397:ナルキッソス小隊VS黒い何か
『それじゃあ遊ぶね』
「っ!? 『ドレッサールーム』からの『ドレスパワー』『ドレスエレメンタル』!」
黒い何かが聖女服に着替えたナルへと真正面から殴りかかる。
無数の腕で構成された巨大な手がナルの盾へと叩きつけられ、叩きつけられると同時に手を構成していた腕たちが駄々っ子のように動いてナルの盾を次々と殴りつける、そうして生じた衝撃の内、盾と腕の動きで防ぎ切れなかった分がナルの体に襲い掛かる。
その衝撃を受けたナルは直ぐに悟る。
聖女服の『ドレスパワー』と『ドレスエレメンタル』の効果があるからこそ耐えられるが、この攻撃の総威力はシュタールの『フルバースト』以上。
直撃すれば今の自分ですらそう長くは耐えられない。
よって、絶対にスズたちにまで攻撃を通すわけにはいかない、と。
『凄い凄い! 耐えたぁ! アハハハハッ!』
「この……っ!?」
だが、それほどの攻撃であるのに、黒い何かにとってはタメの一つすら不要なジャブ程度でしかない。
だから黒い何かは直ぐにもう片方の腕を叩きつける。
叩きつける。
叩きつける!
『キャハハハッ! お姉さん凄い! 壊れない! 壊れない! 生きているのに壊れない! なんで、ドウシテ? アタシたちと違って生きたまま壊れない! 凄い! 凄い! 何処まで耐えられるの? 教えてオシエテ教えて! 壊れるまで叩いてあげるから教えて!』
「~~~~~!?」
まるで子供が玩具の太鼓を感情のままに叩くかのようにリズムよく、けれどナルを傷つけると言う明確な害意を以って、聞いているだけで精神を不安定にさせるような笑い声を響かせながら、それと同じくらいに大きな打撃音を響かせる。
「ナルちゃん! 目を瞑り、息を止めて!」
そんな中で、調合を終わらせたスズが赤い液体入りの三角フラスコを投げる。
投げられたそれは宙に弧を描きながら飛んで行き、黒い何かの眼前で破裂する。
『ーーーーー~~~~~!?』
「「「っう!?」」」
生じたのは真っ赤な爆炎。
だがただの爆炎ではなく、真っ赤な炎は渦を巻き、黒い何かの幾つもある顔たちの目や口に吸い込まれるように伸びて、その内側で暴れ乱れる。
黒い何かは悶え苦しみ、叫び声を上げ、その叫びを聞いたものたちもまた心が揺さぶられて、思わず頭を抱える。
しかし、それでも明確な隙は出来た。
だからその間に言葉が紡がれる。
「情報共有でス! アンクルシーズの胸元に発生源と思しきものがありまス! そこから奴は湧いて出てきていまス!」
念のためにと持ち込んでいた『ドレスパワー』を発動したマリーが、黒い何かの胸元でストラップのように提げられているアンクルシーズを指さして叫ぶ。
「『同化』は効きません。けれど、一番大きな人型以外の手は、ファスでも対応可能な範囲です」
両腕が焼け爛れた状態のファスが、足元の仄かに輝く液体の外から伸びていた手を手刀で打ち払いながら話す。
「ナルちゃん! これから私とマリーで奴を仕留められるだけの物を準備するから時間を稼いで! 観客の避難と増援が来る時間の為にもお願い!」
「任された! やってみせる! ファス! 悪いが細かいのは頼む!」
「はい!」
「詠唱始めまス! マリー・アウルムの名において命じます……」
スズが幾つもの素材を鞄の中から取り出し、『サイコキネシス』によって宙に浮かべては、鞄を閉じて中身を入れ替え、再び鞄を開いて次の素材を取り出す。
ナルは右手で盾を構えつつ、左手を空ける。
そうして空けられたナルの左手にファスは自分の両腕を一度沿わせて傷を治療すると、何かを探すように適当に振り回される細い腕を打ち払っていく。
そしてマリーは十枚を超える金貨を握り潰し、自身の魔力に戻しながら、言葉を紡ぎ始める。
『!? 嫌い! その金貨は嫌い! その魔力は嫌い! そんなものが! 無ければアタシは! アタシたちは! 許さない! ユルサナイ! そんなに輝く物は要らないの! 壊してやる! 壊れちゃえ!』
マリーの詠唱が始まると同時に、黒い何かは劇的な反応を見せる。
不快な響きを伴う叫び声を上げながら、マリーへ掴みかかろうとする。
「来い、『ウォルフェン』」
『ーーーーー~~~~~!?』
そうして伸ばされた腕の真上にナルが『ウォルフェン』を出現させる。
出現した『ウォルフェン』は重力に従って勢いよく落下し、黒い何かの腕を潰して千切る。
