368:マリーの『蓄財』
『それでは只今より、マリー・ゴールドケインによる『蓄財』の実演。及びその記録と解析の実験を行う』
文化祭が終わってから数日。
今日の俺たちはサークル『ナルキッソスクラブ』が入っている建物の一階にあるスタジオに、燃詩先輩の指示通りに機械やカメラを設置。
そして、マリーのユニークスキルである『蓄財』がどのように行われるのかを見学する事になった。
スタジオ内に居るメンバーはマリー、俺、スズ、イチの『ナルキッソスクラブ』の四人に加えて、巴たちに、風紀委員会と生徒会の一部メンバーに、教職員も少なからず居る。
ちなみに燃詩先輩はいつも通りのリモート参加である。
「さテ、普段よりもゆっくりと丁寧にやっていきましょうカ」
このように沢山の人間を集めて実験を行う経緯は……俺は詳しい事を知らない。
ただ、先日の巴の誕生日の際にスズと羊歌さんの間で何かやり取りがあり、その関係で一度マリーの『蓄財』を解析しておきたいという話になり、それならば折角だから呼べる人は呼んで、皆で見ようと言う事になったらしい。
なお、普通のユニークスキルならば、よほど親しくない限りは詳細を秘匿するものであるのだけど……ゴールド一族の『蓄財』については、むしろ本人たちが『解析できるならしてくれ』『マトモな人間に見られる分には構わない』と言うスタンスであるため、今回のように特定の人を呼んで見せる分には問題は無いそうだ。
「……。では始めまス」
「始まるか」
「みたいだね」
マリーが腰ぐらいの高さの机の上に両手をかざす。
手と手の間には十数センチ程度の空間が開けられていて、手のひら同士を向き合わせている。
「第一段階……『滞留』開始」
「「「……」」」
マリーの呟きと共に、マリーの両手から魔力が放たれて、手のひらの間に濃密な魔力が集まっている事を俺は感じた。
ただ分かるのはそこまでだ。
それ以上は分からない。
周りに居る生徒は……俺と同じように何かを感じている人も居れば、何も感じていないように見える人も居るな。
既に体験の個人差が生じているようだ。
「第一段階……完了」
「「「おおっ……」」」
そして、魔力が放たれ続ける事……たぶん十分くらい。
気が付けばマリーの魔力が集まっていた空間に直径数センチ程度の金色の塊が出現していた。
その事実に、何人かが思わずどよめきと感嘆の声を上げている。
「第二段階……『成形』開始」
「縮んでいく……」
「なるほど。このタイミングで模様を付けているんだね」
マリーが左手を少しだけ動かす。
それに合わせて金色の塊がゆっくりと回転し始める。
マリーが右手を動かす。
それに合わせるように金色の塊が少しずつ凹み、縮み、萎んでいく。
そうして親指と人差し指で作った輪の内側に収まる程度の大きさと厚みを持ったコインの形へと近づいていき、合わせて、いつもの金貨と同じようにマリーゴールドの花と杖がの模様がそれぞれの面に刻まれていく。
「第二段階……完了」
やがて回転が止まる。
見た目には既にいつもマリーが使っている金貨と同じ状態だ。
ただなんとなくだが、表面……いや、存在と言うべきだろうか、何かがブレているように感じる。
とりあえず、この時点で既に開始から三十分以上は確実に経っている。
「第三段階……『固定』開始」
「まだあるのですね」
「はい。そして、イチの感想としては、此処が最も重要な点だと思っています」
再びマリーが手を動かし始める。
合わせて金貨が乱回転する。
マリーの手からは変わらず魔力が放たれているが……具体的に何をしているのかは俺には分からない。
分かるのは魔力が放たれているという、このただ一点のみだ。
「第三段階……完了。完成でス」
そうして実験開始からおよそ一時間ほど経ったところで、完成したらしい。
第二段階完了時点では感じたブレのようなものが無くなった一枚の金貨が、机の上に落ちて、転がり、直ぐに止まった。
「ハー、やっぱり人の目に晒されていたリ、普段とは違う環境でやったリ、ちょっぴり気合いが入っていたりするト、品質は良くならないくせに疲れますネ」
「お疲れ様、マリー。はい、お茶」
「そして椅子も用意してあります」
「ありがとうございます。スズ、イチ」
マリーが疲れたと言いながら、イチが用意した椅子に座り、スズが用意したお茶を飲む。
その様子を見て、自然と力を込めて見てしまっていた俺たちも気が抜けて、緊張を解していく事になった。
ただ、マリーが疲れているのは本当の事なのだろう。
普段よりも体幹などに力が入っていないように感じる。
「さて燃詩先輩。以上がマリーの『蓄財』でス。細かい部分は人によって異なるかもしれませんガ、おおよその所はゴールド一族なら誰でも一緒のはずですヨ」
『協力に感謝する。マリー・ゴールドケイン。おかげで極めて貴重なデータを手に入れる事が出来た』
とりあえず無事に実験は終了だな。
この先の解析については、燃詩先輩の仕事となるだろう。
で、折角見せて貰ったのだから、俺としては何か得るところがあって欲しいのだけれど……。
「マリーが魔力で色々やっているんだなって事しか分からなかった。後は工程が複数ある事と、時間が結構かかる事くらいか?」
「ナル様。私も同じような物です。ただ、これだけの技術が用いられているなら、ゴールド一族の金貨が貴重な物として扱われるのは納得です」
うん、マリーには申し訳ないのだけれど、何をやっているのか、その詳細についてはまるで分からなかった。
それは巴も同じようで、俺と同じように頷いている。
やっている事は分かるのだけれど、やり方は分からないという、とても不思議な状況である。
「出来ると思うか?」
「いや全く。何をしているのかも分からん」
ただこれでも周囲の生徒よりはマシらしい。
全く訳が分からんと言う表情をしている生徒も少なからず居るからな。
『さて、直ぐに解析できる範囲で解析した感想を言わせてもらうならばだ』
では本命とでも言うべき燃詩先輩の感想は?
『これは無理だな。吾輩たちが現在保有している技術からあまりにも遠くに離れている。これを解析して使えるようにしろと言うのは、簡単な道具の調達と調理ぐらいしか出来ない猿に鉄で鍛冶をしろと言っているようなものだ』
ちょっと分かりづらいが、お手上げ宣言以外の何物でもなかった。
そうか、燃詩先輩でも無理なのか……。
じゃあ、俺に分かるわけも無かったな。