36:決闘者とは何か
決闘者とは何か。
そもそも決闘とは、古くから人類の間で行われてきた、様々な目的を果たすべく当事者同士が納得したルールの下で行われる戦いである。
決闘に際して使われる武器もまた、当事者同士が納得したものでなければならない。
そして現代では、女神がもたらしたマスカレイドと言う技術を武器として用いて戦う事であり、通常の法律や条約、交渉などでは解決できないような案件を解決するための手段である。
勿論、このような手法は非常に暴力的で、短絡的で、二度の世界大戦を経て得た教訓を無碍にするようなものとして、一部の人間からは大いに嫌われているものである。
が、女神に言わせれば、『世の中にはどうあっても話し合いでは解決せず、長引かせるほどに悪化し、力で以って対処するほかのない事柄がある。それを最小限の被害で終わらそうと言うのならば、決闘と言う形ではっきりと結果を示すのが一番良い』との事だった。
ただ、誰もが戦えるわけではない。
魔力量と言うとても分かり易い戦力差を示すものもある。
だから、人類は決闘を任せる者として、決闘者と言う職業を生み出したのだった。
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「さて、この歴史から分かるように、決闘者とは基本的に誰かの代わりに戦う者であって、自分の利益の為に戦う者ではない」
縁紅との決闘から一夜明けた午前中の授業。
今日の授業予定は何故か、突如として変更されて、決闘と決闘者の歴史や立ち位置、心構えについての授業を受ける事となった。
どう考えても俺と縁紅の決闘のせいですね、分かります。
「でも先生。あの場にはワイも居たから言うけれど、縁紅の発言は看過できるようなものでは無かったぞ」
「俺も同意だ。アレを放置していたら、もっと荒れていたんじゃないか?」
「同感っす」
同席するのはいつもの三人、つまりは遠坂、徳徒、曲家であり、俺も合わせて今年の甲判定者組のお馬鹿四人衆である。
ただ、お馬鹿と言っても、それは学業成績の話であり、犯罪や問題を起こすような馬鹿者ではない。
だから、俺の味方をするような発言をしてくれるのだろう。
「そうだな。だから先生も今回の決闘は否定しない。だが、先達として言わせてもらうが。決闘者が自分の為の決闘を乱発するのは本当に止めておいた方がいい。先生は何人か、気に入らない相手に片っ端から決闘を吹っ掛けた奴を知っているが、そのどれもが酷い目に会っていた」
「酷い目?」
「決闘でズタボロにされるならまだいい方で、借金地獄、ブラック企業での酷使、家族含めての崩壊、うつ病、そこからの自殺。ああ、海外の事例だと女神の怒りを買う役目をさせられたなんて話もあるな……」
「「「……」」」
「本当に大事な時は自分の利益の為に戦っても構わないだろう。だが決闘とは本来、最終手段として用意されたものなのだ。だから、自分の怒りの本気具合を示すためにも、乱発はするな。普段は隠れているからこそ、脅威は強大になる」
「「「はい……」」」
そして、そのような馬鹿者ではないから、先生が言った事に対して、俺も含めて真剣に頷き、返事をした。
なお、先生の言う酷い目とやらに至る過程をもう少し詳しく話すのなら。
決闘を吹っ掛け過ぎたがために敵も増え、味方は居なくなった。
その状態では自分の仮面体の弱点も容易く漏洩するし、周囲についても同様。
しかし、サポートは受けられない。
そんな孤立無援の状態では勝てる戦いも勝てないし、そこでいい顔をして近づいてくるのは碌な企業ではない。
そうして最終的な結果として、酷い目に会うそうだ。
という事になるらしい。
うん、そうならないように俺も気を付けるとしよう。
「さて、話を戻そう。では、決闘者とは、基本的に誰かの代わりに戦う者だ。では、この誰かと言うのは、どんな存在なのか。これについては本当に多種多様だ」
「と言いますと?」
「個人、集団、団体、組織、会社、あまり無いことだが、地方自治体なんかも入ってくるな。ああ勿論のことだが国家も入ってくるぞ。だから、だいたい何でもありと言っていい」
先生の話の内容が変わる。
「学園卒業後に決闘者として働く場合の選択肢は主に二つ。一つは個人事業主としてフリーの決闘者として働き、個人や集団の依頼を受ける場合。もう一つは会社や団体に属して、その指示で戦う場合。おおよその場合において、前者が決闘を仕掛ける側で、後者は決闘を仕掛けられる側になる。もちろん例外もあるし、実例の提示は二年になってからだな」
ある意味では卒業後の進路か。
個人で動くか、会社で動くか、か。
この辺りの判断は俺には出来そうにないな。
素直にスズを頼った方がいいような気がする。
「ただ、どちらの立場になるにしても絶対に言える事として……仕事として請け負ったからには決闘には全力で臨み、勝つことを目指さなければならない。これだけは絶対で変わらない。断言していい」
「まあ、当然と言えば当然だよな。依頼主が気に入らないから手を抜きます。なんてやったら、依頼主にとっては堪ったものじゃない」
「ああそうだ。依頼主や雇用主が先に決闘者を裏切ったならまだしも、そうでないなら決闘者が依頼主や雇用主を裏切る事は絶対に許されないし、裏切るような奴は決闘者の界隈に居ることは出来ない。覚えておけ」
「分かったっす」
裏切りは許されない。
それはまあ……当然過ぎて何も言えないな。
なお、このような考え方があるからこそ、誰かの頼みで決闘に臨む際には、仮に負けた時に責任や賠償を負わせない事も、また当然であるらしい。
ちなみにだが。
あまりにも酷い裏切りだったりすると、女神が介入して、色々と動くこともあるようだ。
滅多にあるような事ではないそうだが。
「ところで先生。国家からの依頼は、国のそう言う機関に勤める人がって事でいいんですか?」
「基本的にはそうだ。決闘庁と言って、決闘者の就職先としても花形だな。ただ……」
「ただ?」
「決闘相手が特殊だったり、決闘条件が特殊だったり、とにかく国に勤めている決闘者では不適格と判断された場合には、国の方から命令と言う形で、在野の決闘者に話が行き、決闘へ臨む事になる。これは赤紙などと揶揄されることもあるな」
「ちなみに断る事は?」
「出来ない。そして、決闘庁所属や赤紙を受けての敗北が許されるとも思わない方がいい。なにせ、国が四方手を尽くしたのに、それでもなお決闘になるような話だからな。負ければ、最悪の場合だと国が滅びる」
「「「……」」」
どうやら国勤めは大変らしい。
うん、俺は関わりたくないな。
「ああ、この中だと翠川は覚悟しておいた方がいいぞ。お前の魔力量だと、学生と言う身分を無視して呼ばれる可能性も考慮するべきだからな。決闘庁の奴らは勝つことしか考えていないから、学生だからなんて言い訳は通じない」
「うわぁ。絶対に嫌だ……」
「頑張れ翠川」
「サポートできることはしてやるよ」
「出来る限り助けるっすよ」
関わりたくないなぁ!
だが、俺に限ってはそうも言っていられないようなので……呼ばれてもいいように実力をつけるしかないのだろう、たぶん。
01/18誤字訂正