361:ナルVSドライロバー -後編
「隠します。『C・煙幕生成』」
シセットのコマンダー用スキルによって、斧を構えたドライロバーの姿が濃い煙の中に消えていく。
そして、ドライロバーの姿が煙の中に消えると共に始点を変えつつ、煙幕が複数回生成されて、舞台上の全てが煙に覆われて隠されていく。
観客にまで届くのは煙の中で何かが動く微かな音のみとなり、それはナルとトモエもまた同様。
彼らの視界は完全に潰されてしまった。
「『クイックステップ』からの……『ホリゾンタルスイング』!」
それほどに濃い煙の中を、シセットのコマンダーとしてのパッシブ能力として暗視能力に近い力を得ていたドライロバーは難なく駆ける。
駆けて、足音を消し、逆に少しだけ出し、使い物にならなくなった金貨を投げてずらし、音でも自身の位置を掴めないように消していく。
そうして自分の位置を分からなくしたところで、ドライロバーは可能な限り小さな声で以ってスキルを発動し、ナルに向かって跳びかかり、斧を真一文字に振るう。
「決まっ……」
ドライロバーは背後からナルに襲い掛かっていた。
『クイックステップ』の加速、『ハイストレングス』の筋力強化、『エンチャントダーク』による威力の上昇、『ペチュニアの金貨』から引き出した魔力、『ホリゾンタルスイング』による威力の上昇、『ピンポインター』による一点集中、『エグゼキューション』による急所への攻撃の補正、自身の仮面体の機能による頸部への攻撃の補正。
全てが噛み合わさった、ドライロバー自身にとっても最高と言い切れる一撃。
それが盾も構えずに煙幕の中で棒立ちしていたナルの首に向かっていく。
ドライロバーは勝利を確信した。
相手は気づいてもいない、確実にこの攻撃は決まる、と。
「盾よ」
「っ!?」
それを阻むようにナルの盾が何処からともなく、角度を付けた状態で現れる。
ドライロバーの斧の刃が滑らされていく。
首ではなく、ナルの頭へと向かっていく。
ナルが反応して見せた事実にドライロバーは驚きつつも、動きを緩めることは無かった。
首に当てた時ほどの威力は出なくとも、頭ならば十分即死させられるだけの威力が出せるのは分かっているからだ。
だから、ドライロバーはそのまま刃を滑らせていき……振り抜いた。
「そこか」
「………………………………は?」
そして呆然とした。
斧を振り抜いたのに、ナルの頭は切れていなかった。
それどころか、砕け散っていく黒い何かが、視界で舞っていた。
それは……ドライロバーが持つ斧の刃だった。
「なん……で……」
ナルがドライロバーの方へと、ゆっくりと振り向く。
頭に付いた僅かな切り傷を消し去りながら、ドライロバーの頭に手を向けつつ、ゆっくりと、そう、ゆっくりと向き直る。
向き直って。
「救いを求めるものには機会を」
本当に軽くドライロバーの頭を押して弾く。
威力など欠片もない、本当にただ押して、今のナルが纏う癒しのオーラをドライロバーの体へと流し込むだけの行動。
本来ならダメージなど一切生じるはずもないはずの行動。
だが、『ペチュニアの金貨』を……所有者に怨嗟の声を囁きつつ魔力を回復する許されざる物質を所有しているドライロバーにとっては、最も厄介な行動だった。
「ーーーーー~~~~~!?」
ドライロバーが叫び出し、ナルは離れていく。
それはペインテイルの時にも見られた暴走現象。
ナルの行動によってペチュニアの金貨の中に居る何かから微かな善が抜けて、その分だけ悪の濃度が増していく。
瞬間的な力は増す代わりに理性を失い、結果として致命的な弱体化をもたらす。
この時、ドライロバーの目線では、自身に向かって無数の怨霊が叫び声を上げ、睨みつけ、齧りつき、掴みかかってきていた。
尾狩参竜と言うドライロバーの中身である人間自身に対して、不可逆的な変化をもたらそうとしていた。
これまで奪い続けて来た男が、全てを奪われそうになっていた。
「舐めるなああああぁぁぁぁぁっ!」
「……。流石はドライロバーってところか。ま、そうでもなければ、スズたちから教えてもらったような事を出来るはずもない、か」
だがナルが狙う通りにはならなかった。
ドライロバーは叫び声を上げるも、ペインテイルのように姿を変える事も無く、煙幕の中から姿を現す。
「俺はドライロバーだ! 俺は奪う側だ! 奪われる側であるお前らがどれだけ居ようが、俺には敵わねえんだよ! ピーチクパーチク騒ぐんじゃねぇ! 従え! 従え! 負け犬どもは黙って俺に従って貢いでいればそれでいいんだよぉクソ共がぁ!! 分かるか! 俺こそが最も強い決闘者なんだ!!」
