」
「燃詩先輩曰く、『推測になるが、アンクルシーズの仮面体の機能をハッキングして体を作ったのだろう』だって」
「アンクルシーズの仮面体の機能と言うと、影を操って手を生み出し、それで相手の足首を掴む。だったか」
「そうそう。その影の手を生み出すと言う部分を利用して、体とか、他の何かとか、場合によっては他の金貨が持つ魔力まで物理的な距離を無視して引きずり出した可能性があるみたい。証明はしてないみたいだけどね」
スズはそう言うが、俺としては納得がいくと言うか、直感的には正しいと感じている。
黒い何かが出て来る直前のアンクルシーズの様子は暴走と言うのに相応しいものであったし、アンクルシーズの仮面体の機能を利用していたからこそ、黒い何かが出現した後もアンクルシーズは黒い何かにくっついていたのではないかと思いもする。
「他の金貨ですカ?」
「アンクルシーズの魔力量じゃ、精魂尽き果てるまで魔力を引き出しても、あの黒い何かは作れない。けれど、事が終わった後のアンクルシーズの魔力量や心身の状態に異常が見られない。これらの点から、黒い何かは何処からか魔力を引きずり出したことになる。では、それは何処から? と考えたら、他の『ペチュニアの金貨』ではないだろうか、と言う推測になったみたいだね。当然だけど、これもまた未証明だよ」
「まあ、分かる話ではあるな。幾ら魔力がよく分からない力であったとしても、原因も無しに湧いてくるのは無理があるし」
他の『ペチュニアの金貨』から魔力を引き出してきたと言うのも……あれだけの魔力構造物を作り出しているのなら、それぐらいでないと無理はあるだろうな。
原理とかは知らない。
ついでに、これまでの金貨の使用者にそれが出来なかった理由も知らない……と、言いたいが、こっちはちょっと思い当たる節があるな。
「原因と言うなラ、今回だけ大量の魔力を引き出せたのハ、やはりマリーたちと会話をしていた誰かが原因でしょうカ」
「たぶんね。此処から先は私個人の推測になるけれど、今回の決闘ではアンクルシーズに何かが憑いていたんだと思う。で、その何かはアンクルシーズの心の隙を突くようにして暴走させ、主導権を乗っ取った。そして、アンクルシーズの能力と自身の権限を使う事で、大量の魔力によって構成された体を作り上げ、襲い掛かって来たんだと思う。つまり、『ペチュニアの金貨』には犠牲者たち以外の何かが潜んでいる」
うん、俺が思い至るのなら、スズも思い至るよな。
あの黒い何かからは、周囲を無差別に攻撃するような獣あるいは機械的な動きではなく、こちらをいたぶろう、防御を破ろう、そう言った意志のようなものがあった。
「敢えて称すなら、『ペチュニアの金貨』の意思ってところか」
「うん、そんなところだね。金貨にされた犠牲者たちが生み出す魔力のまとめ役みたいなものかな。偶然に生まれたのか、核になるような何かが元々あったのかはまるで分からないけれど」
俺は厄介だなと思いつつ、息を吐く。
結局のところ、魔力の移動以外の何物でもなく、それならスズたちが崇めているアビスもやっている事だが、『ペチュニアの金貨』の意思の場合、その行動思想は明らかに人間に対して敵対的で暴力的だ。
おまけにたぶんだが、アビスと違ってその気になれば簡単に出て来れる。
今回の決闘に出てきたのが、その証明とも言えるだろう。
「仮に後者なラ、その核に当たる部分はペチュニア関係の何かでしょうネ。それなら金貨の柄にモ、マリーが声に聞き覚えがあるのモ、全部説明がついてしまいますかラ」
「その可能性は高いでしょう。この後に話すイチの手に入れた情報も併せれば、なおの事です」
「そうなると、行動パターンの基本が子供って事になるから、危険性が更に跳ね上がるんだよね。子供って割と残酷な部分があるし」
「あー、言われてみると、それっぽい挙動も多かったな……」
そして、その『ペチュニアの金貨』の意思は子供……より正確に言えばペチュニア・ゴールドマインを基にしている可能性が高い。
傍証も揃っている感じだしなぁ。
「とまあ、私からはこんな所。とりあえず、今後の金貨関係はより一層注意を払った方が良いと思うよ。たぶんだけど、私たち四人は『ペチュニアの金貨』の意思から目を付けられているだろうし」
「そうだな」
「分かりましタ」
「そうですね。気を付けておきましょう」
まとめるならば。
あの黒い何かは『ペチュニアの金貨』の意思が、アンクルシーズの能力を利用して現れた物。
『ペチュニアの金貨』の意思は子供っぽく、それでいて凶暴で、他の金貨の魔力を距離を無視して引き出せる可能性が高い。
『ペチュニアの金貨』の意思はペチュニア・ゴールドマインに近い疑惑がある。
決闘が終わる直前の台詞からして、俺たちは既に目を付けられている可能性が高い。
うーん、二度来るなと決闘直後に言ったけれど、また会う可能性は残念ながら高そうだ。
「では最後はイチですね。イチからは昨日の決闘そのものではなく、『ペチュニアの金貨』を製造している犯罪組織の現状についてです」
「分かった。話してくれ」
さて、イチからはどんな情報が出て来るだろうな?
07/03誤字訂正