369:ペチュニアの蓄財
「それほどですカ。ちなみニ、その例えだとマリーたちゴールドの一族はどうなりまス?」
『そうだな……マグマのような天然の溶鉱炉を勘と経験則と個人の資質に合わせて使いこなし、偶然ではあるが鍛冶を出来るようになった一族。と言うところだな。そちらも一族の者に自分の技術を伝える事は出来ても、一族の外には完璧に伝えられない辺り、評価としてはこんな所だろう』
マリーの言葉に燃詩先輩が答えている。
それを見つつ、俺は少し考える。
自虐的な物言いだったが、あの燃詩先輩が自分の事を『簡単な道具の調達と調理しか出来ない猿』と評した。
マリーたちゴールド一族の事は『偶然であるが天然に存在するものを利用して鍛冶が出来るようになった』と評した。
これは火に関係する技術を扱う力と、魔力に関係する技術を扱う力を並べて例えた話だよな。
そうなると……俺たち普通の人間は『肉を焼く事しか出来ない猿』とか『火を熾すことも出来ない猿』とか評されそうな感じだな。
うん、絶対にトラブルを招くセリフだから、口には出さないでおこう。
今重要なのは、ゴールド一族の『蓄財』はとてつもなく遠い技術だと言う事だ。
『まあ、これはものの例えだ。実際の所、どれぐらいの早さで魔力関係の技術が進歩していくのかは、吾輩には分からん。資料が60年ちょっとの分しかないし、前提となる技術をどれだけ解き明かしているのかも分からないのだからな。もしかしたら、吾輩よりも天才な誰かが明日には全てを解明している可能性だってある』
「それはないんじゃないかなぁ……」
「うん、俺もそう思う」
そして、その遠さは燃詩先輩にも遠いこと以上は分からないほどに遠い。
これが一朝一夕でどうにかなるとは、ちょっと思えないな。
「なるほど~。しかし~、それほどに離れている技術なのに~『ペチュニアの金貨』と言う粗悪で劣化な模造品はあるんですね~」
『そうだな。だが、ゴールド一族の『蓄財』で作られた金貨と、今出回っている『ペチュニアの金貨』と言う名の偽物は、制作工程も何も別物だ。金と黄鉄鉱ぐらいには差がある』
「金と愚者の黄金ですか~。原子レベルで別物って事ですね~」
と、ここで羊歌さんが燃詩先輩に疑問を投げかける。
ただこれは……ワザとだろうな。
羊歌さんは色々と知っているはずだし。
となるとだ。
「スズ。もしかしなくても燃詩先輩は『ペチュニアの金貨』の解析をしたんだな」
「あ、うん。そうだよ。尾狩参竜の関係先から押収したものを数枚貰って、解析したみたい。私が差し入れを渡しに行った時に偶々その場面に居合わせたんだけど……渋面としか言いようのない顔をしてたよ」
やっぱりか。
と言うか、マリーの『蓄財』の解析を今更試みた理由も、『ペチュニアの金貨』との比較とかが理由だな。
そして、今この場に居るのは、関係者が学園の上層部に関わりがある人物が大半。
うん、どういう話になってもおかしくは無いな。
『全くの別物だとも。マリー・ゴールドケインが『蓄財』で作った金貨は、物質としてその場に存在し、破壊されない限りはこの世に残り続けるが、それでも本質は魔力の塊だ。そこに変わりはない』
「それはその通りですネ」
『対して『ペチュニアの金貨』は何処まで行っても物質だ。金貨の中に魔力を生み出す何かがあって、生み出された魔力を所持者が利用できるようにガワで変質させている物体。中の何かが力尽きたり、ガワを壊されれば、それで終わりの物体だ』
そう言えばマリーの金貨は砕いて魔力を放出したら、それで消えていたな。
対して『ペチュニアの金貨』は砕かれても砂になって、その場で残っていたように思える。
確かに全くの別物だな。
『……。そうだな。いい機会だから、話しておくか。既に国の方にレポートは挙げてあるが、『ペチュニアの金貨』の中身についてはおおよそ解析が終わっている』
「そうですか~。それで中身とは~?」
『人間。それも、生きたまま、拷問のような加工を経て、こんな姿にされた人間だ。どうすればこんな事が出来るのかは分からなかったが、金貨の中に収められた状態でも魔力的には生きていて、魔力を生み出している。口にするのも悍ましいとは、正にこの事だ』
「「「……!?」」」
「「「……」」」
燃詩先輩の言葉に対する反応はだいたい二通り。
何も知らなかったから明らかに動揺している人間と、俺のように予想が出来ていて動揺が少ない人間。
まあ、ペインテイルにドライロバーの状態を見ていれば、そのレベルでろくでもない代物である事は容易に想像が付く事なので、驚きはしない。
全く衝撃が受けない訳でもないけれど。
『山統、麻留田、それに先生方。吾輩としては、国の指示を待たずに『ペチュニアの金貨』は強制回収するべきだと提言させてもらう。以前の周知と手放しの勧めでは回収できなかったからな』
「そうだな。そうするべきか……」
さて、学園内にある『ペチュニアの金貨』をどうするかは、早速話し合いを始めた先生方に任せるとして。
それよりも俺が声を掛けないといけない相手が居る。
「マリー」
「マリーは当然ながら断固反対派ですヨ。そんなものにペチュニアの柄を使われている事なド、許容できるはずがありませんかラ」
「ま、そうだよな。となれば、いざとなったら決闘か?」
「ですネ。所有者の安全の為にモ、回収を拒否するなラ、決闘で無理やり奪ってしまうのも一つの手だと思いまス」
マリーの怒りは御尤もとしか言いようがない。
俺だって同感だしな。
と言うか、二重三重に喧嘩を売られているようなものなので、可能なら製造元を直接叩き潰したい気持ちすらある。
「ナル君、マリー。学園内についてはそれでいいけれど、学園外については私たちに出来る事はたぶん何もないからね。それは分かっておいて」
「スズの言う通りです。相手は恐らく外国の犯罪組織。それも複数の国に根を張っている巨大な物です。むしろ、イチたちが何か出来てしまう状況が出て来る方が拙いです」
「分かってるって。俺の話は学園内限定だ」
「理解はしてまス。動く人たちを後押しする為に声を上げ続けるだけでス」
まあ、この件についての行動方針はこれしかないな。
所詮俺たちは学園の一生徒に過ぎないのだから。