362:ナルVSドライロバー -終編
「さて、トドメだな」
ナルは油断なく盾を構えて、ドライロバーを見下ろす。
そして、どうやってドライロバーにトドメを刺すかを……出来る限り確実で安全な方法を考える。
「シセット! テメェ何してやがる! 寝ているんじゃねえぞ!! 早く俺の事を助けろぉ!」
対するドライロバーは自身を舞台の床に縫い留めている矢の矢羽根部分を掴もうとしつつ、大きな声で喚き散らす。
その視線はナルに向けられているが、矢羽根を上手く掴む事も、舞台の方を壊して脱出する事も思いつかないなど、動揺している事は明らかだった。
「わ、分かっているのかナルキッソス!」
「ん?」
だがそれだけではない。
今のドライロバーは『ペチュニアの金貨』が部分的に壊されたことによって、正気を失っている。
ドライロバーの持つ『ペチュニアの金貨』は既に限界を迎えつつあるのか、次々に壊れ、砕け散り、砂のような形に分解されつつある。
そして、まるで『ペチュニアの金貨』の変化に合わせるかのように、ドライロバーの体もひび割れ、震え、力が入らなくなりつつある。
マスカレイドを維持するに当たって周囲へと放出してしまう魔力の量が増大しつつあることも考えれば、ドライロバーの限界が近い事は明らかだった。
「俺は国内最強……いや、有数の決闘者なんだぞ! その俺が一年間マスカレイドを使えなくなるという事がどれほどの損害を生むと思っている!? 純粋な金額だけで言っても数億! 場合によっては兆の単位の金が絡む案件だってあるんだ! お前はそれだけの被害を俺の関係者にもたらすことになるんだぞ! 路頭に迷うどころじゃない! 首を吊る奴だって幾らでも居るはずだ! それがどれだけの悲しみを生む事になると思っている!?」
だからドライロバーは脅迫をする事にした。
自分が負ければ、これだけの不利益を被る事になる。
これだけの不利益を与えた人間として、周囲に認識される事になる。
だから、自分が力尽きる前にナルがマスカレイドを解除しろ、お前が負けろ、と。
「……」
そんなドライロバーに対して、ナルは少しだけ考えて……。
トモエにだけ聞こえるようにコマンダー席の機能を使って会話をする事にした。
「トモエ、魔力の残りはまだ大丈夫か?」
「大丈夫です。何もしないのであれば、十数分程度は維持できます」
「そうか。じゃあ、悪い。不快に思うかもしれないが、待っててくれ」
「分かりました。私としては、上も含めて、見直す良い機会だと思いますので、どうかナル様の思う通りにしてください」
そしてナルは決めた。
ある意味では最も残酷な倒し方をする事に決めた。
「そうして被害者が生まれれば、そいつらはお前の事をどう思う!? お前はそいつらの事をどう思う!? ガリガリにやせ細った……」
「ドライロバー」
「っ!?」
ナルはドライロバーに魔力を含んだ声をかける。
それだけでドライロバーは喋るのを止め、体を震えさせる。
既にどちらの格が上なのかは、誰の目にも明らかだった。
だから、ドライロバーをどうするもナルの自由だった。
ナルが選んだトドメの方法は……。
「魔力切れで力尽きるまで、そこで好き勝手喚いていろ。お前と付き合いがあったクズ共が、お前との繋がりの証拠を消す時間を稼いでやれ。どうせ、お前が飛ばされる先の控室には、既に警察が大挙して押し寄せているだろうからな」
「ひっ……」
放置する事。
勿論、ただ放置するのではなく、この後に自分がどうなるのかも、早々に諦めればどう思われるのかを示した上で。
「ふ、ふざけるんじゃねえ! なんだその倒し方は! 俺は国内最強の決闘者だぞ! ドライロバーだぞ! その俺を……マスカレイドが維持できなくなるまで放置して殺すだと! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなっ!! それにどれだけの時間がかかると思っている!? 俺にそれだけの時間、醜態を晒し続けろと言うのか!? 仮面体が魔力不足で駄目になる惨めな姿を晒せと言うのか!」
「……」
