380:ナル小隊VSトモエ小隊 -前編
「それでは只今よりナルキッソス小隊とトモエ小隊による模擬戦を行う。ルールは先に全滅した小隊の敗北、マスカレイド完了前の人物に対する意図的な攻撃の禁止のみ。つまりは実戦同様のものとする」
審判を務める徳徒の声が響く。
「それぞれの小隊のメンバーの名前を読み上げる。ナルキッソス小隊のメンバーはナルキッソス、スズ・ミカガミ、マリー・アウルム、ファス」
「ああ、それで合っているぞ」
徳徒に呼ばれて、デバイスを身に着けたナルが返事をする。
立ち位置はナル一人だけが少し前に出て、その後ろにスズ、イチ、マリーの順で横並びになっている形。
「トモエ小隊のメンバーはトモエ、アルレシャ、バラニー、サダルスウド」
「合っています」
同様に、デバイスを身に着けた巴が返事をする。
だが立ち位置は巴と大漁の二人を前にし、その後ろに羊歌が立ち、更にその後ろに瓶井が立つと言う形。
「分かってはいたが、この時点で既に小隊戦は始まっているも同然。って感じだな」
「そうですね。お互いが初手に何をしたいのか、あるいは読まれている前提でブラフを張るか。この時点で既に小隊戦は始まっていると断言してよいでしょう」
両小隊の各々の立ち位置の差は、それぞれが決闘開始後に想定している動きの差。
それが分かっているから、ナルと巴の二人は勿論の事、他のメンバーたちも、どう状況が動くかを想像しつつ、相手にそれが分からないように仲間内で共有している。
「……。楽しそうですね。ナル様」
「ん? あー……久しぶりに何も賭けていない決闘と言うか、後の事を考えずに戦えるような決闘と言うか、真っ当な決闘相手と決闘をするからかもな……」
「あ、そう言えばここ最近のナル様の決闘相手は……」
「ペインテイルもドライロバーもちょっと真っ当とは言い難いな。言動もそうだが、『ペチュニアの金貨』や『縁の緑』があったからな……」
「「「……」」」
だから、巴とナルが今している会話には時間稼ぎに近い意図もあるのだが……。
ナルの言葉にこの場に居る全員が、ここ最近のナルの決闘は確かに普通ではない決闘ばかりであったなと、何処か同情するような視線を向けずにはいられなかった。
「コホン。ナル様。模擬戦と言えども、決闘は決闘ですので、遠慮なく、全力で行かせてもらいますので。ですから、楽しみたいのなら、ナル様も全力でお願いします」
「勿論だとも。俺もスズたちも全力で戦う。だから、巴たちこそ、手を抜かないでくれよ」
「結界を展開するぞ。遠坂」
「コケッ」
巴の言葉にナルは大きく頷く。
それを見て徳徒は準備完了と判断し、遠坂の操作で結界が展開される。
「それでは全員構えて! 3……2……1……決闘開始!」
「「「マスカレイド発動!」」」
そして徳徒の合図で決闘が始まる。
結界内に立つ八人全員が一斉にマスカレイドを発動して、その姿を仮面体へと変える。
「『エンチャントワールプール』! 行くぞオラァ!」
真っ先に明確な動きを見せたのは大漁……アルレシャ。
大きく振った両手の指先から糸を放ち、伸ばすと、ナルたちを包み込むように向かわせつつ縄を編み、更にはスキル『エンチャントワールプール』によって、その網に渦潮のような水流を纏わせて、周囲へ微かに潮の匂いを撒く。
それは触れればあっという間に絡め取られて、水没させられる、無対策で受ければタダでは済まない網である。
「では~『スパークシープ』」
アルレシャの動きに合わせて放たれるのは、羊歌……バラニーのスキル『スパークシープ』。
羊型の電撃が五匹ほど生み出されると、アルレシャの網を追いかけるように駆けて行く。
アルレシャの網が纏う渦潮は海水、不純物を含む水は電気をよく通す、それを利用した、文字通りの一網打尽を狙うコンボである。
「すぅ……『ウォルフェン』!」
「「「!?」」」