姿を現したドライロバーは叫びながら、砕け散った斧の刃の代わりに怨霊たちを集め、押し固めて、刃のようにする。
兜の隙間から涙のように血を流しながら、視線だけで射殺さんとするほどにナルを睨みつける。
その目に善性と正気はなくとも、理性は残していた。
『ペチュニアの金貨』の機能を壊すことによって、ナルが容易に勝利を収める事は出来なかった。
「……」
その事を悟ったナルは無言のまま立つと、盾を構え、首と頭と盾に集められるだけ魔力を集めていく。
それは先ほどのドライロバーの攻撃を防げた理由の一つ。
攻撃が当たる部位に魔力を集中させる事による防御能力の増大。
ドライロバーが何処に攻撃してくるか分かっているからこその対処法。
だが、この動きをドライロバーが察する事は出来ない。
ナルの内側で完結していて、外には一切出ないこの魔力の動きを感知できるような、魔力感知技術をドライロバーは持たないからだ。
「むかつく目を向けるんじゃあねぇ! ナルキッソス!! シセエエエェェェット! 死ぬ気で隙を作り出せ! 出来なきゃ、ぶっ殺すぞ!!」
「っ……かしこまりました」
ドライロバーが駆け出す。
先ほどの一撃と同じかそれ以上の力を斧へと込めつつ、ナルに向かって駆けて行く。
「トモエ。頼むぞ」
「はい、ナル様」
対するナルは盾を構えたまま動かない。
真っすぐにドライロバーを見据えて動かない。
「くたばれええぇぇっ! ナルキッソオオオオォォォォォス!」
ドライロバーが斧を振り始める。
「……」
ナルがドライロバーの斧の動きに合わせるように盾を動かしていく。
そして、二人の得物がぶつかり合う直前に。
「『C・転移』三連。これで私は限界です。ドライロバー」
「っ!?」
ナルの両足目掛けて何処からともなく飛んできたナイフ、合わせて三本が突き刺さり、その身を強張らせる。
それはシセットの攻撃。
コマンダー専用スキル『C・転移』を用いた、コマンダー席からの一方的にして不可避の攻撃。
それもユニークスキル『同化』を乗せる事によって、ナルの表皮程度ならば難なく貫ける透過能力を持たせた攻撃だった。
しかし、大量の魔力を消費するため、アビスの宝石によって魔力量を倍にしてもなお、一度行えば魔力切れとなり戦闘不能が確定する動きでもあった。
「ヒハハハハッ! 死ねえええぇぇぇっ!」
「ぐっ……」
だが、それほどの攻撃であったために生み出されたナルの隙は大きく、ドライロバーの攻撃はナルの盾にぶつかり、食い込んでいき……。
「『精錬』『エンチャントフレイム』『C・門生成』」
それ以上には進まなかった。
「は?」
「流石トモエ。助かった」
その前にドライロバーの腹を赤い光線が焼き貫き、その身と斧を別方向へ吹き飛ばした上で、体を決闘の舞台の床に縫い留めていた。
「上手くいって良かったです。ナル様」
放たれたのはトモエの攻撃。
ユニークスキル『精錬』によって効果を高めた『エンチャントフレイム』を乗せた矢を、『C・門生成』と言う『C・転移』と同じようにコマンダー席から舞台上へと直接干渉するためのスキルを用いて、ドライロバーへと放っていた。
その攻撃は『ペチュニアの金貨』の暴走によって周囲への注意が疎かとなり、ナルほどの防御能力を持たず、ナルの盾との衝突によって動きを止めたドライロバーへと的確に突き刺さり、有り余るほどの威力は鎧を貫き、体を吹き飛ばし、縫い留めて動けなくさせるには十分過ぎる物だった。
「さて、これでもう動けないな。ドライロバー」
「何が、何が起きやがったああぁぁっ! ふざけんなぁ! ふざけるなああぁぁっ!」
ナルはナイフを抜き、傷を治した上で、喚き散らすドライロバーの事を見下ろす位置に立った。
『C・門生成』
コマンダー専用スキル。
コマンダー席と舞台の間にある結界に一時的に穴を開けるスキル。
穴を開けているので、舞台側からコマンダー側へ干渉する事も可能。
構造が簡単な分だけ、魔力消費も少ない。
『C・転移』
コマンダー専用スキル。
コマンダー席から舞台上の任意地点へと指定物をテレポートさせるスキル。
一方的な干渉を行えるが、転移地点の指定難易度の高さや消費魔力の大きさには注意が必要。
マリー、トモエ、イチが使うには『C・門生成』のが使い勝手が良好です。
スズが調合した物を飛ばす分には『C・転移』のが向いています。