385:グレーターアームとの会話
「久しぶりだが……実質、初めましてだよな。俺とグレーターアームって」
「まあそうだな。寮もサークルも普段の授業も被らない、同級生って繋がりしかないから、ほぼ初めましてだ」
グレーターアームとは五月の授業の決闘で戦って以来の邂逅になる。
そして、その決闘の時も交わした会話の量は多いとは言えない物だった。
よって、実質的に初対面と言っても差し支えないだろう。
なんなら俺はグレーターアームの本名も知らないくらいだしな。
なお、先日の文化祭とか、普段の教室移動とかで、ちょくちょくすれ違っている可能性は否定しない。
ボディビルサークルの人間は筋肉の鍛え具合が別格だから、直ぐに分かるしな。
「それで用件は?」
「小隊メンバーがそっちを不快にさせるような動きを見せていたから、詫びと事情説明をしに来た。要するに自己満足だな。それとあわよくばナルキッソス小隊の情報収集を少しでもしたいってのもある」
「随分と正直に話すんだな」
「こういう時はあけすけなくらいで丁度いいんだよ。変に隠したり、策を練ったりするよりは勝算がある」
どうやらグレーターアームは、先ほど俺たちの事を睨んで去っていったアンクルシーズの事をダシにして、情報を集めに来たらしい。
まあ、次の決闘相手だしな。
情報を探るのは当然……いや、俺たちの情報なら、幾らでも転がっているはずだな。
となると、詫びと事情説明も決して嘘ではなさそうだな。
「スズ」
「うん、ナル君好きにしていいよ」
スズの許しは貰えた。
と言うわけで、俺はグレーターアームとの会話を続けることにする。
「さてと、じゃあ先ずは謝らせてくれ。ウチの小隊メンバーがそっちを不快にするような真似を見せて悪かった」
「それについては別に構わない。ドライロバーやペインテイル、綿櫛なんかと比べたら、あの程度は不快でも何でもないからな。それで事情ってのは?」
「事情は……簡単に言えば、アンクルシーズは焦ってる。なにせ、入学して以来勝ち星0だからな。先日、教師の方からも説得が入ったくらいで、次のお前たちとの決闘がラストチャンスと言っていい」
「そうか」
ラストチャンス。
俺たちに勝てなければ、少なくとも俺たち相手にマトモに戦えて活躍できなければ、決闘者としての道は諦めるように、と言う事か。
「まあ、俺から言える事は何もないな。全力で戦って、真正面から撃ち破るだけだ」
「だろうな。むしろそうしてくれ。本気のナルキッソス相手にマトモにやり合えるなら、まだチャンスはあるし、それで駄目ならアンクルシーズも諦めがつく……といいな、うん」
そう言うグレーターアームの顔は何処か陰があるものだった。
これはそう言う事だろうか?
一応確かめておくか。
「あー、家の事情とか、そう言う奴か?」
「その通りだ。どうにもアンクルシーズの家も本人も、舞台上で直接戦う事に拘りがあるみたいでな……。コマンダー役を勧めた事もあるんだが、拒否された。俺の見立てじゃ、コマンダーとしてなら適性がむしろバリバリにありそうな感じなんだがなぁ……」
家の事情か。
まあ、この辺は気になったなら、後でスズたちに聞けばいいな。
それよりもコマンダーとしての適性があると言うのなら……アンクルシーズ自身は補助系の仮面体っぽいな。
むしろ、補助しか出来ない、と言う方が正しいか?
それなら勝ち星0ってのは、無くも無いと思う。
「と、悪いな。俺の愚痴を聞いてもらうような形になっちまった」
「これくらいなら別に構わないぞ。ただ、俺たちの情報を得られていないのは問題なんじゃないか? 一応、情報収集で声をかけているんだろ?」
「あーそうだった。じゃあ、情報収集は失敗だな。じゃあ、失敗ついでにこれだけは言っておくか。アンクルシーズが悩んでいるのはナルキッソスの倒し方であって、他のメンバーの倒し方じゃない」
グレーターアームのその言葉は、暗にこう言っている。
『ナルキッソス以外の三人、スズ・ミカガミ、マリー・アウルム、ファスについては倒す算段を立てられている』
紛れもなく挑発の言葉。
その言葉に俺は微笑みつつも、横目でスズたちの様子を見る。
「ふうん……」
スズは微笑んでいる。
怒ってはいないが、何も感じていない訳でもないな。
「そうですカ……」
マリーも微笑んでいる。
こちらは怒りよりも、やれるものならやってみろと言う、挑発し返すような意味合いが強そうだ。
「言ってくれますね」
イチは無表情。
口は挑発に反応するような物言いだが……たぶん、何も感じていないな。
「グレーターアーム、何処が情報収集失敗なんだ? たった一言で、当人が接触しないと得られないような情報をこっちから抜いておいて」
「はっはっは! 悪いな、ナルキッソス。それにスズ・ミカガミたちも。よく勘違いされるが、俺はこう言う奴なんだ」
「知ってる。俺との決闘の時も、言葉一つで俺を逃げられないようにしていたしな」
見事だな。
スズたちが挑発を理解できるかどうか、理解したとして表面上はどんな反応が得られるのかを、グレーターアームは簡単に取っていった。
「はぁ……。アンクルシーズもこれくらい太々しく立ち回ればいいのにな。アイツの仮面体の機能も立ち回りも、俺たちが認めるくらいに良い奴だってのに……」
それはそれとして、アンクルシーズの件は本気で悩んでいるのだろうな。
溜息を吐く姿などは、本当に悩んでいるように感じた。
「授業でぶつかる時までに仲間内で説得頑張ってくれ。俺としても、折角決闘をするのなら、実りの多いものにしたいからな」
「おう、ありがとうな。じゃ、頑張ってくるわ」
そうしてグレーターアームは去っていった。
うーん、俺たちと違ってアチラは前途多難と言うか何と言うか……大変そうだな。
とは言え。
「ナル君。対策はきっちり立てようか。挑発されたしね」
「ですネ。相手の事情なんて知った事ないと言わんばかりニ、ぶちかましましょウ。そうしましょウ」
「冷静さを失ったら、それこそ足元を掬われますので、二人ともまずは落ち着くべきだとイチは言わせてもらいます」
「そこはイチの言う通りだな。ただ、対策をきっちりと立てるのは賛成。グレーターアームもそれを望んでいるだろうしな。じゃ、『ナルキッソスクラブ』の方で話すか」
こっちもこっちで大変かもしれないが。
うーん、グレーターアームは見事に仕事をしていったな……。
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