「止めろ! そんな目で俺を見るんじゃねぇ! 有象無象共が俺の事を蔑むんじゃねぇ! ちくしょう! 俺に、俺に自分で諦めろだなんて、自分から決闘を諦めるだなんてそんな無様な真似をさせるんじゃねぇ! 俺は決闘者だぞ! 決闘者なんだぞ! トドメを刺さないなんてふざけるな! そんな振る舞いを決闘者がする事が許されるとでも思っているのか! これは決闘の放棄だ! 放棄しているのはナルキッソス! お前の方だ!!」
「……」
「嫌だ! いやだ! イヤだ! どうして俺がこんな目に遭わなければいけない! 俺が好き勝手出来ていたのは俺だけじゃなくてアイツらの力でもあるだろうか! なのにどうして俺にだけ責任を押し付けられなければいけないんだ! こんなの道理に沿っていない! 理不尽だ! 俺だけが罰を受けるなんて嫌だ! チクショウ! こうなれば奴らの名前を言ってやる! 俺が破滅するのなら、お前らだって道連れだ! 俺だけが馬鹿を見るなんてふざけるな! 俺は勝者なんだ! 強者なんだ! 好きにさせてきたのはお前らの方じゃねえか!」
「……」
ドライロバーが名前を叫び出す。
政治家を、企業の役員を、反社会組織の人間を、決闘者を、地方の名家を、国家を。
その名前の幾つが本当にドライロバーと繋がりがあった名前なのかは分からない。
だが、この場に居るものが震えると同時に蔑みの目を向けるには、ドライロバーの叫びは十分すぎる物だった。
「止めろォ! 俺は悪くない! 悪くない! 悪くない! 負けてなんていない! これは再起の為の……そう、撤退だ!」
それらの蔑みの目に耐えられなかったのか、ドライロバーは遂に自身の側頭部に手をやると、自発的にマスカレイドを解除しようとした。
「は?」
「ん?」
だが、解除は出来なかった。
マスカレイドを解除すると言う、出来て当たり前のコマンドが機能しないように改造されていた。
「なんで、なんで! なんで!? マスカレイドを解除できない!? どうして解除の為の設定が弄られている!? 俺のデバイスを弄れる奴なんて……」
ドライロバーは思い出す
自分のデバイスは『ペチュニアの金貨』を効率的に扱えるようにと、学園に来る直前に一人の人物……ハモによってメンテナンスされていた事を。
「ハモオオオオオオォォォォォォッ! テメェが! お前が裏切り者だったのか!? ふざけるなぁ! 切り捨てるのは俺であって、お前じゃねえだろうが!? お前は俺に対して何の怨みも無いだろうが!? 金か!? いったい何処のどいつにどれだけ積まれやがった!? ちくしょうがぁ! こんな決闘は無効だ! 卑怯者が好き勝手しやがっているぞ! 女神は一体どうしてコイツらを見過ごしている!! どうしてどいつもこいつも俺の事を見捨てやがる! 俺の事を散々利用していやがった癖によぉ!! 俺は……っ!?」
「ようやくか」
その事実に伴う衝撃がトドメとなったのかは分からない。
だが、ドライロバーの体が硬直し、指の先からひび割れ、砕け散り始める。
「い、嫌だ! 頼むナルキッソス! 助けてくれ! お前の事を奴隷になんてしないから! なんなら俺が奴隷になるから! だから助けてくれ! 俺がここで負けて魔力を失ったら、俺は三日と生きていられない! お前は善良な人間なんだろう! 助けてくれ! 頼む助けてくれ! 助けろと言っているだろうがああぁぁっ!!」
「……」
ドライロバーは聞くに堪えない、命乞いの体すら為していないような命乞いをナルに向かってし始める。
それに対してナルは少しだけ考えて、口を開くことにした。
「お断りだ。お前の顔なんて二度と見たくない。俺の見えないところで吐けるだけ吐いて、とっとと処分されてろ。クソ野郎」
口元は笑顔で、目は一切笑わず、一切の油断なく構えたままに。
「ーーーーー~~~~~……!」
そうして遂にドライロバーの魔力は尽き、その姿は舞台上から消え去った。
『決着! 長い長い決闘を制したのは……ナルキッソスとトモエ!』
そして、ナルとトモエの勝利が告げられて。
「お疲れ様です。ナル様」
「トモエもお疲れ様。悪かったな。不快なものを見せて」
「いえ、これは必要な事だったと思いますから」
二人はお互いの健闘を称えた。