395:ナルキッソス小隊VSグレーターアーム小隊 -前編
『ウォルフェン』
それは盾と言うにはあまりにも大き過ぎた。
大きく、分厚く、重く、けれど造りはしっかりとしていた。
それは正に鋼鉄の塊であった。
「ぬおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
その『ウォルフェン』へ、グレーターアームの巨大おろし金が真正面から当たる。
お互いに魔力で出来た物質であるため、攻撃が通るかどうかはお互いの力量次第。
だからグレーターアームの体は全身の筋肉に力を込めて、全力で攻撃を通そうとした。
この時のグレーターアームには小隊の仲間から幾つものバフが掛けられ、自分でも撃つ意味があるスキルは撃ち、最大限に強化をしていた。
この攻撃の威力は魔力量乙判定どころか、魔力量甲判定の決闘者と比べても遜色ないものであった。
「……」
対してナルは『ドレスパワー』と『ドレスエレメンタル』しか使っていない。
そして、今のナルが着ている上質なシスター服の『ドレスパワー』の効果は防御限定のアンデッド特効であり、『ドレスエレメンタル』は光属性以外の攻撃に対する防御バフと触れた相手を治療する事。
つまりはグレーターアームの攻撃に対して、この二つのスキルは何ら効果を発揮していないと言ってもよく、『ウォルフェン』は素の性能だけで以ってグレーターアームの攻撃に対抗しなければいけない状況であった。
「っ!?」
であるのに。
刺さらない。
グレーターアームの巨大おろし金の持つ細かい刃たちが、その一つとして『ウォルフェン』には刺さらない、削れない、通らない、動かない。
アンクルシーズのかけた『チェインバブル』が攻撃に反応して弾け、衝撃を与えてもいるのに微動だにしない。
そんな正に見た目通りの鋼鉄の塊と言う、決闘者であってもまず経験する事が無いような異様な手応えにグレーターアームは思わず目を見開く。
そして、気づく。
自分……いや、自分たちの全力を込めた一撃が、作用反作用の法則と言う至極単純な理に従って、体に返り始めている事に。
「っおおおおおぉぉぉぉぉっい!?」
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
「グレーターアーム!?」
「っう!? 『フロートアイ』!」
その事に気づいたグレーターアームは咄嗟に自身の重心を上向かせ、全身の力を抜き、返ってくる力に身を任せ、宙を舞って舞台の端まで吹き飛ばされていく。
攻撃した側が吹き飛ばされると言うあり得ない光景に観客たちは思わずどよめき、サンライザーは声を上げ、アンクルシーズは歯噛みしつつも自身の役目を果たすべく次のスキルを使う。
だが、グレーターアームの行動は正解であった。
もしも、グレーターアームが返ってくる力に抗おうとしていたのなら、自身の巨大おろし金に食われていたか、シンプルな力にねじ切られていたか、いずれにせよ、ただでは済まなかった事だけは確かだったのだから。
「このタイミングで……」
そして、これほどの異常事態が起きていても、動きが止まらないのが小隊戦と言う決闘である。
グレーターアームが吹き飛んで行く中、『ウォルフェン』の陰で肩を盾の裏側に当てて支えているナルに迫るのはチョウホウ。
その手に握る研ぎ澄まされた包丁がナルへと迫っていく。
「っ!?」
「ファスが居るのに行けると思いましたか?」
だが、その動きを咎めるようにクロスボウの矢が飛ぶ。
チョウホウはスピードを緩めないままに跳んで矢は躱すものの、そうして跳んだ先にファスの蹴りが放たれて、勢いを完全に殺される。
「このまま抑えさせていただきます」
「それはどうも……!」
そのままファスとチョウホウの一対一が始まる。
ファスの手とチョウホウの包丁が激しくぶつかり合って、金属音と火花を散らす。
一見すれば徒手空拳にしか見えないファスが撃ち合えるタネは、ユニークスキル『同化』の発展応用、手足を鋼鉄のようにすることで、撃ち合えるだけの硬さを得ていた。
そして、単純な体術と先読みで以って、チョウホウを逃がさずに捉え続ける。
これによって、グレーターアーム小隊で最も素早さと攻撃力の合計が高いチョウホウが、ナルキッソス小隊の他のメンバーを襲えないように抑え込む事に成功する。
この間にマリーたちも動く。
「『ゴールドパイル』!」
マリーの手から放たれた黄金の杭はサンライザーたちの頭上まで飛ぶと、数十の小さな黄金の杭に分かれて降り注ぐ。
降り注ぐ範囲は狭い。
けれどその分だけ、必要な詠唱も短くなって素早く放たれた一撃。
「っ!? 『ロックドーム』!」
それを見たサンライザーがスキル『ロックドーム』……スキル『ロックウォール』の変形で、壁ではなくドーム状の岩を作り出すスキルを発動。
防御を試みる。
その目論見は半ば成功し、岩のドームは黄金の杭の大半を受け止める。
だが、途中で崩れ落ちて、全てを防ぐことは叶わなかった。
「せえぇのっ!」
その隙を突くように今度はスズが調合した薬品を投擲しようとする。
三角フラスコの中には白色に輝く液体が入っており、それがどのような効果をもたらすかは分からないが、ここでスズを好きにさせれば致命的な結果になる事は誰の目にも明らかであった。
だが、スズが投擲態勢に入っているこの姿は……。
岩のドームに押し潰されて復帰中であるサンライザーには見えず。
グレーターアームはようやく舞台の上を転がり終えたところで認識できるはずも無く。
チョウホウは見えていても、ファスに妨害されていて、止める事は出来なかった。
アンクルシーズの位置からでは『ウォルフェン』で隠されて見えなかった。
「させるかぁっ!」
「っ!?」
だからこそアンクルシーズが動く。
その光景をスキル『フロートアイ』で生み出した、宙に浮かぶ第三の目で見ていた。
自身の仮面体の機能を用いて、スズの影へ干渉。
影から出現させた手によって、スズの足首を掴み、引き、転ばせる。
そうする事によってスズの投擲を妨害するだけでなく、三角フラスコの中身をスズたちが立っている場所でぶちまけさせる事に成功する。
「想定より上方修正! 強度プラス2!」
スズが叫ぶ。
実のところ、スズも妨害される事を想定していなかったわけではない。
と言うより、自身に対する妨害が飛んでくるとしたら、アンクルシーズかサンライザーからの物であると想定していた。
だから、最悪の事態に備えて、今の調合は効果を発揮するまでにもう一手順必要なものにしていた。
なので、白く輝く液体はスズの衣装を汚すことはあっても、それ以上の効果は発揮しなかった。
この場における想定外はむしろアンクルシーズの仮面体の機能の方。
アンクルシーズの仮面体の機能の力が、事前の調査通りであれば、足首を引っ張られても耐えられる算段をスズは立てていた。
しかし、現実はそうでなかったため、スズは叫んで注意を促したのだ。
こうして全員の行動が一度あるいは二度済んだ時点で、お互いのブレーンは叫ぶ。
「っう……プランBへ移行する!」
アンクルシーズは悔しさと怒りを滲ませながらも、予め決めていた次善の策へ移行する事を。
「このまま押し込むよ! ナルちゃん!」
スズは自分たちが有利と見て、当初の作戦を継続する事を。