千切られた黒い何かの腕は、本体との繋がりを断たれたためか、チリとなって消え失せる。
『邪魔をしないで!』
「展開!」
ならばと黒い何かはもう片方の手を伸ばすが、そうして伸ばされた手を阻むように『ウォルフェン』が伸ばされて、黒い何かの手を弾く。
『生きている者の分際で……アタシの邪魔をするなぁ!!』
そうして二度も攻撃を防がれたことが癪に障ったのだろう。
黒い何かはマリーではなくナルを狙うように、頭を伸ばし、口を開き、腕と顔で構築された歯と舌を露わにしながら迫る。
「ふんぬっ!」
『なっ!? 歯が!? アタシの歯が!? どうして!?』
それをナルは真正面から受け止める。
左腕を頭上に向けて伸ばし、歯と思しき部分を掴むことで、黒い何かの上顎を抑えると同時に、退けないようにする。
『ウォルフェン』に流し込む魔力を増やすことによって、黒い何かの下顎を逆に砕く。
「ぬぬぬぬぬ……」
『噛めない!? 離し……離して!』
この結果は黒い何かにとっては想定外以外の何物でもなかったのだろう。
数秒の力比べを経た後に、切断されていない方の腕をナルを掴むために回してしまう。
「ちょうどいい!」
『ーーーーー~~~~~!?』
そうして伸ばされた腕をナルは踏みつけて縫い留める。
動きを止めてしまう。
細かい腕たちは変わらず動いているが、それらはナルの服や体を掴む事は出来ても、それ以上は何一つとして出来なかった。
「準備完了。行くよ、ナルちゃん」
「おうっ、好きなだけ撃ち込め。俺なら全部耐えられるから安心しろ」
調合を終えたスズが動き出す。
十数の素材が混ぜ合わされて出来上がったそれと、スズたちの足元に広がる仄かに輝く液体……対アンクルシーズ用としてスズが開発していた調合品、影消しの液体が混ざり合う。
それだけで影消しの液体が……。
『!? 痛い!? イタイ!? 痛い!? しょっぱい!? 辛い!? 何で潮水が!? 影が!? アタシの力が通らない!? なんなのコレハ!?』
「教えてあげる義理は無いよ」
「ファスも同感です」
膨れ上がる。
膝下程度までではあるけれど、影消しの液体の嵩が一気に増して、潮風を伴いながら、舞台全域へと広がっていき、その液体に触れた黒い何かはただそれだけで悶え苦しむ。
ファスが相手をしていた細かく細い腕たちも波に飲み込まれていき、こちらはそのまま消え去っていく。
それはただ単純に水量を爆発的に増やすだけでなく、アンクルシーズの能力の起点である影を消し去り、いわゆるアンデッドに属する者たちへの特効効果あるいは傷ついた者への追撃効果を有する塩を混ぜ、更にはアビスの力を混ぜ込む事によって生半可な力では干渉すら出来ないようにした浄化の海。
全てを飲み込んで溶かしこむ、圧倒的な大洋の顕現。
そして、黒い何かの力を削ぐ陣地の構築でもあった。
「金杭、金喰いて、叶え来るは、鼎狂わす、金重のクルス、金を以って禁を為せ、金を以って奏でたまえ、彼方へと……送り返せ!」
『あ……』
そう陣地である。
その中心で詠唱し、『P・魔術詠唱』と『蓄財』の効果によって作り上げられるのは、表面に隙間なく文字が刻まれた黄金の十字架。
影のない海の中心にて光り輝くそれは、正に浄化の象徴と言う他ないものであり、黒い何かが畏れるに足るものであった。
『させるかあああぁぁぁっ!』
黒い何かの本体を構築している腕たちの一部が、人の形を崩しながら無理やりに手を伸ばす。
マリーの攻撃を阻止しようとする。
「ファスがそれを許すとでも?」
『!?』
だが、その手がマリーに届くよりも早く、ファスが『同化』によって鋼鉄の質を持たせた足を振り上げる。
影のない海も纏ったそれは、末端でしかない腕たちを容易に断ち切って消滅させるには十分な威力を持っていた。
「『ゴールドパイル』!」
『!?』
マリーの手から黄金の十字架が放たれる。
螺旋回転を描きながら飛ぶそれは、スズの海を巻き込んで飛び、ナルの『ウォルフェン』を食い破った上で纏い、黒い何かの胸元に提げられたアンクルシーズの体……その胸元へと真っすぐに飛んで行く。
そして、そこで何かを打ち砕き、アンクルシーズの体を貫き、黒い何かの体も撃ち抜いた。
『ーーーーー~~~~~!?』
そうして黒い何かは一度叫び声を上げて……。
『あ~あ、残念。今日は此処までだね。また遊んでね、お姉ちゃんたち……』
不穏な呟きを残して、黒い何かは消え去った。