だがナルたちにとって、アルレシャとバラニーの行動は予想の範疇内だった。
だから、仄かに輝く聖女服姿のナルは一呼吸分の溜めから『ウォルフェン』と言う名の盾を『ドレッサールーム』によって再現。
一拍分の時間を経て、その重量ごと再現された『ウォルフェン』は轟音を立てつつ床に突き立つ。
そして、ナルが『ウォルフェン』にある小さな持ち手を握って横へ勢い良く投げる事によって、『ウォルフェン』は横へと伸びていき、その名の通りに、壁にして塀と化す。
「っう!?」
ナルの『ウォルフェン』とアルレシャの網がぶつかり、その直後にバラニーの電撃も衝突する。
「重すぎる! ピクリとも動きやしねぇ!?」
「電気は通っていますが~、あの服のナルキッソス相手ではほぼ無意味ですね~」
「ああそうだな! この程度は幾らでも耐えられる!」
海水と金属製の盾を通して、電撃がナルの体にまで伝わる。
だが、電撃はダメージにはほぼならない。
網そのものについても、『ウォルフェン』に阻まれて、ナルの後ろに居るスズとマリーの下にまでは届かなかった。
「今です!」
「っ!?」
そうして、アルレシャとバラニーの初撃が止められたところで、他のメンバーも次々に動き出していく。
ユニークスキル『同化』と仮面体の機能で以って姿をくらませていたファスは、その手に持ったボウガンをバラニーに向けて発射。
放たれた矢を躱すべく、バラニーはその場に倒れるように動く事となった。
「そこですか、ファス!」
「くっ!?」
攻撃の為に姿を現したファスへ、トモエが薙刀を振り下ろす。
ファスはそれを回避するが、ファスの回避に合わせるようにトモエは更に攻撃を放っていき、逃げる事と姿を眩ませる事を出来ないように、その場へ留めさせる。
「チャージよし、発射ぁ!」
「スズ! マリー!」
サダルスウドが持つ水瓶型の大砲から、水の砲弾が放たれる。
その軌道はナルが展開した『ウォルフェン』に阻まれずに、スズとマリーの近くに着弾、爆発によって二人を巻き込めるもの。
「間に……合ったっ!」
「うわっ!?」
その砲弾を迎撃するように、スズがマスカレイド完了直後から調合を開始して、完成させた物体……袋状の物を投擲。
水の砲弾と袋状の物体がぶつかり合う。
砲弾が衝突に反応して爆発し、袋状の物体も何故か中身をまき散らしながら爆発。
結界内に居る全員が感じるほどに強い風を生み出すと共に、周囲から微妙に圧迫されているような感覚をそれぞれに覚えさせる。
「マリー・アウルムの名において命じます。金杭、金食いて、仮名を麦とす。金失って鉄。杭挽かれて粉。得た火名は爆発。金の穂よ開けて火口となれ。『ゴールドパイル』」
そして、ここで決闘開始から今に至るまで、スキル『P・魔術詠唱』の力とユニークスキル『蓄財』で作り出した自身の金貨の力、その両方を活用して、自身の攻撃の威力を高めていたマリーが動く。
マリーの目の前に一本の黄金色の杭が現れ、それが麦のように一度変形し、そこから更に粉へと変化していき……粉の間で火花を作り出す。
「ナルちゃん!」
「分かってる!」
「……」
スズとマリーの間には、スズが袋状の何かと合わせて作っていたものが撒かれていた。
ナルは『ウォルフェン』を消すと、後ろに跳んで網を避けた後に、その場へ伏せていく。
ファスはトモエとの攻防を無理やりに切り上げると、『同化』の調整をしつつ、トモエから距離を取る。
「アルレシャ! パターンB!」
「おうっ!」
「わわわっ!? 『プロテクトアップ』!」
「これは……」
バラニーが緊張感を伴う声を上げ、その声に応えるようにアルレシャは自分たちの周囲に糸を巡らせていく。
サダルスウドとトモエも、結界内に満ちるただならぬ気配を察して、その糸の内側へと入り込む。
そうして糸の壁が出来るか否かと言う刹那で……。
「ボンっ、ですヨ」
結界内は爆発で埋め尽くされた。